404話 彼女の立場が変わる時
満月に照らされて――。
夜の森に建つ一軒のロッジから、アオーンという狼の遠吠えに似た鳴き声が響いた。
並んで眠る純白のワイバーンは、五月蝿そうに翼で頭を覆いだした。
ロッジの中で何が起きたのか。今となっては誰にも分からない。
「どうして我々よりも遅れて戻るんです?」
ゲートで騎士団の詰め所にそのまま案内された。俺だけが。
サザンカはアンゼリカと共に教会だ。冒険者ギルドにはアナベルを向かわせている。
「自由にしていいって言ったじゃん」
「今、何時だと思ってるんです? もうお昼を回ってますよ?」
女達の足腰が立たなく、結局この時間になったのだ。正直、こちらも限界だった。
「君も苦労してそうな事が起きた。最初から俺を人身御供にする気だったな?」
ジロリと睨むと、彼は察したのか声を顰めた。
「昨夜はお楽しみでしたね?」
「朝までコースだよ!! 獣人舐めてたわ!!」
最後の方は動きが激しく、白い光ですら追いつかなくなっていた。
「ですが、サツキ殿は受け入れられました。妻の見立てた通りです」
「黒幕お姉さんかよ!? あ、待って、お義兄さん? ん?」
「ゾッとしませんね」
言わせておけば。
「悪かったな。彼女の境遇は察したが、束縛する意図はない。身の振り方は本人次第って事でいいかな?」
「そこは信頼ですよ。宏謨を拝したサツキ殿なら間違い無いかと」
「言ってくれる。お陰で面倒事ばかりでね。ああ、彼女のことじゃあない。証人になる件はどうなるのかな?」
これ次第で出立が変わる。
アンゼリカが教会預かりになれば、空路はあてに出来ない。
「午前中のうちに――。」
「再戦中か」
「何か?」
「……何でもない」
「小隊長が完璧な調書仕上げまして」
「あの人も何やってんだ……。」
「新人への指導も含めつつ」
「取り調べられる側に指導せれてんのか」
「それでサツキ殿の出番は証人欄のサインのみと」
「いたせりつくせりな襲撃者だな」
後処理までしてくれるとは。
「彼の片腕は?」
「前に、聖女様がアンスリウムに滞在されてたとは伺いましたが、不確かな情報でして」
最上位回復術でもなければ腕は生えてこないか。
あ、待って、エクストラヒールなら――。
「いや、俺、回復したよ?」
「そう言えば」
あの時点で小隊長も回復できたんだよな。連れ去られた6人は手遅れでも。
「しかし、良いのですか? 相手はお命を狙った謂わば敵ですよ? 冒険者に戦場で刀を向けた相手です」
「俺だってマリーの仇かもしれないなら見逃せないさ。地獄の果てまで追い詰めて玉取ったる。彼はただ親族ってだけだ。禍根は何処かで断たなきゃな」
「それは――なかなか出来る事ではありませんよ」
感心した視線に、顔を背けた。
良い人だなんて思われたら、心外だな。冒険者なんてのは人でなしぐらいが丁度いい。
「面会は?」
「収容所です。案内しますね」
詰め所を同僚に任せ、彼が先だった。
収容所と聞けば湿った地下と鉄格子を連想するが、簡素な白い壁の部屋だった。
小さな机から振り向いた小隊長の顔は、憑き物が落ちたように綺麗だった。
「有難い申し出ですが、お断ります。これは私の罪です。生涯、この傷は背負って行くものと心に決めております」
と残った手で、腕を失った側の肩を摩る。
これは野暮だったかな。
『そうはさせないわ!!』
窓側の壁が、乾いた音と共に崩れた。
全ての壁が崩壊した向こう側で、逆光に浮かぶシルエットは正しく純白のワイバーンに跨るサザンカ大司祭ではないか。
「罪を背負って許された気になるのなら、それはあんたの傲りよ!!」
ハレーションのような光を、小隊長が浴びる。ビビビーって。
いやこれ大丈夫なやつか?
「ぬ、ぬわー!?」
悶える小隊長の包帯を突き破り、腕がニョキニョキ生えてきた。
本当大丈夫なやつなの!?
「よし、ちゃんと腕ね!!」
「足が生える可能性もあったのか……。」
「それも一本!!」
「何本増やす気だったんだよ!?」
もう邪教の実験としか思えない。
冒険者ギルド本部前は、通りを挟んで軽食店舗が4店も軒を並べている。
ギルドの構成員規模もそうだが、本部構内のレストランは昼間から酒類の提供があり、それを避ける者が少なく無い為だ。
利用客は依頼主、クエスト前のパーティ、荒くれの絡みを回避した女性冒険者、そして特定の冒険者を目当てに集まる推し活だ。
そのカフェテラスの一席で、一際黄色い視線を浴びる二人組がいる。俺たちだ。
「何て綺麗なカップルなのかしら」
「いいや、どこかのご令嬢のお忍びと、それを守護する騎士だろう」
「どちらもお美しいわ」
「ご令嬢のかたは、快活な姿がとてもお似合いですのね」
嫌がおうにも周囲の囁きが流れてくる。
誰がご令嬢だって?
「忍ぶ気が無いのなら、ギルドに入っていればいいのに」
俺たちの間に影が落ちた。持ち人の登場に、周囲が沸いた。
「これはまさか!?」
「知っていますの?」
「噂に聞く、修羅場!! よもや三角関係だったとは!!」
「何だかな知らんが俺は行くぜー!!」
外野が妙な盛り上がりを見せている。
アナベルが涼しい顔で肩を竦めた。コイツも少し変わったな。余裕が出来たのか?
「ふふ……ここで私がサツキに脱ぎ立てパンツを被せたら、ご婦人方はどう反応するのかしらね?」
……駄目な方向に変わってやがった。
「君が公然猥褻で捕まる思うよ?」
どうも昨夜以来、隙あらば俺にパンツを被せようとするきらいが伺える。
サザンカはこれをデレ期と分析したが、一体何デレなんだ?
「で、どんな釈明を聞かされたのかな?」
期待を込めた目で彼女を見上げると、二つ折りした紙片を突き出してきた。
「目録よ。これで手を打てってさ」
受け取りさっと目を通す。品質、レア共にS級素材が五つ。
「これ以上は口を挟むなって事か――王城の窓口については?」
「そちらは王政の司法が身柄を押さえているわ。司法取引は無理ね。一応、面会の可否をギルド経由で打診させたけど、ついさっき、収容所の壁を壊して中に光線を放った馬鹿が現れたせいで、こちらの申請なんて後回しよ。本当、迷惑だわ」
俺と騎士くんが同時に目を逸らしたもんだから、アナベルが青ざめる青ざめる。ウケる。
「え、ええ?」
「場所を移そう」
俺たちを見守るギャラリーから、アナベルの表情に「別れ話し」とか「痴情のもつれ」とか聞こえてきた。痴情というか痴女のもつれではあるな。
「約束の時間まではあるわよ?」
「この格好じゃダメだろ。騎士くんは良くてもさ、俺たちは」
俺の言葉に、アナベルの頬に桜色が挿すと、周囲から「おぉっ」歓声が上がり拍手が沸いた。
だから見せ物じゃねー。
「こんな時間から二人きりでお楽しみですの!? まだ明るいのに!?」
「こらっ」
「痛っ、お母さん本気で殴らなくても……。」
「すみませんね、お客さん。この子ったら何処でそんなのを聞いてくるんだか」
「宿屋で手伝ってれば自然と慣れてくるわよ!!」
「お客さんに正面から言うバカが居るかい!! こういうのはチェックアウトに言って恥ずかしがる様を愛でるもんさね」
「流石お母さん!! むっつりだね!!」
「おうさ!! あのお方の教えと共にってね!!」
あのお方に、て所に不安なものを感じるが。
「ノッてる所すまない。二時間ほど部屋を借りたいのだが」
「二時間で足ります? 足りるんですか!?」
「うるせーな、足りるよ!! 身支度で使わせて頂くだけだ!!」
「身支度だけなの、サツキッ!?」
「何でオメーまで絶望に顔を曇らせてんだよ!?」
「私だったら2時間もあれば2回は確実に」
「昼前まで散々掻き回してやったのに余裕だなおい!!」
因みに初物でした。
「凄い!! こんなに乱れたカップルなんて!! アンスリウムでも稀ですよ!!」
「君も何目を輝かせてるんだよ!?」
「しかも女の子同士だなんて!! え、掻き回す? どうやって?」
「そこは想像で補うのがあたしらの仕事さね。それを含んでのお楽しみでしたね、てね!!」
「凄いお母さん!! これだから宿屋の手伝いはやめられねーぜ!!」
大丈夫かこの宿屋?
騎士くんが仕事が残ってるからと別行動になったの、実はコレのせいか?
「ふふふ、これこそがあたしらむっつり同盟の真髄ってやつさね!!」
「あのお方の教えの通りだね!!」
おい……イチハツさん。何しれっと秘密結社作ってんだよ?
「いいから部屋に通してくれ。あと何も無いから期待はするなよ」
今日一番の勝負所を前に、何故か疲労が蓄積した。
謁見や社交会とは違った、市井のフォーマルも用意していた。クエストで商家や町の分限者を相手にする事もある。取引並びに交渉。そして潜入任務も。それ相応の準備品はあった。
「アナベルのは既製品ですまないな」
こちらもシルエットがスッキリしたドレスだ。華美な装飾は敢えて外している。ただ、パールのネックレスだけは付けさせた。飾ってやりたいと思うのは、俺の中での立場の変化だ。
「胸、キツイわね。かなり締め付けられる」
「了解。少し糸を緩めようか」
ストレージから大サイズのソーイングボックスを出す。冒険者なら誰でも裁縫を嗜む。装備の修復は生存率に関わるからだ。
「いいの? 大切な人のじゃないの?」
「君もそうなる。覚悟を決めたまえ」
「……馬鹿」
俺に背を向ける。
特にやり取りもなく、背中に沿ってボタンを外していった。濃紺のサテンの花弁から、白い輝きが現れ、不覚にも見入ってしまった。
「サツキ?」
「――ああ、これでも羽織っててくれ。すぐに片付ける」
油断するとすぐ意識してしまう。
「別にいいわよ?」
ドレスを腰まで下げた尻を突き出し、ふりふりしてきやがった。
要らぬ世話だ。
「ワーウルフの嗅覚じゃ、変に気を遣わせるだろ? 今はシャワーまでやってる時間は無いから。ほら、ドレスを貸せ」
ただの復讐者やパーティメンバーだったら、大して意識はしないんだ。
だからさ。あまり誘惑してくれるな。




