403話 修正しきれぬ習性
「護送で足が遅くなります。翼があるのでしたらお先にどうぞ」
騎士くんが気を利かせてくれる。
襲撃者の搬送は、クエストの範囲にない。
「付き合うよ?」
一応はパーティメンバーの義兄でもあるしな。
「騎士が三人も居て甘えるようではアザレアの名折れです。証人には立って頂きますが、これ以上は。それに、冒険者にはギルドでの用も御座いましょう?」
肩をすくめた。
付き添いは不要だが決着までは中央都市から出るなって事か。
「城内窓口に関しちゃ、王妃様がとっくに手配されてるさ。今更俺の出る幕じゃぁ」
「こちらが着くまでは、サツキ殿の身柄を束縛する者は居ません。アンスリウムまでの道中だって」
「そりゃあ、まぁ」
自由にしていいって事か?
「慨世を共通認識にするのは民衆の勝手ですが、サツキ殿が留まる理由はありませんでしょう」
村人の集団に騎士くんが向くと、忌々しげに視線を俺から逸らした。
あの中の誰かは6人の犠牲者の親族だろう。そして生き残った者達も連行される。東南共和の工作活動は秘匿されていた。元が陥穽に陥ったとはいえ、なら逆恨みと一蹴するのも憚れる。
「それと――義妹の事を頼みます。妻の大切な家族なのです」
「アナベル?」
含みのある言い方に首を傾げると、俺の裾を摘むヤツが居た。話題の女だ。
元の服に着替えていたはずだ。白い、教会のローブをフィードごとすっぽり被っている。
俯く表情は見えない。
「サツキ……。」
フードの下の唇が、熱の籠った吐息と共に俺を呼ぶ。
「どうした? 腹でも下したか? ――うぇぷっ」
即座に腹に一発入れてきたのは、何故かサザンカだった。
軽装に見えるのは、アナベルが被っているローブが彼女の物だからだ。
「で・り・か・し・ぃ」
凄んでくる。
「俺が何をしたっていう?」
「一端離れるわよ。ああ、言っておくけれど、あたし、クランから采配を一任されてるから彼女を言い訳にはしないことね」
「孵化から数日だが、アンゼリカなら三人はいけるかな」
「開けた所までは徒歩移動よ。冷えたら可哀想じゃない」
ワイバーンが?
いや、一時凌ぎに聞こえるけれど。
「だったら、俺たちの馬は騎士の方で使ってくれ」
騎士くんへ改めて振る。どの道、王国からの支給軍馬だ。一介の冒険者には身に余るよ。
村から徒歩10分程度のところでサザンカが足を止めた。
宣言した通り、森が開けていた。月明かりに染まる空間は、1ヘクタールといった所か。膝まであったであろう羊歯植物が薙ぎ倒されていた。迷いなくここへ誘導されたんだが、サザンカ?
アナベルに至っては、あれ以来一言も無く俺の裾を摘んだまま着いて来た。
何だろ? ダンジョンのトラップを全力で踏み抜いた悪寒が背筋を辿る。古巣はレンジャースキル持ちがおらず、片っ端から罠にかかってたな。大抵は力押しで破ったが。主にこの女が先頭になって。
「理由があるんだろ、サザンカ?」
ぼちぼち話して欲しい。何を仕組んでる?
「『拠点』を収納できるアイテムボックスがあるんですって?」
被せてきやがった。
クランからか?
掻き集めた半数以上を仮の橋頭堡に提供してきた。ハナショウブさんが上手く回してくれているだろう。カンナさんとゴギョウさんは苦労してそうだけど。
いやハイビスカス組の後にも追随があったから、アレで足りただろうか。
……。
……。
あ、三週間で戻るとか言ってなかった俺?
「サツキ?」
額から汗を吹く俺に、サザンカが胡乱な目を向ける。
「いや秘匿してる訳じゃない。あるよ、拠点だろ? めっちゃオシャンティなのあるから安心しろ。ところで、俺。アルストロメリア開拓にいつになったら戻れるんだろ?」
色々放っておいて今更不安になった。
「支持層を濃密にする事だって組織の代表の務めでしょ? それより、今はこっちを濃密にしてもらわなくちゃ――一番オシャンティなやつ、出して?」
このまま中央都市に移動するより朝を待つのか? アンゼリカを使わないなら堅実だけどさ。どのみち夜間移動は陸も空もそれだけでリスクだ。闇夜から獲物を狙う視線は、辺境でなくても存在する。
例えば雲だ。
昼間の生態は究明できずだが、月光を遮る薄い幕の魔物は全身が触手で覆われ、触れた飛行物を内側に取り込み消化する。活動が夜間に限られる為、獲物は主に夜行性の魔物に落ち着くが、特殊環境下の生態をそこまで公開させたのは――まぁ、消化されかけた奴の証言だ。尊い犠牲だぜ。
「自由に使っていいが、二階の真ん中だけは遠慮しろ」
いつものロッジを出す。迷宮都市以来の付き合いだが、キッチン、浴場、厠が内側にあるので重宝する。マリーの部屋もそのままだ。
「わお!!」とサザンカが目を輝かせ、アナベルは消え入りそうに「凄い……。」と呟くだけだった。
肩を竦める俺に目もくれず、サザンカがさっさと玄関に入り焦ったようにアナベルが続く。
焦燥? 先刻から続く違和感だ。召喚悪魔とやらは滅した。脅威たる敵は消したのだ。何をイライラさせてんだ?
「女の子は分かんないね?」
ロッジの横に降り翼を休めるアンゼリカにぼやくが、当然反応は無い。あ、注意しなくちゃ。
「三和土で靴は脱いでくれ。スリッパは好きに使ってくれて構わないから」
ワイバーンの存在自体が示威運動になるから、柵で囲まなくてもいいかな。わざわざ襲いに来る魔物も野盗も居ないだろう。あと冒険者ならワイバーンよりも、絶対横のロッジを警戒する。
二人に遅れて居間に入り、壁のスイッチパネルを操作し灯りと暖炉に火を灯す。
コントロールシステムはジギタリスへ入る前にサクラさんが仕込んでくれた。理論は知らん。本人は魔族脅威の科学力とか言ってたけど、そもそも科学って何だって話だ。
「そっちの奥がバスルームにトイレだ。水も出る。お湯は沸かす必要があるが内部での操作に魔改造された。やった本人は嫁さん達に絞られに実家へ帰ったが、保守要らずですぐ使えるから言ってくれ」
「バス……お風呂の携行だなんて貴族様でも出来ないわよ? 長期クエストなら引く手数多ね」
だよな!! 普通はサザンカの反応になるよな!! 未開地の開拓団が温泉街持ち歩く方がどうかしてるよな!!
「アイテムボックスじゃ無いわね? もっと別の……ブラックお婆様の遺品かしら? 『高台』の資料には見なかったけれど」
「貰い物だよ。君のお陰でもある。サザンカの献身あってこそだ」
「あたしが? 貸を作った覚えは――女神様の加護!! カサブランカでとっくに何かを頂いていたのね!?」
「こいつはマイヒレンのストレージという」
「伝承にあるアイテムボックスの原典よ!! 何を授かってんのよ!?」
よし、リンノウレンとシンニョウレンの事は黙っておこう。
「俺は1階にいるから寝るなら2階へどうぞ。左右のどちらでもベッドはある。ああ、その前に風呂だったな」
お湯を張りに振り返ると、やはり裾が摘まれた。
「……。」
俯いたままのアナベルが、荒い息を漏らし始めた。
ワーウルフにビーストチェンジするのか?
「体を清める余裕も無いのね」
フード姿にかけるサザンカの声は、普段が歯に衣を着せないだけに穏やかに感じた。
労ってる?
「ご配慮、ありがとう大司祭……でも、もう駄目」
湿った台詞がフードの下から、白い眼光と共に俺を見上げていた。声の最後に、舌なめずりの音が重なった。
「はぁ、サツキ。あたしは主観的な講釈を控えるけれど、これはあんたの責任でもあるんだからね。この子を軽蔑しては駄目よ?」
謎の予防線だ。アナベルだって自立した冒険者だろうに。それを庇うのか?
「擁護するのはクランから移譲したって権限のせいか? にしたって下手すぎる。お前ほどの女が」
「サツキ」
固い声色が正面から呼んだ。深めの白いフードが上がる。蒸気した娘の顔が現れた。
あれだけ勝気だった瞳が、今は濡れ、妖しく室内灯のオレンジを反射している。
「さっきはあんな風に拒んだけれど、あんなの見せつけられたら……。」
あんな、あんな、と言われても、何のことやら――って、ちょ、おま!!
アナベルがローブの前開きをはだけると、汗ばんだ娘の肌が顕になった。
唐突に、室内灯のオレンジとは別種の白い光が差し込んだ。サクラさんの言う魔族脅威のメカニズムは今日もいい仕事をしてくれる。
「着替えたんじゃなかったのかよ!? 何で全裸なんだよ!!」
その格好でここまで着いてきたのか?
「あたしも思い留まるよう諭したけど、この方が準備が捗るからって聞かないのよ」
「準備!?」
臨時とはいえ、パーティメンバーが露出狂になった理由をサザンカは認めていた。
アンゼリカによる移動を避けたのも、これなら分かる。冷えるもんな。
「目を逸らさないで」
正面からの懇願に、迂闊に陥穽にはまるものかと咄嗟に首ごと背けたら、背後からガシッと頭を掴まれ正面へ向けられた。ゴキっと聞きたく無い音が響いた。
目の前の光景を見た。
瑞々しい張りのある胸と、鍛え上げた、やはりプルンプルンのボディ。狼にはまだならないようだ。
「ほら、貴方のせいでこんなに火照ってしまったわ。分かるでしょ?」
「分かんねーよ!!」
一歩一歩。歩み寄るアナベルに退がろうと身じろぎするが、サザンカのゴリラパワーで押さえつけられ、グイグイと前に押し出される。
結果。白い光に顔から突っ込む形となり視界が奪われた。何も見えんのだが?
「サツキ……大司祭への答えを覆す浅ましい女と思ってもらって構わないわ――あんっ」
弾力のある突起のような物が俺の唇に触れた。
女の汗ばんだ香りがむわっと押し寄せる。アナベルの声は俺のすぐ頭の上でした。背後からの圧力が不意に消えると、戸惑いながらも正面の少女が両腕で俺を包み込む。
匂いが濃くなった。
少女の香りと呼ぶには、あまりにも淫靡で、食人植物のような濃密な匂いだ。
「捕まえてしまったわ?」
不安を上書きするようなおどけた声が、痛々しいな。
背に押しつけられる温もりが変わった。二つの柔らかな感触をシャツ越しに感じた。熱い。
「って何でオメーも脱いでんだよ!!」
ツッコミに唇を離したら、アナベルが声を殺して仰け反る。うわー、出来上がってんなぁ。
「クランから移譲されたからって、指を咥えて眺めるだけのあたしとは思わない事ね」
男前のセリフに何かを思いついたのか「指……。」と一言呟くと、アナベルが俺の手を取り人差し指をチュパチュパやり出した。お前ら自由かよ。
「魅了等のバッドステータスじゃ無いんだよな?」
こそばゆい感触に耐えながら、背後で何故かスリーパーホールドの体制で俺を固めに来たサザンカに聞く。ステータス異常なら僧侶の専門だ。
「獣人の、それもワーウルフ特有の習性ね。満月だし」
月の位置で種族にペナルティやバフが掛かるのは珍しく無い。魔法使いなんて、コレで使える術が限られる。
「ちゃぱ、ちゅぽん……サツキが、悪いのよ。あんなのを見せるから……森を一瞬で焼き払い、爵位持ちの悪魔を一瞬で滅ぼした」
「あ、一瞬て所が触れたのね」
「そんな強い男に、私の中のオオカミがキュンキュンしちゃっても仕方がないじゅない」
「どうかしてるよ君の中のオオカミ!?」
「最初は憎かった人なのに……私はこの人のモノになりたいんだって。分からせられちゃった」
「だから俺の方が分かんねーつってんだろ!!」
不自然に、顔を包む温もりが離れた。俺を解放すると、アナベルは暖炉前のソファに手を付き、クイッとヒップを向けてきた。もちろん白い光は健在だ。
「後ろから組み敷かれるのが好きやねん」
「うるせーよ!!」
トロンと蕩けた顔が肩越しに向く。太ももをダラダラと伝う液体が、魔族脅威のメカニズムでも隠しきれていなかった。
あぁ、これは――蓋し発情であったろう。
「よし」
ポキポキと指を鳴らしながら半裸のサザンカが向かう。
オメーじゃねー、座ってろ。




