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391話 分裂した追放者

「おおっ」という歓声は、すぐに皮翼の羽ばたきに消された。示し合わせたのだろう。二頭同時の降下は地上への風圧が大きすぎる。

 ご丁寧にアナベルが手旗で「オーライ、オーライ」と誘導するが、まさかこれが竜騎士のスキルじゃないだろうな? 


「竿で入るって考えがないのか――ご無礼を」


 着陸寸前、強風に砂塵が舞った。

 よろける王妃の体を抱き止めると、「おおっ」と別の感声が上がった。


「冒険者くん……トゥクン」


 両手の先で口元を押さえ、瞳を潤ませてやがる。


「いや余計な事はしないで。上から見られてるんだから」


 旦那と子供らの前で、俺も何やってんだか。

 綺麗に円にそれぞれ着陸したワイバーンに、恐る恐る騎士達が近づく。

 その背から、ライディング姿勢を解いた令嬢がそれぞれ頭を上げた。ホウセンカにはスミレさんか。

 周囲から湧く感嘆の快哉に手を振って応える姿は、貴族令嬢というより新兵器品評会のコンパニオンのようだ。


「この子たちが噂のやつ?」


 気づくと隣にサザンカが居た。一人か?


「クランは?」

「ん」


 顎で指すと、ひょっこり彼女の背から顔を出す。表情は読めないが、俺に掴まった王妃が「あらー」と和やかな声を漏らした。こちらも意図が読めない。


「派手に飛び回ってりゃ噂にもなるか。赤い方がホウセンカだ。水色が」

「スイセンカ――イーリダキアイのお嬢さんとの子ね」

「言い方!!」

「他にもベナ姉との間にできた子も」

「言い方!!」


 サザンカとのやり取りに何を思ったのか、王妃が身を離す。


「近くで見ても大丈夫かしら」


 既に大臣や騎士が取り囲んでいる。イチハツさんとスミレさんはそれぞれワイバーンの横で、立ちポーズを決めていた。その前で、アナベルがパンフレットを配りプロモーションを始める。新車のお披露目会かよ。


「飛ぶのは……怒られるでしょうけど……乗るだけでしたら。……ご案内します」


 何か察したクランが申し出る。連れ立ってワイバーンの人だかりへ向かった。


「君は王妃様に着いてくれ」

「自分の任務は場内でのサツキ殿の従事です」


 若いな。融通が効かないんだから。


「着いてきてもいいが、目に毒だぜ」


 ぐっとサザンカの腰を引き寄せる。

 コイツの震脚なら微動だにしないはずだが、今回はされるがままに抱きついてきた。

 王妃様とは違った柔らかさと温もりが、どうにも安らぐ。


「し、承知しました。その、城内ではほどほどに、お願いします」

「善処する」


 若い騎士がばつが悪そうに王妃達の背を追うの見届けると、脇腹に肘が入った。


「いつまでそうしてるのよ」

「監視なら離れちゃ駄目だろうに」

「嘘よ。内心、融通が効かないとか思っていたくせに。ただの護衛じゃないのね――離れましょう」


 その場からって意味だ。

 何故か、腕に絡めたままずっと密着されていた。




 離れの庭園にサザンカを待たせ、総務部施設管理課へ寄った。

 庭園の使用許可は意外なほど簡単に降りた。

 お爺ちゃんの受付だったから? 前の謁見で見かけた顔だけど何で受付やってんだ? 玉座寄りにいたから高位貴族か大臣かと思ったけど。

 あと去り際に一言呼び止められた。


「聞きなされお若いの。離れの庭はあえて垣根の背を高く切り揃えておる。今なら人の目は竜に集まっておろう。このチャンスを無駄にせぬ事じゃな」

「お爺ちゃん俺に何させようってんだ?」

「手を出しなされお若いの。これを託そう」

「小瓶? 何かの錠剤か?」

「通常の3倍はいけるじゃろう」

「間に合っとるわ!!」


 大丈夫かここの総務部?




 サザンカのもとへ戻ったが、声を掛けずに見惚れた。

 花壇脇の意匠を凝らした長椅子で、何をするでもなく空を眺める横顔が、痛く神秘的で吸い込まれそうだ。そんな風に感じたのが初めてだから。果たしてゴリラパワーはどこへ置き去りにしたのだろう。


「何よ」


 此方に視線すら向けないくせに、可愛らしく唇を尖らせるのが可笑しかった。


「隣に行っても?」


 俺の問いに、やっとこっちを見た。

 銀髪に似たブロンドが絹の波となって揺れる。

 長いまつ毛が数度瞬き、「バカね」と軽口のように笑った。


「失礼」


 ベンチというより確かに長椅子だ。

 使用人が日が昇る頃に引っ張り出してくるのだろう。

 隣に座る。彼女の体温が直に伝わってきた。しなだれ掛かってきたのだ。サザンカの香りと温もりが、俺の領域を侵食する。

 喉が鳴った。

 無意識に唾を飲み込んでいた。


「少しは慣れなさいよ。今朝まであんなに溶け合ってたのに――照れるわ」

叩頭(こうとう)しようにも、腕に当たって」

「ふふふ、馬鹿なんだから」


 頭がもたれ掛かってきた。

 そのまま何をする風でもなく空を眺める。

 遠くではワイバーンの品評会の最中だろう。しかし、人々の喧騒は夢であったかのように、この庭には届かない。庭だけに。

 遠い木々の合間から響く囀りの方が、余程近かった。


「目当てはコイツだろ?」


 ストレージから卵を一つ出す。

 これを含め残りは29個。このまま全部孵化する流れだろうか。

 言葉に詰まったサザンカだが、意外にモジモジし始めた。


「そりゃあ、まぁ。あたしだけ絆が薄いのは嫌じゃない?」


 そんな事を気にしてたのか。


「イチハツとはそういう関係じゃないが」

「今は、でしょ。クランは認めているわ」


 その理論でいくと、あと28人も嫁ができるのだが。

 ツバキ殿下だって不穏な言動が目立った。国王に思い留めてもらおう。スミレさんはビオラさんに頑張ってもらえば。


「待って」


 卵を石畳に置こうとしたら、彼女が立ち上がった。

 肩に羽織る純白のケープを敷いた。お前こそ待てよ、それ法衣だよ?

 俺が躊躇うと「いいわ」と促してくる。


「言うまでもないが信者の期待の現れを敷物には」

「教義ではないから。今ならその価値はあるわ」

「それこそ――。」


 言いかけて口をつぐんだ。

 そっとケープの上に卵を置く。いい塩梅に、立っている。


「サザンカ、こちらへ」

「はぁーい」


 コイツにしては珍しく可愛らしい返事で、駆け寄ってきた。


「手、繋いでもいい?」

「いいや。この上だ」


 ダンジョンコアを出す。透明な輝きはすでに起動済みだ。


「また得体の知れないものを。オダマキの行政庁舎の地下にあったものよね?」

「同じものがハイビスカスにも持ち込まれていたんだ。卵の成長を活性化させる。生命の冒涜だと嫌悪するならやめておくか?」


 嫌味な言い方だったかな?

 サザンカは慌てて首を振った。舞う髪の筋が光を透かして小妖精の羽を思わせた。


「あたしだけ繋がりが希薄に感じて嫌なのよ」

「綺麗だよ」

「ぶふっ!! え、急にどうしたの!?」

「いかん声に出たか――いいから始めるぞ」

「待って、ちゃんと言いなさいよ!!」


 さて。今度はどんな子が孵化するのやら。




 午後に入り、ワイバーン祭りも収束した。

 サザンカ達は離れの庭においてきたが、そちらもいずれ騒ぎになるだろう。

 こちらは改めてドレス姿に彩った令嬢達と再会する。王城の一室だ。彼女らに付くメイドは四人ともヴァイオレット家の従者だった。いやスミレさんは先に行く所があるよね!?


「仮拠点の方は世話になった。それと連絡係にしてすまない。まずはご家族を安心させるといい」


 イチハツさんが小さく「はい」とだけ答える。スミレさんは――少し困り顔だ。

 俺も困った。どう切り出そうか。今すぐにでもビオラさんに預けたい。


「変な顔をされますのね」


 見透かしたわけじゃ無いのに、察しがいいな。社交界慣れから空気を読まれたか。


「そちらもご家族、心配してるよね。元気な顔見せたら?」

「騎士たちと離れた折に挨拶は済ませてますわよ?」

「ドクダミに行く前の話じゃねーか!!」


 え? うちに居座る流れなの? パーティは解散してるよね?


「和解は受け入れられたと思いましたが?」

「ケジメを付けろと言っている。その時間は与えたはずだ」

「お兄様ですね」


 大きく鼻から息を吐いた。令嬢にあるまじきはしたない仕草に、当のビオラさんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「水を差しにこられる。かまびすしい男性は侮蔑されるものですわ。まさかサツキさんもワタクシをおいさめになられまして?」

「スミレの家の事情を俺に持ってくるなってだけだ。実際、頼りにさせてもらったから」

「お含み置き頂きまして、何よりですわ」


 彼女が笑顔に崩れる。緊張が氷解するのがわかる。そこまで不安だったのか。


「そういえば、あちらにもサツキさんがいらっしゃいましたわね」


 どっち? あ、森林地帯前の仮拠点か。流石に、自分の取り巻き相手にはバレたか。


「何でも、ごく稀に分裂するとか」


 バレてねーのかよ!! それアザミだから!! ていうかアザミも正体を明かさなかったのか――いや、その為の替え玉だったな。

 ヴァイオレット家を仮想敵に据えたまま俺も戻っていなかった。その帳尻に、ドクダミから飛んでもらったのに、確かにスミレさん単独で来たら警戒するか。


「あちらのサツキさんと、こちらの本体とは意思の同期化ができなかったのですね。説明に時間が掛かりました」

「お、おう……。」


 え、どんな設定盛り込んだ?


「それと、分裂の際に色々と細胞が欠損されたとかで」

「お、おう?」

「その……あちらの作りは、女の子のようでしたのね」


 アザミ何やってたの!?

 ていうか、そこまで確認しててバレなかったの!?


「サツキさん」


 さり気無くイチハツさんが横に寄り、小声で教えてくれた。


「わたくしが到着した時には、既に真・水遁の術をマスターした事になっていました。ごめんなさい、わたくしが離れたばかりに……。」

「待って、俺に何を極めさせたって?」


 血の気が引く俺に、イチハツさんはもじもじとして、ただ謝罪するばかりだった。

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