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390話 チャネリング?

 翌朝、王城と周辺が喧騒に沸いた。

 音ではない。喧々囂々(けんけんんごうごう)たる気配だ。

 何の騒ぎかとコットンのシャツを羽織り廊下へ出たら、パタパタと去るメイドの背が見えた。間も無くして甲冑姿が入れ替わりに現れた。騒がしいのは外か。


「憔悴してますね」


 霞の掛かった、油断し切った俺の顔に、いつもの若い騎士が労るように寄って来る。自分の隙だらけな意識を意外に思った。

 クエスト中、バッドステータスは付き物だ。相手は毒系モンスターや死霊系に限らず、ダンジョントラップ、自生の植物系魔物、マッドマンと多岐に渡る。当然、対策は講じるが万能では無い。その際は大抵、周りが敵だらけの四面楚歌だ。一人で切り抜けた時もあった。

 今朝のは、鷹揚(おうよう)ってわけでも無い。カンが衰えたか。


「すまないね。どういうわけか気が緩んじまう。ここはそういう所か?」

「お疲れだったのでしょう」

「過労程度で、意識が緩慢になってりゃSSランクは名乗れんよ」

「流石ですね」


 憧憬(けいどう)に輝かせた瞳で見てきた。


「そりゃあお前、24時間魔物を狩れますかってなもんだ」

「騎士団でもなかなか居ませんよ。凄い!!」


 いかん調子に乗った。

 どこのブラックだと思うが、これもまた冒険者だ。ギルドの研修じゃ夜間偵察の教導もある。パーティで交代制(集団戦術)になるが、護衛任務なんて四六時中周囲を敵と思え、てのが常だ。それを好んで選択するアナベルは、その他の経験が未熟ってだけで基本優秀なのだろう。

 音もなく背後の取っ手が回り、白い扉が開いた。


「どうしたのヨォ、部屋の前で大声出して」

「……サツキくん……次……10回目チャレンジ……ゴー」


 素肌にシーツを引っ掛けただけのサザンカとクランが現れ、咄嗟に騎士が顔を背ける。

 急に首を回したせいで、ゴキと小君の良い音が響いた。


「あら、失礼」


 乱雑に掛けていたシーツを、グルリと体に巻きつける。


「い、いえ、こちらこそ。昨夜はお楽しみでしたn――え、今もお楽しみの最中!? 一晩中!?」


 何か、俺を見る目が啓蒙から別種なものに変わった気がする。

 ああ、そうか。

 ずっとヤリっぱなしだったか。それが緊張の欠如になった。我ながら情けない。


「内密に頼む」

「控えのメイドがフラフラだったので、そちらへの口止めも必要ですね」


 さっきのか。

 え? ずっと部屋の前で待機していたの? 聞こえていた? クランやサザンカの声。特にクランは獣になるから。


「夜勤担当なのだろうけど、辛い思いをさせたかな?」


 廊下の先へ視線を送ると、先ほどのメイドが曲がり角からひょっこり顔を出していた。目が合うと、「ぴゃ」という鳴き声を残してメイドの頭は引っ込んだ。


「次からは……不要に……お願いするよう……申し入れておきます……。」

「待って、それは今夜もって事じゃ無いだろな?」


 流石に連日、不眠不休の戦闘はダンジョン攻略でも無い。


「……いつから……今夜が終わったと勘違い……した?」

「まだ続いていたの!?」


 日も登り皆んな仕事を始めてるってのに、これだからお貴族の感覚は。三代目勇者が教訓として伝えたショウスケ・オハラ氏の歌は、アザレアの民間にも伝わっている。


「ああ、アタシはひとまず満足したから。先に出るわね」


 サザンカがサバサバした口調で部屋に引っ込んだ。


「……じゃあ……サツキくんは……ね?」


 俺のシャツを引っ張る。何が「ね」だよ。え、本当にこのまま続くの? 何で今日に、いや「今夜」に限って欲しがりになった?


「では、また改めて伺います。それとメイドは控えさせて頂きます。彼女達の仕事を奪うわけにはいきませんから」


 真摯な視線に、心が痛んだ。




 迷宮最深でのラスボス戦の気概で、一切セーブせず、この一戦に望んだ。

 出し惜しみなしだ。

 攻撃こそ最大の攻撃。

 行く末は勝利だ。俺の勝ちだ。


「……サツキくん……乱暴者」


 クランがぐったりしている。息も絶え絶えだ。というか虫の息だ。

 いかん。追い込み過ぎた。




 部屋を出ると、赤面させたメイド達が蜘蛛の子を散らすように去って行った。


 ……何で増えてんだよ?


 眉を寄せたが、床が濡れていたので清掃中だったのだろう。ここの回廊も長いからな。水拭きとなれば10人掛かりでも大仕事だろう。


 ……。

 ……。


 一旦、部屋に戻る。

 すぐに廊下へ出る。


 ……。

 ……。


 何か、中も外も同じ匂いがする。


「サツキ、中庭よ――うわ、何したのよ、これ!?」


 濡れた場所を踏まないようつま先立ちになり、サザンカが駆け寄ってきた。


「清掃業務を邪魔したようだ」

「それならもっと早い時間に済ませてるわよ。貴族や官僚の目に入らないようにって――まさかクランを連れ出して致してたんじゃないでしょうね?」


 何をおかしな事を。


「話の関連性が見えないが、俺がクランの肌を衆目に晒すとでも?」

「あー、確かにあの子でもこの量は命の危険があるかぁ……いや、あの子なら命懸けでヤリそうだわ。今は?」

「少々、その、調子に乗りすぎた。暫くは寝せてやりたい」


 何と答えたらいいか迷うと、白い扉が静かに開いた。

 頭だけひょっこり覗かせた彼女は、先程まで荒い息で痙攣を繰り返していたのに、何故かツヤツヤだ。


「……大丈夫……すごく良かった……から」


 何が大丈夫なのだろう?


「挙行の会場は外だってさ」

「……待って……体を拭くから……。」

「ちょっと、ガクガクじゃないのよぉ? って、何をしたらこの数分でこんなにドロドロにされちゃうのよ!?」

「……えへへ……死んじゃうかと思った……。」

「サツキぃぃ」


 うお、久しぶりサザンカの殺気だ。

 回廊の温度が一気に下がった


「……サザちゃん……寒い」

「ああ、ごめんなさい。この両極端を吊し上げるより、今は湯浴みが先ね。あたしも浴びたいから一緒に行きましょう」


 あ、俺も入りたい。流石にこのままって訳にはいかないよな。

 彼女らに続いて部屋に入る前に、ふと振り返ると、廊下の先でわたわたと数人のメイドが角に姿を消した。




 中庭と一言で言っても、大小で10はある。

 大抵が花壇だ垣根だでガゼボを囲んだ庭園だ。王家が貴族を招くお茶会にも使われる。今回の現場は飾り気のない平地だった。

 石畳を敷き詰めた600坪、約1200畳のただっ広い敷地は、本来、騎士団の訓練施設を目的としていた。

 (かなえ)の沸くが如し人だかりを掻き分けると、中央で異様な光景が衆目を集めていた。

 冒険者姿のアナベルが、執事たちを従え、石灰のようなもので地面に円を描いていたのだ。何やってんだ?

 もう一人、少し距離を置いて円を描く人物が居る。こちらは乗馬姿の王妃様だ。

 俺が殺し屋に狙われ全力疾走した折り、スカート摘んで並走した事を思えば、快活な姿もしっくりくる。

 ただ、自ら石灰で円を描く周りを、付人達が右往左往するのは同情を禁じ得ない。


「アナベル、こんな感じでどうかしら?」


 呼ばれて、てててと駆け寄る。円の大きさを確認して、ぐっと親指を上げた。


「いい感じです。筋がいいですね、お姉さん!!」


 いつの間にか懐いてるけど、それ、王妃だから。

 周りも嗜めないのか――あ、はい。そういうことね。

 周囲を探った。こちらに来ているはずだが。


「サツキ殿」


 人垣の中から、若い騎士が先にこちらを見つけてくれた。


「城の中でユーエフオーとの交信でも始める気か?」

「ユーエフ……召喚勇者が伝えたという飛行物体ですか。たまに光球のようなものが飛びますね」


 魔法とも魔物とも判然としない飛行物体の目撃事例は、稀に上がる。頻度こそ少ないが、上空の光球が家畜を捕獲する光景も報告されていた。

 三代目の話じゃ、空の向こう側の亜人って事らしい。燃える船でやってくるという。


「確かに飛行物体には違いはありませんが」


 マジか。


「ヴァイオレット家のスミレお嬢様と、イーリダキアイ家のイチハツお嬢様が、近郊の丘向こうに着かれたそうです」

「そっちかよ。俺たちが昨日いた場所で待機している?」


 それだけで提要(ていよう)は察した。むしろ呆れた。


「ワイバーンを王城に入れるのか。よくそんな決断を下せた」

「陛下と王子殿下がご覧になりたいと」


 有用性の評価にしたって、アイツら特殊個体だからなぁ。テイマーが手綱を取るって訳にいかないぞ。


「軍部に配備させようったって無理だ。生物である限り、兵器としちゃ片手落ちになるってのに」


 こちらの都合はひた隠しにさせて頂こう。コアの件は『執事長』から行政庁舎地下ダンジョンの研究成果が上がってるはずだ。だったら俺が所持してるってのもご承知だろう。でも、コアとワイバーンの孵化成長を関連づけるにはそれだけじゃ足りない。なら、すっと呆けるに限る。


「乗り物としての効果のみ期待する騎馬とは違うんだから」

「運搬や高官連絡としては有能に思えますが」

「んなもん竜騎士でもいなきゃ……。」


 言ってからアナベルを見る。

 そういや竜騎士のスキルに騎乗はあるのだろうか?

 そもそも竜騎士って何だ? レアジョブってのは分かるが、対竜戦に特化した騎士なのか、竜をテイムする騎士なのか。

 まさかドラニックオーラとか纏ったりしないよな?

 あ、目が合った。


「サツキ、遅かったじゃないの!! こっちよ!!」

「あらあら冒険者くん。お城に来たなら真っ先にワタクシの寝所に来なきゃメっ、じゃないの」


 その場のあらゆる視線が俺に集中した。

 ああくそ。荊棘(けいきょく)の道と知って、行かなきゃいけないのか……。


「え、どういう事? お姉さんとサツキ、どんな関係なの?」

「ロングホーンがトレインで連結する感じかしらぁ?」


 朝から何言ってるの?


「そして、どうしてサツキは今頃来るの?」

「ロングホーンがトレインで連結してました……。」


 それもこれも、うちの嫁が可愛すぎるのが悪い。


「げふん、何でアナベルが仕切らされてるんだよ?」


 話題を変える。


「ホウセンカちゃん達を招くっていうのに、原寸を知る貴方たちが出てこないからでしょ。本当に何やってたのよ」

「すまんのう……。」


 俺のせいだった。


「それで、スイセンカちゃんのサイズはホウセンカちゃんと同じ認識でいいのよね?」

「むしろ小柄だよ。2頭とも降ろすのか?」

「スペースは間に合うわね――王子様達が見たいって。城下町にも御触れは発行済みみたいよ?」


 ああ、それで騒がしかったのか。

 周囲を見上げた。

 右手の塔に見えた人影に納得する。むしろ王族なのに現場作業している王妃がどうかしてんだよ。

 やがて物見台から甲高い鐘の音が響いた。

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