392話 見ないで
主人公ピンチ回です。
しかも、救いはありません。
三匹目のワイバーンが王城で発見され激震が走ったが、サザンカがやらかしたと知れて治った。君の王国での立ち位置も大概だよ?
その後は特にイベントもなく、城内に関して人々の憂色が晴れたのは衆目の一致するところだった。
というのも冒険者ギルドから受け取ったトピックだ。当然検閲を通している。その中で、中央都市近郊のアンノウンが目を引いた。
正体不明の魔物ね。被害は農村部の作物。活動は深夜帯と予測される。中央都市なんて、前に第一学園でキマグロ討伐戦に参加したSSランクがごろごろ居るんだ。こちらの身柄が解放される頃には片付いているかな。
翌日。オダマキ卿御一行が到着し、翌々日にはハンゲショウさんが王城入りをした。ビオラさんはアンスリウムの本邸に居たが、仔細は全員揃ってからとしていた。情報の偏りを避けるためだ。
なら早く言って欲しい。ハンゲショウさんに殆どゲロっちゃってたよ……。
そして国王陛下への謁見を翌日に控えた晴れの日。ジメジメとした地下室で代表者による俺の尋問が行われた。
……何でまたキャミとガーターに着替えさせた?
いつもの通りと言わんばかりに固い床に膝を崩し、拘束された両手首を頭の上で吊るされていた。今回、目隠しはない。
「前にもあったな」
〈執事長〉ことオダマキ卿である。呆れた声はこの惨状にかそれともヘリアンサス女王との蜜月か。
「よりにもよって公王陛下とは」
忌々しげにビオラさんが睨む。うん後者だ。
報告は全てした。洗いざらい吐いた。その上でこの待遇は、懲罰以外の何物でもない。ボク、どうされちゃうのだろう。
「我が妹を惑わすばかりか、己の妻となる人の母にまで恋慕を顕にし憚らないとは。スミレも何故にこんなやつの所に行こうなどと」
あ、なんか愚痴になってきた。
「待て待て、スミレお嬢ちゃんはそういう関係じゃねーだろ。うちのクランが認めねーぞ」
「ふははは、我はとうに婚約破棄を言い渡されて居るがな!!」
議題がスミレさんになってきた。
「お待ちを殿下。そこまで進んでいたとは聞いておりませぬぞ」
「ビオラ様、我が領に滞在された時には、そう伺いました。ご本人は卒業パーティで宣言したかったと、妻のカトレアが女子会で盛り上がって」
「ぐぬぬ、どういう事だ冒険者サツキ!!」
何で公爵令嬢の素行で俺が責められるんだよ!!
「どうもこうも無い。公爵令嬢を未踏地開拓の前線に出せるかよ。それと、俺は深い関係になる気はないよ」
「我が妹では不満と申すか!!」
「どっちだよ!!」
「そのような艶姿で我らを惑わせおって」
「着せたのあんたらでしょ!!」
「清楚系淫魔みたいな姿をしおって」
「ほんとどっちだよ!!」
ビオラさん、俺に対する不満しかないのか。
「そろそろお昼です。こちらの結論をお伝えしては?」
ハンゲショウさんが珍しく気ぜわしいな。ああ、カトレアさんも連れてきてたのか。今頃はクランやアナベルとお茶会かな。サザンカはワイバーンにつきっきりだろうし。イチハツさんやスミレさんはそれぞれの本家のはずだ。つまり助けは無い。
「確かに。言いたい事は尽きない。だが――何故に少女趣味なキャミソールがここまで似合うのかね!? おかしいでは無いか!!」
酷い逆ギレだ。
「我も幾度、真実の愛に目覚めたかわからぬわ」
「殿下ぁ!! それを私めの前で仰せになりますか!!」
ヴァイオレット家からしたら王家の裏切りでしかないが、この場合はスミレさんから婚約破棄を宣告していた。攻めあぐねる所に立場の悪化だ。ビオラさんも無理算段を課せられるなぁ。
「サツキさんの艶姿の真偽はさておき、今は例の件を」
ハンゲショウさんが最後の良心か。
ケイトウ王子がビオラさんに目配せする。本件の主導において公爵家を立てたと言っていたな。
「冒険者サツキに申し付ける。ヒマワリ公国との使節の任を解き、正式な領事業務の立ち上げまで現地滞在中のアヤメ嬢へ権限を委譲するものとする」
よっしゃ、と内心ガッツポーズを仕掛けて、はっと気づく。
「ヘリアンサス陛下との件は?」
バーベナさんの身柄が掛かってるんだ。そっちまで凍結されるなら、強行手段も辞さない。薄氷だって踏んで見せるさ。
「旦那が妻の実家に顔を出す一部始終を、わざわざ国が関与していられるか」
しっしっ、とビオラさんが手を振る。
ブルー叔父さんを見る。ぐっと親指を立ててきた。この結末に至るまで、多分叔父さんが立ち回ってくれたはずだ。
「良かったですね、サツキさん。これでバーベナさんを迎えに行けますね」
「感謝します、ドクダミ伯爵。伯爵にも口添え頂いたのでしょう?」
「この程度で借りを返せたとは思えませんが」
爽やかな笑顔にトゥクンと鳴る。気遣いができて女性人気が高いのも頷けた。
「それでは、本題も済んだ事ですし、私たちは退室させて頂きましょう」
あ、うん。カトレアさんも待ってるもんね。
「んじゃ、またなサツ坊」
「ふははは、また会おうぞ」
ドヤドヤと地下室から出ていく。
あれ……?
あれ?
「あの、あの、僕の拘束……。」
「ああ、そうであったな」
ビオラさんが戻ってきた。
手にバケツを持って。
「いざという時は、こちらに」
俺の目の前に置く。
……。
……。
どうしろと!?
「え、行っちゃうの? え、このまま?」
「少しは頭を冷やしたまえ」
バケツは最後の慈悲か。
「って、待って!! せめてパンツを下ろしてからにして!!」
「それくらい自分で――。」
言いかけて、俺の頭の上で鎖に拘束された両手を見た。
少し考える仕草をして、ビオラさんの瞳に決意の光が宿る。
「やむを得んか」
いや決意というより諦めか?
「足を閉じていたまえ」
言うなり、キャミの裾に両手を差し込んできた。
うう、なんだよこの光景……。
何で女の子の下着姿で公爵家の次男坊にパンツ脱がされなくちゃならないんだよ。
世を儚んだ。
「おのれ、何故にこうも可憐な脚をしているのだ、おのれ」
こっちも世を儚んでいる。
いや、言葉に妙な熱を感じるぞ。大丈夫か公爵家?
「ここに置いておく」
暗がりで彼の顔色は見えなかった。
きっとゲンナリしてるだろう。頼むからゲンナリしててくれ。
側に目を落とす。
パンツは綺麗に畳まれていた。
ビオラさんが退室しドアが閉まると、いよいよ一人きりの静寂が部屋と、俺の心を満たした。
壁際の頼り無い灯りに僅かに照らされる。誰もいない。
目の前のバケツに目が行く。
ぶるると身震いがした。
まさか、な。
いや、まさか。そんな。
……パンツを下ろさせたのは早計だったか。
男たちの熱気が去り、冷えてきた。
再度、身震いが俺を襲う。いいや、去来したのはもっと最悪な衝動だ。
即ち――尿意。
「よもや、本当に使う事になろうとはな」
ラスボスっぽく言ってみた。誰かに聞かれたら死ねる。
気を紛らわせようと頭上を仰ぐ。拘束する鎖の先は、天井の闇へ消えていた。
鎖の張りに遊びはある。立ち姿で吊るされなかっただけマシか。座ってできるから。
じゃねーよ!!
え、もうやるしか無いの? 不撓の精神であらがえないの?
バケツを見る。
もはやここまでか。
のそのそと、バケツをキャミの裾で隠すように跨った。各馬ゲートに着いた感じだ。間も無くファンファーレと共に一斉にスタートするだろう。
誰にも見られないのは寧ろ幸いか。
唇の端を噛み締め、チョロっとキャミの中で鳴った時だ。
閉められたはずの扉が、ノック音を響かせた!!
「サツキさん、お待たせしました!! 助けに参りました!!」
廊下から、若い騎士が声を弾ませる。え、騎士を手配してくれてたの!? すぐに解放するつもりで皆さん出て行ったの!? このバケツもほんの茶目っけ!?
「ま、待って、今はダメ、お願い、ちょっとだけ――。」
俺の言葉は廊下には届かなかった。室内の音声が遮断される仕組みなのだろう。そういう用途の部屋だった。
「失礼します!! ――なんじゃコリャ!?」
そりゃそうなる。
部屋に入ると少女趣味なキャミソールで両手を吊るされた俺がバケツに跨りチョロチョロやってるんだもん。
「お願い……見ないで……。」
「何やってるんですか!?」
本当にね。
「うぅ……どうして、止まらないの……?」
清涼な小川のせせらぎは、むしろ留まることを知らない。
冒険者なら普通に連れションくらいする。でも何か違った。この恥辱は、心が折れる。
「まさか、サツキさんにこのような趣味がおありだなんて……。」
うるさい、見るな。そんな目で見るな。
ここまでやって思った事は一つだ。
やはりガラ美の気が知れない。
「理由が分からないわ!! 本当に分からないの!!」
重厚な背の高い扉を前にアナベルが頭を抱える。扉の両脇に立つ親衛隊も、掛ける言葉もなく苦笑いだ。
「滅多に無い経験だ。楽しんで行こう」
「楽しめるか!! 実績のない私がどのツラ下げて参列できるのよ!?」
「ワイバーンのガイドは見事な立ち回りだったな」
「功績じゃねーですわよ!!」
「貴族の作法はここ数日で叩き込んだと聞いたが」
「ストロ様にはお時間を割いて頂いたわよ? でもね? どうして私まで国王陛下の謁見を賜らなきゃならないのよ!!」
順番に入室を促され、俺たちが最後だった。クランはベリー家として先行している。スミレさんは居ないがビオラさんも、オダマキ卿、ハンゲショウさんも先に入った。先程、イチハツさんの背を見送った所で、アナベルが決壊した。
「正装した貴族を前にびびったか」
「それだけじゃないって言ってるの!! 朝三暮四の末にこんな所まで連れてきて、聞けば歴史に残る謁見じゃないのよ!!」
確かに、ドクダミ方面に出没した巨大敵性魔物討伐の戦略指揮に続き、ヒマワリ公国との国交だもんな。
「詐術を用いた風に言うな。公的な記録に名前が載れば、お前だって下手は出来ないだろ」
アナベルの黒瞳が大きく揺れた。俺じゃなきゃ見逃していたね。
彼女も俺に悟られてると気づいたのだろう。ばつが悪そうに唇の端を歪めた。
「この決まりの悪さは、やっぱり……でも私は!!」
「これを拘束と捉えるかは、まぁ本人次第だからね――俺たちの番だ」
扉が内側から開く。
以前にも感じた静かな熱気と共に、張りのある男の声が俺達を迎えた。
『SS級冒険者サツキ殿とそのご一行、ご入場!!』




