400話 呪詛の産物
サザンカの提案に俺と俺にクパァされるアナベルが目を点にする。
「話が見えない。君もクランも独占欲といかずとも、不貞を看過でき無いと知っているから、俺だって誠実であろうとした。なのに――。」
「あんたには聞いて無いわよ。ていうか全裸の女の子の両膝を開いて大事な所を開閉して弄んでおいて何言ってるのよ。いい加減、解放して何か着せたら?」
言われて、腕の中のアナベルが抵抗も無くくてんとなっちゃたのに気づいた。
いかん楽しくなって、やり過ぎた。
「水入りね」
「ひとまず代えの装備を出す」
「あんたの女装着じゃサイズが合わないでしょ?」
「開拓団向けの予備を大量にかき集めてたから。ヒールで治らない病が厄介なのは知っている。清潔な下着と服は必須なんだよ――アナベル? 立てるか?」
試しに地面に下ろすと、ふらふらと俺に寄りかかった。熱に染まった顔が近くで俺を見つめている。
今までの、復讐に駆られた瞳じゃ無い。
自分の顔に気付いたのか、ハッとして顔を背けた。
「これぐらい侮ってもらっては困るわ。アナだけに」
自身の名前をいじるとは、存外に余裕なのかな。
「それより服を頂戴。くれるんでしょ? ああ、サツキに抱かれる気はないから期待はしないで」
どこかでスイッチを切り替えたのか。いつものアナベルだ。
ストレージから下着ごと渡してやった。靴はサイズ調整が可能なハーフブーツだ。
「繁縟を廃して言わせてもらうけれど、大司祭の言葉に考量の余地は無いから」
サザンカにも太々しい態度をとるのは、今しがたの屈辱のせいか。
「アナベル。貴女、可愛らしいわね」
「何を!!」
「早く着てしまいなさい――アルストロメリアの徴用でこのまま組み込めるかしら?」
妙な事を言ってくるが、当のアナベルから反論が来ない。
「そんな権利、俺には」
「私は保護観察とでも思ってもらってもよろしくてよ?」
はあ? 肯定的に――いや、対抗心?
「だ、そうよ? 儲けものだわ」
いいのかよ。サザンカの細かい所を意に介さない性格は好ましいし、憧れる。相変わらずのいい女ぶりだ。その涼しい顔を睨む。
「俺の解呪は正しく行われたはずだ。この期に及んで何があるってんだよ」
パンツと聞いて出た提案なら、おおかたブラック婆ちゃん絡みだ。俺の知らない呪詛がまだあったのか?
「ベリーのお婆様が床に伏したとき、父さんが専属医師のお役目にあずかり『高台』に詰めていたのは覚えているかしら?」
「サザンカの親父さんだろ? 村の協会をシスターに任せきりになった時期があったな」
騎士派の重臣だってのは子供の頃に聞いた。回復術に長けた武闘派とも。ヒールと言っても、怪我欠損でもない老衰には症状の回復ではなく痛み止めにしかならない。重要視されたのは蓄積した薬学の方だ。
「そしてお婆様の遺言の証人になったのも、父さんよ」
「資格は十分だし、納得のできる話しだが? 待て。そこで俺に関する呪いかよ!?」
思わず声を張り上げると、冒険者用のシャツとパンツルックになったアナベルがビクンと肩を振るわせた。俺が呪詛持ちって事は知らない。何か同情するような目になってんぞ?
「本来ならベリー家当主のみに開示されるはずなのよ。なのに本山への復権を目論んだ父さんは――あたしをダシにする事を企てた」
「それ言っちゃっていいやつなの?」
「どっちに?」
「分かってて言ってるだろ。何だよ茶番かよ」
「あたしの決意を空文ですってぇ?」
面倒な女だな。
「上手なやり口じゃないわね、大司祭。サツキは私の事を言ってるのよ」
アナベルがずっとそわそわしている。先刻まで股間をクパクパされていたはずが辺境伯家の秘密を語られてるんだ。気が気じゃない。
「貴女にだって関わりはあるわよ。『サツ坊やに脱ぎたてパンツを被せたもの。理の限界を穿つべし』なんて言葉だったんだから。いい? 本来だったらあたしとクランのパンツしか嗅がせたくないのよ? でも検証サンプル不足だから、あの子と擦り合わせて公爵令嬢や第一学園の女子まで巻き込んで」
五重塔か。
確かに皆、尽くパンツを差し出してきやがった。そう言えば当時のままストレージに放っていたわ。
「いやいや、誰のも被ってないからな? 何なら洗濯して返してもいい」
「泣かせたくなければやめなさい!!」
「サツキ、貴族のご令嬢の脱ぎたてほやほやまで集めていたの? えっちだわ」
「俺から求めてねーよ!! どんな星の下に産まれたら天下の魔道王にそんな遺言残されなきゃなんねーんだよ!?」
別の呪いってわけではない。それだけは分かる。クラン以外の女の子のパンツを被らなきゃならないんなら、最初の条件が全否定になるからだ。
「端的に言うならバフ効果と解釈するわ。起因は呪詛ではなく先の呪いの解呪時に得られる副次的効果よ」
「勝手に俺の新システムを実装すんなよ!! ――どのみち検証は無理だ。クランとサザンカとバーベナさん以外の下着に素顔を許すつもりは無い」
「イチハツのパンツは被ってると聞いたわ?」
「いつ!? いや、無いぞ? そんなイベントは無い。尺が足りない」
「クランが自分のパンツと偽って貴方に渡したことがあるのよ。ハイビスカスに到達する前だけれど、体に異常はないのよね?」
怨霊の館に入る数日前に、確かに嗅ぎなれないパンツを手にしたことがあったが……あれイチハツさんの使用済みだったの!?
「体調変化なんてその時に言われなきゃ差別化できないよ!!」
「令嬢以外にも検証する予定だったのよ。なのにスミレ様達のじゃ被せる事は叶わなかった」
「試してたのかよ!?」
ていう事は、イチハツさんだけ結果が違った? あれ、今の言い方?
「スミレだけ、いやイチハツだけ呼び方?」
「四番目にする気なんでしょ? なら序列は大事だわ」
「しねーよ!! 体の関係にだってならねーんだし!!」
「そして最初の発現者でもある」
サザンカの固い言葉に、何か言い返そうとしたが上手いツッコミが出てこなかった。
「参考までに、スミレ達のパンツの場合はどうなったか聞いたか?」
「心当たりはあるんでしょう?」
「顔を近づけただけで拒絶反応を確認した事があって、またあの頃の呪いがぶり返したかと焦った。その後、目の前でクランが脱いで嗅がせてくれたから事なきを得たけれど」
アナベルが最低な人間を見る視線になった。
言っとくが、お前の脱ぎたてにも拒絶反応は無かったぞ?
「しかし、発現とは大仰な――え? 何発現しちゃったの?」
彼女のむっつりスケベは元からだ。己を律し規律を重んじた反動と解釈する。バーベナさんと馬が合うはずだ。
「ワイバーンよ。ハイビスカス攻防戦の話は聞いているわ。あたしやベナ姉のように先に体を重ねちゃったのと違い、彼女だけはまだ純潔を保っているから、アンゼリカ達の事を考えても差別化するならその一点なのよ」
「待てや!! その言いぶりだと俺がアナベルの脱ぎたてを堪能している事になるぞ!!」
「嘘!?」
アナベルが悲鳴のような驚嘆の声を上げる。
そりゃ仇に思ってた男が自分の大事な所を包んでた部位を楽しんでただなんて悪夢だ。
「嘘……どうして」
震える声で自分の両肩をギュッと抱きしめていた。
顔色が青い。
「どうして……あんたにパンツを堪能された事に……嫌悪が無いの!?」
どうしてか俺が聞きたい。
「まさか、この期に及んで臭くなかったなんて言わないでしょうね!?」(ドキドキ)
「待て、何の感想を求められてんだこれ?」
イチハツさんの話だって途中だ。
藪を掻き分けるサザンカが、足を止める。
「猥ダーンの話し?」
「猥談をワイバーンの発音で言うなよ」
元の場所に戻ると、捕らえたはずの農民が6人ほど減っていた。あの若い騎士が見逃すとは思えない。小隊長は居る。地面に腰を付け、震えた瞳で反対側の森を見ていた。
あれ? 右腕がない? ロープで縛って止血をしているな。早まったのかな?
「アンゼリカが言いつけを破るだなんて」
まさかワイバーンかと思ったが、サザンカの言葉は別の意味だった。
白く輝く帆翔が、頭上でゆるりと旋回している。ママの言い付けに逆らってでも飛ばざる得なかったんだ。
「何人か居ないようだけど?」
声を掛けたが、若い騎士は小隊長が見つめる先に剣を向けたままだった。
「申し訳ありません。しくじりました」
強張った声だ。なのに普段の張りが無い。恐怖に侵されている?
騎士なら恐慌状態といったバッドステータスへの耐性はパッシブのはずだ。精神的防御をすり抜ける存在が、剣先の奥に居るってことか。
「止血をしてあげて」
「ほんとに、誰も彼もちょっと目を離すとすぐ死にそうになるのは何なのよ」
不平を言いながらも小隊長にヒールを掛ける。アンゼリカの補助がないと上級回復術は使えない。騎士ならこれだけでも十分命を繋ぐ。
「俺を斬った男が、ただの魔物に出し抜かれるとは思えないが」
「変な評価ですが、仰せの通りです。6人、奥に連れて行かれました。あれは――。」
「悪魔だ」
サザンカのヒールを受けた隊長が継いだ。回復術だ。別に踏まれてるわけじゃない。
当の本人はそれすら気づかず、森の奥を、異変の一片も見逃すまいと睨んでいた。流石だな。
「討伐情報に無いのは俺をハメるための隠蔽ってわけでも無いんだろ? 不測の事態はお互い様か」
異様な視線だ。こちらを見ている。
黒々と染まった森の奥で、そいつは次の生贄を選別していた。
白い顔を、ぽつりと浮かばせて。




