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401話 すっぴんウォーカー

 3代目勇者が伝えた世界は黄昏だったろう。魔物、魔獣、妖魔は伝説となり久しく架空の扱いを受ける一方で、人間は、人類種に限り歴史を編み、これもエルフ種、ドワーフ種、獣人族といった多様性も無く、ただ同一種族で文明を発達させ、成熟し緩やかに腐るのを待つ時代だったという。特に発達した文明圏は人口減少に煩悶(はんもん)していた……と自らを言い聞かせ欺いた。愚行を重ねた末に選んだ破滅の入り口は、その驕りから他の小文明圏から労力を流入する事で社会基盤の礎にする企てだ。まさに愚行。その結果は明らかだ。幾つもの文明圏が虫食いの書籍のように侵食を受け滅びに瀕し、人々は己で課した艱苦(かんく)に耐えていた。

 そりゃ自分の国を良くしようって働かない連中が、他所に行って何を成し得るってんだ? 治安と生活安全と、元からある文化・歴史を食い潰すだけだろ。

 その暗礁の時代において、彼らの知り得ない存在がごく稀に目撃された。人型未確認生物である。ある者は巨大な蛾を連想したという。魔法も魔力も無い世界で単身空を飛行する影を見た。家畜から血を吸うゴブリンのような生き物が居た。正体不明の巨人が軍隊と戦闘になり人間側に多大な犠牲を払った。

 それらの正体が如何なるものか、最後の勇者が召喚された時代では判然としなかった。故に未確認生物。彼らの正史に決して存在を記さぬ暗黒史のロマネスク。

 勇者が語った様々な異形の中に、目の前でハンターのように黒く濡れた眼光を湛える奴が居た。

 青白くのっぺりした表面に毛髪はなく、爛々と輝く瞳がただ視線を注ぐ。体は細身だが筋肉質だ。衣類は無い。先程までのアナベルといい勝負だが性別はわからない。そもそも()()のかもしれない。


「聞いた事がある。確か、えーと、アレだ。何だっけ? スキン、スキン、ああ、すっぴんウォーカーだ」


 人型UMAすっぴんウォーカー。全身すっぴんで徘徊する正体不明のアレだ。


 ……いや、変質者かよ。


 奴が動いた。木の影から木の影へ。背を低く移動する様は蜘蛛を思わせた。

 にゅいん、と腕が伸びる。なぜ伸縮するのか謎だが、それ以前にどんな関節をしてやがんだ?


「軟体動物かよ!!」

「男体動物!?」(ドキドキ)


 アナベルがちょっと変になっている。畑に戻る間も、チラチラと俺の方を見ていた。サザンカの言葉の影響かな? いや違ったら自意識過剰だ、軽く死ねる。でもなぁ――何か俺の腰の辺りに視線を集中させてんだよな。


「下がってください!! 変則です!!」


 前に出て振った騎士くんの剣筋もぐにゃりと歪曲した。小隊長の剣を背後から()()()に払った剣技の正体だ。いやどうなってんだよ、オメーもよ。

 敵の爪と火花を散らす。

 追撃は無かった。

 うねうねと腕が森林の中へ引っ込んだ。本体は見えない。視線は感じる。

 戦い方を学習するタイプは厄介だ。


「騎士くんは農民と隊長さんのカバーに専念してくれ。アナベル?」

「行けるわ」

「何もするな。サザンカの後ろにいろ。その女は、何が来ても後ろに通さない」

「まぁかせなさーい!!」


 僧侶姿が拳を打ち鳴らした。

 本当に僧侶か怪しいが、カルメリア活殺術は拳で語る言語を用いる。バフやキュアまで何でもござれだ。

 あれ? そういや小隊長を止血する時は普通にヒールだったな? まさか殴らなくても呪文でヒールがかけられるようになったのか? 随分と丸くなったな。待て、蹴ってくるな。痛い。違う、そっちも確かに育ってるがそこじゃ無い。


「下です!!」


 地面に尻をついた小隊長が一早く気づいた。草むらを蛇のようにうねりながら迫るのは、先ほどのヤツの腕だ。騎士くんが飛び退く。この中での脅威を彼と定めてるんだ。騎士さえ沈めて仕舞えば、あとは羊の群れを狩り放題。


「ふっ」


 どすん、とサザンカの震脚が地面を踏み抜く。思考性を持つ振動が衝撃となり、すっぴんウォーカーの指先を弾く。バチんと鳴った。


「何よ今の!? 足踏みだけで攻撃を防ぐだなんて、どれだけゴリラなの!?」


 敵の攻撃よりもサザンカの挙動に目を丸くする。アナベルは初見だったもんな。


「……祈りよ」


 あ、そっぽを向いた。珍しく照れてる?


「女神教の大司祭って、凄い!!」


 ほら見ろ誤解されちゃったよ女神教。


「まさか悪魔の攻撃を二度も防ぐとは……あなた方も大概ですね」


 ほら見ろ呆れられちゃったよ女神教。


「悪魔悪魔って言うけど、貴方はアレの正体を知っていて?」


 サザンカがジトーっと小隊長を見下ろす。くそ!!

 羨ましいヤツめ!!


「言葉の通り悪魔ですよ。これは一部の身分にしか明かされていませんが、以前、王都で貴族令嬢誘拐事件という不届きな犯罪が起きたのですが、その際の実行犯が簡易召喚システムを持ち出して――。」

「あ、俺、誘拐された方の当事者だわ」

「それならクランから聞いているわ」

「シャガ将軍より仔細は伺っていました」

「……。」


 小隊長が情けない顔になった。なんかすまん。


「あ、えーと、私は知らないから教えて欲しいなー、なんて」


 アナベルが気を使い出した。文字だけ見ると、新しい能力に目覚めたみたいだが、社会人として必要なスキルだ。


「携行型簡易召喚器はどの宗教団体も秘密結社も実現していませんでした。ましてや生贄無しでの悪魔召喚などあり得ないのです。つまり、召喚器は事前に必要な分の生贄を得たことになります。王都郊外に移住した南方山岳村のうち、一つが消えた事はご存知ですか?」


 闇から目を逸らさず、小隊長は言葉の意味とは裏腹に蕩々と語った。不当な業務をやっと誰かに打ち明けられたエンジニアのように。


「恐らくは私と共謀したギルドの職員でしょう。彼女が切り札として見せた宝石がありました。最初から謀っていたのです。元の身分は飢饉対策の移住者でしたが、今となってはそこが怪しい。もしそうなら、王城で使われなかっただけマシではありますが」

「城って何だよ!? いくら何でも――いやギルドって言ったな!? 常駐勤務の窓口かよ!!」


 大丈夫かアザレア国? 厄介なのに懐まで入られてんぞ。おおかた背乗りの工作員だとして、王妃様の警告は俺にだけじゃないって事だ。


「その話を知ってるのは? まさかこの面子だけって事は――。」

「将軍にと、あとは個人で親しい官僚数名に手紙で。貴方への復讐計画まで頓挫させるわけにはいきません。ですが、あのままいいようには」

「馬鹿な人。裏切ったはずが先手を打たれていたのね」


 アナベル、容赦ないな。もうちょっと、こう、掛ける言葉ぐらいあるだろ?


「竜騎士殿の仰せの通り。せめて痛み分けにはできないものでしょうか?」


 殺そうとした男をすがるような目で見るな。

 要は農民だけは逃がせないかってんだろ? でも、コイツらだって俺を殺そうとしてたんだし。ていうか何、アナベルの評価?

 扱いの差に首を傾げると、森の奥から悲鳴が響いた。

 男の声だ。苦悶ではない。明らかな断末魔だ。


「まだ生きている!? おのれ見せしめのつもりか!!」


 小隊長の非難は逆効果だ。

 狩場と期待したが思い通りにならず苛立った末の拷問か、或いは虐殺か。

 遥か南東のさらにその先にはそんな連中がうじゃうじゃ居ると聞く。同じものを人型未確認生物が持っていても不思議じゃない気質だ。気質だから文明を食い潰すことしかできない。

 要は、人の世には要らないモノだ。


「召喚悪魔がどれほどのものかと思ったら。いいわ、あたしが仕留めるから」

「サザンカをあんなクズの目に触れさせたくないんだよ」


 前に出ようとする彼女の腰を引き寄せる。鋭い瞳の顔が近くに迫った。


「あら? あたしってば意外と愛されてる?」

「告白の時の言葉に偽りは無いよ」


 そうでなかったら、ドクダミ領都で初めてエッチした時や王城でクランと三人で致した時に、あそこまでドロドロにできるか。


「……どうしたの? 当たってるわよよ?」

「気のせいだ」


 いかん、思い出したら……。


「ていうか、アレ、人型UMAじゃないのか?」

「話聞いてなっかった? レッサー種とは見た目が違うから、恐らくは下級爵位持ちね」


 サザンカが腰を俺から身を離す。遠ざかる腕の中の温もりが、名残惜しい。


「そうでなかったら、私では防げなかったでしょう」


 剣を構えたまま周囲を探る騎士くんが同意する。小隊長もこちらは見ていない。よし。

 遠ざかるサザンカに一歩迫り、頬に唇を押し当てた。


「何よ?」

「炙り出す。トドメもこちらで」


 短く告げ、今度は薄桃色の唇を狙おうとした時だ。


「そういうイチャイチャは場所を選んで欲しいわ」


 アナベルがジト目で見ていた。

 軽く肩を竦めて応える。

 もういいや。もう、生け捕りにする必要はない。

 未確認生物じゃないんなら。

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