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40話 暁光と囀り

ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。


※運営殿からの警告措置を受け、2021/3/20に26話~41話を削除いたしました。

 このたび、修正版を再掲いたします。

 で、一時(いっとき)目を離した己の迂闊さを呪った。

 格別に甘くしたミルクココアをトレイに乗せ戻った時。暖炉前のソファで俺を迎えたもの。


「サツキさん。存外に濃いですよ。濃厚ですよ。独り占めは駄目ですよ」(グビグビ)


 何で飲んでんだよ。


「さーさーサユキサンもここ座って一生に呑みましょうよ」


 ソファの隣をポンポンする。

 誰だよサユキさんって? 一緒にって言いたいのか? 一生飲むのは無理だぞ?

 これ書いてるヤツ絶対酔ってるだろ。


「さぁ、ぐぐーと一杯」


 トレイのマグカップを奪い取り、俺の口に押し付けてきやがった。

 熱い。っていうか熱い!!


「おでん芸かよ!?」


 太古のお笑い(ハイエンシェント)芸らしい。


「ほらー、私のミルクココアが飲めないってのかー、うりうり」

「いや、君分かっててやってるよね!? 今自分でミルクココアって言ったよね!?」

「……酔って何もかも忘れたかった」

「何があった!?」


 急に表情が陰ったと思いきや、ソファの上で体育座りになる。


「……何もかもです」

「そうかそうか。まぁおっちゃんに話してみな。話すだけでも楽になるから。な?」


 すると、遠い目をしてそこに無い空を見上げた。遠視か?


「ドラゴンがどうして飛べるのか分からない」


 あ、それは俺も分からない。


「揚力じゃね?」


 ぶっ、とマリーが吹き出した。


「ケホ……サツキさん適当すぎです」


 いや、あながち間違いでも無いかと思うんだが。


「実は浮いてるだけかもしれん」

「バルーンですか」

「火吹くじゃん? あれのガスって軽いのかな?」

「待って、ブレスの事ですよね? あれって魔法じゃないんですか?」

「え? だってアイツら口から吐くじゃん」

「鼻からでも出せるかもしれませんよ?」

「鼻から!!」

「くちゅんっ、てしたらうっかりブレスが出たり」

「鼻から?」

「水っぽいブレスが」

「うわ……。」


 何言ってんだろ?


「あ、ココア頂きますね」

「手遅れかもしれないが冷めないうちにどうぞ」


 マグカップに一口付け、


「あ、間接キス……しちゃった」

「今めっちゃ俺が触れた所、狙ってやったよね?」

「お詫びに私にもして下さっていいですよ? いえ、むしろするべきです。膝の裏で肘の裏でもお好きな所に」

「俺、何で関節にキス要求されてるの?」

「ココアうめー」(ごくごく)

「じゃあ脇の下で」

「(ぶーっ!!)」

「うわー、鼻から茶色いブレス出してるの」

「げ、げほ、く、苦ひぃ……な、な、なんば言うとね!?」


 どこの生まれだよ。


「いや、関節にしろって言うから」

「変態だ……まさか変態と一夜を過ごす事になるとは……。」


 いそいそと前開きのボタンを外し出した。

 躊躇いなくパジャマの上を脱ぐ。

 ……待て、よく見たらボトルの量。減ってない!! ていうか開栓すらしてないぞ!?


「ちょ、おま、酔ってないのにそれかよ!?」


 グラスの香り。針葉樹のような植物から採取したハーブティ。昼に煎れたやつと同じものか。


「何のことでしょう?」(いそいそ)

「だから脱ぐんじゃねーよ!! さっき濃厚とか言ってたな!?」


 この程度でマリーは止まらない。

 景気良くパジャマを放り出し、ノースリーブのキャミ姿になった。

 お前は、どうやったら止まるのか。


「はい」


 どうぞと言わんばかりに左腕を上げ、(てのひら)を己の後頭部に回した。

 そうか。やはり止まらんか。

 無防備になった左腋窩。可愛らしい肩甲下筋がこの時ばかりは艶っぽくて、白い淫靡な化け物の様に、俺の視線を釘付けにした。


「さぁ、ぐぐーと一杯」


 ちょ、近づけるな。


「あははは、サツキさん凄い目が血走ってますよ。千葉? 知ってますよ?」


 何言ってるのかまるで分からん。

 何故、変態方向には()まず(たゆ)まずなんだよ?

 よもや軽口が斯くも追い込まれるとは。


「これ以上は私からは近づきません。サツキさんが望むのなら、いやさ臨むのなら、どうぞそちらから――いざ参られい!!」

「何大人(たーれん)だよ!?」

「あらら」


 バランスを崩し倒れ込んでくる。

 ちっ、舌の根の乾かぬうちに。

 脇の下で人の顔面を挟んできやがった。


「ふぁっ、ご、ん、ごめんなさ、んん、あははは、サツキさんの息、こそばゆいです」


 不覚にも、少女の脇の匂いを肺いっぱいに吸い込んでしまった。

 マリーの甘い匂い。

 やばい。

 何だこれ? クセになる。


「……ん、どうしたんですか?」

「マリーはいい香りがするな。女の子って感じがする。このまま腋窩動脈の心拍数を測りたいぜ?」


 鎖骨下動脈から第1肋骨の外側縁、大円筋の下縁まで通ってるヤツだ。

 真面目に答えたら、


「ぶぅへっひゃぁはははっ!!」


 すげー汚い笑いだ。

 おい、大丈夫か女の子? 流石にそれは無いわ。


「もう!! サツキさん酔ってますね!!」


 誰かさんのせいで、まだ一口も飲んでねーよ。


「私なんかよりサツキさんのほうがよっぽどいい匂いするじゃないですか」


 あ、そっちか。

 俺の頭を抱え込んですんすんする。

 おのれ。

 負けぬぞ。

 すんすんし返す。


「(すんすん)」

「(すんすん)」


 ……。

 ……。


「犬かよ!!」

「わんわん……わんわん……。」


 うわ言のように鳴いていた。


「お前こそ、俺の匂いのどこがいいんだよ」

「サツキさんの匂い、なんだか安心するんです」


 言葉に力が無い。

 そりゃ、昨夜から動き回ってたんだよな。

 こっちだって煩労(はんろう)に耐えかねない。コイツのせいだが。


「ほら、パジャマ着なよ。冷えると眠れなくなるぞ」

「んーんー。もっと嗅いでいいんですよ」

「おかげさんで、もう充分堪能したから。さっさと部屋に行っちまえ」

「何でしたら舐めても」

「な、舐め――!?」


 そこまで考えつかなんだ!! おのれ!!


 ……マリー?


 あ、反応が無い。

 もう、限界だな、これ。


 うとうとし始めたマリーに、どうにかパジャマの上を着せる。

 もう半分寝てるな。

 お姫様だっこで2階のベッドへ送り届け、毛布を二重に掛けてやった。

 ま、色々あったし、これからも色々あるんだろうけどさ。

 小さな寝息を見届け、彼女の前髪をそっと撫でた。

 瞼が、痙攣するように薄らと、微妙に持ち上がる。


「いいから、そのまま寝ちまえ」

「……嫌どす」


 どこの生まれだよ?


「せっかくの……花の彩りを……月夜(つくよ)に照らされ……この可惜夜(あたらよ)に」

「お前はほんと、愛に愛持つ娘だよ。惜しむなら、またいつか、今宵で会おう。マリーゴールド」


 娘は口元に満足げな笑みをたたえ、今度こそ瞼が落ちた。



 俺も疲労が溜まっていた。周囲に防御を張って油断があったのも認める。

 1階のソファで毛布を被っていたのだが、いつの間にか寝入っていた。

 妙な感触と、妙な匂いで目が覚めた。

 顔に生暖かいものが押し付けられる。

 匂いの正体がそれだ。

 人肌の温もりよりも、もっと熱い。周りが少し冷えた感触なのに、その中心――俺の顔にあるものだけが、異常に熱を帯びていた。


 意識が一斉に覚醒する。


 目の前に、謎の物体があった。

 顔を離そうと身じろぎすると、逃がすまいと柔らか物体が押し付けられる。

 寝起きの脳が追い付かない。


 どう見ても、マリーのほっぺただ。


 めっちゃぎゅうぎゅう押し付けられている。

 そしてこの匂い――俺の顔じゅうがマリーの(よだれ)でベトベトになっていた。

 何だコレは。

 記憶を探る。

 果たして、如何にしてこの状況に至ったか。


 昨夜。深夜。

 トイレに起きたマリーが1階に降りて来た。

 用を済ませ、

 広間に来て、

 そのままソファに潜り込んできた。


 ……ま、いいかで済ませたんだよな。


 今、密着して抱き着いている柔らか物体。

 押し付けられる顔からしてマリーだ。

 体温がやたら伝わってくる。

 何故かパジャマとキャミが無い。

 目の前のあどけない寝顔。俺を(よだれ)まみれにしやがった。


 ……。

 ……。


「って、そうはならんやろ!!」


 顔の上にあるものを、起こさないようにそっと押し上げた。

 逆に押し付けられた。

 頬をつっついて見た。

 半開きになった口から、さらに涎が溢れ出し俺の顔に滴った。

 しまった!! 余計なことをした!!


 ……何だよ、お前は。何なんだよ。あとパンツをどこへやった? 何で全部脱いでんだ?


 コイツ、お構い無しだよな。ていうか容赦無いよな。

 この期に及んで子猫のようにぐりぐり押し付けてくるんだが。

 東方じゃ斎子(いむこ)を務めてたって聞いたが、こんなんで大丈夫なのか?

 改めて押し付けられる頭頂のつむじを見る。

 これまでに匹儔(ひっちゅう)を見ない最悪な事態だ。

 なんだろ。

 なんか泣きそう。



 マリーを起こさずにソファから体を抜き出した。

 なんか、あれだな。全身からマリー臭がする。特に顔。

 そうだよな。

 一晩中、涎られてたんだもんな(涎を垂らされていた状況を示す造語)

 毛布をかけてやり、暖炉に火を起こす。

 服を着せてやりたいが、コイツの下着もパジャマも見当たらない。

 よく考えたら、

 自分もパンツ一丁だわ。

 しかも、予備で女将さんからいくつか貰ったやつ。

 今更だが、下着まで女性ものにする理由、無いよな?

 それとも、別な用途でもあったのか。

 人妻の使用済み下着。

 ――まさかな。

 ストレージからジップアップパーカーを取り出し着せてやる。

 自分用には部屋着を装着し、カーキー色のコートを羽織った。

 正面玄関から出るところで、予備のパンツ履かせてやりゃと気づいた。



 漂う朝霧で白妙(しろたえ)に染まっていた。

 冷涼な空気の凜然とした(さま)に肺が喜ぶ。

 玄関脇で寝ていたアセビが顔を上げる。


「まだいいぜ。ゆっくりしてな」


 撫でようとしたらコートを噛んできた。

 そうですか。朝食ですね。

 昨夜から放置していた桶にそれぞれ水と粗飼料(そしりょう)を入れる。

 満足げに小さく鳴くと、桶に頭を突っ込んだ。日増しに野生味が薄れてる気が。

 軽く撫で、その場を後にする。

 柵の一部をストレージに仕舞、外周をチェックする。柵には特に傷は無いが――魔物の死骸、多いな。

 野犬系魔獣の四足の魔物と、草色の肌のゴブリン系が殆どだ。

 夜陰に紛れて、という割には派手に騒々しかったが、何があった?

 内側の罠が動作しないから放って置いた――というより熟睡しちまったんだが。それにしたって死体だらけにも程がある。

 ざっと20体。

 群れか部隊単位で来やがったな。

 どれも柵に至らず全滅か。

 同士討ちで綺麗に皆殺しって事はあるまい。

 拠点を中心に円周を描いて折り重なっている。

 クラン並みの魔法使いでも単独じゃ不可能だ。殲滅戦にしたって一点への火力集中が胆だ。全方位となると死角はカバーできないもんな。

 ならパーティか? いや有り得ない。

 魔物を殲滅して俺たちの拠点に興味を抱かず去った? アホか。調査ぐらいする。柵に登ればグレートホースと黒塗り馬車と二階建てのログハウスは一望できたはずだ。

 複数人が立ち回った足跡も無い。ていうか人の痕跡が無いんだが。魔物は柵に到達出来ず絶命した。もし、これが単独での所業なら?

 魔物の死骸。刺し傷、火傷、冷凍、外傷が無い物は呪殺系による心配停止だろうか。

 ここまで徹底されると単独でも複数でも、もはや同工異曲だぞ。

 或いは、人類を超越した存在だとしたら?


「伝説の勇者でも通り掛かったか」


 一番有り得ない可能性を口にし、ひとまず魔物の死骸をストレージに詰め込んだ。

 遠くの梢枝で、羽を休める小鳥の囀りが始まる。

 東の空が青白んできた。

 顔に付着したマリー臭だけが切ない。

 そうか――。

 これが世に言う、朝チュンってやつか。

お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。(本当に)

評価★など頂けましたら嬉しいです。


さて、次話41話の投稿時点で、前回運営殿よりエロ過ぎ警告を頂きました。

修正版を再投稿予定ですが、41話投稿後、しばらく反応を見たいと思います。


特に警告が無ければ原因が明確になったとみなし、44話で恒久的な対応を行います。

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