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389話 ミニスカ司祭

 最初に案内してくれた若い騎士に誘導され、ツバキ王女と共に別室へ向かった。

 4人目について会話の押し合いへし合いになったが、不確定要素から黙秘を貫かせて頂いた。イーリダキアイ侯爵家とか絶対に面倒しか起きない。


「こちらです。既に仕上がっています」


 何故か残念そうに眉を寄せていた。

 憐んでいる?

 扉を開ける騎士に促されると、薄桃色の大輪の花が突撃してきた。


「やっと来た遅い!! 不安だったんだから!!」


 大股びらきでズカズカ迫るのは、ドレス姿のアナベルだった。


 ……復讐対象に向かって言うセリフか?


「来るなり王城に連れてこられたと思ったら、辺境伯夫人に分不相応なドレスを着せられ、王室メイド様がたにやいのやいのお化粧されて、そして王子様とご対面なのよ!? 私を殺す気か!!」


 ご愁傷様だ。


「ついでに、こちらはアザレア国第一王女のツバキ様だ」

「お、お、王女様!?」

「冒険者サツキの刺客にしては可愛らしいお嬢さんじゃない。アナベルと言ったわね? まだ序の口だから楽にしていなさい」

「じょ、じょ、序の口!?」


 自分の運命に蒼白になる。

 伯爵家にメイドとして潜入した豪胆も、もはや風前の灯火か。


「俺さぁ、国家機密を持ってるんだよね。なので俺と関わったアナベルも報告会議とその後の謁見が終わるまでは、王城で過ごしてもらう。良かったな!! お姫様気分が味わえるぞ!!」

「ひぃぇぇぇ……私、知らないっ!! 国家秘密なんて知らない!!」


 気持ちは分かる。ヒマワリ公国との外交に一切関与がない事も王政側は承知している。問題は俺に関わり行動を共にした点だ。

 要は、身柄の拘束だ。


「なかなか経験できないぞ。冒険者たちに自慢できるな!!」

「私の精神が持ちませんよ!!」


 せめてもの救いは、不自由が無いって事だ。

 王城内なら出歩ける。購買部で買い物も可能だし、お小遣いも支給されるよう取り計らった。訓練施設で騎士に稽古を付けてもらってもいい。禁書庫でなければ図書館も利用できる。

 この短い間にどれだけ研鑽を積めるかで、彼女の今後も決まるだろう。


「うふふふ、アナ美ちゃんは、まずは立ち居振る舞いのお勉強からかしらね」

「王子様の前でなんて呼び方をするんです!?」

「ほう。アナベルは穴美と申すのか」

「申しません!!」

「さぞ、清雅にして艶麗な穴をしているのであろうな」

「見られてもいないのに私の穴が褒められてる!? 第一王子様に何の賞賛を頂戴してるのかすら分からない!?」


 いや王子。それはセクハラだ。看過できんぞ。ってアナベルも何満更でもない顔でフルフルしてんだよ。


「ほらー、サツキちゃんは先に言うことがあるでしょう」


 苺さんに促されるまでもない。

 クランの正面へ歩み寄る。赤を基調としたドレスだった。


「やはり貴女には真紅がよく似合う。玲瓏たる人よ。俺をどこまで虜にしたもうか」


 貴族(ハンゲショウさん)を真似て恭しく礼をすると、少女の雪の様な頬に赤みが差した。


「……それも……全部、サツキくんのもの……よ?」


 照れながらもまっすぐ見つめる。

 水晶のような瞳と視線が絡み合う。

 苺さんが「あらー」と微笑み、ブルー伯父さんがわざとらしく舌打ちを鳴らした。

 二人の前でイチャイチャするのは、まだ少しだけハードルが高い。


「後ほど、頂戴します」


 それだけ搾り出すので一杯一杯だ。


「テメェ、サツ坊。何を頂戴するってぇ?」

「あらあらアナタ。もう二人は随分と入れたり入れられたりかき混ぜられたりしてるわよー?」


「何で苺さんに筒抜けなの?」「何でお前にだけ話が行ってんだ?」


「ふははは、辺境伯よ。斯様な情報戦では男は一歩劣るものだ。我とて愚妹にどれほど出し抜かれたか」


 そこでどうして俺を見るんです?


「では皆の者。軽く昼食会と洒落込もうぞ」


 やりたい放題だなこの人。




 ガツンと硬い音と共に、王子が額をテーブルに打ちつけた。


「あら、お兄様ったらはしたない」


 何でまたしれっと一服盛ってんだよ?


「一品だけ、ワタクシの心尽くしを混ぜたのだけれど、またお兄様がお引きなったのね」


 昼食会が死の遊戯になってんぞ?


「こ、これが王族の日常……ひぇぇぇ」


 そんな訳あるか。

 しかし今の言動。王子殿下は見抜いておいて敢えて選んでるのか?

 ていうか、王女が手料理をすると激薬が錬成されるの? そういうスキル?

 チラリとベリー家の面々を見ると、何気ない顔で眼前に置かれた皿へホークを伸ばしている。

 あ、これ本当に日常なんだ……。




 昼食後のお茶が振るまわられる頃、サザンカが合流した。

 基礎は上級司祭のローブのはずだが、躍動する聖職者を旨とする彼女らしく、動きやすさに着目した改修が施されていた。

 ミニスカボディコン司祭という、実に頭の悪そうな女が昼下がりのサロンに降臨したのだ。


「何よ」


 俺の非難の視線に唇を尖らせる。


「世話を掛けたし、ちゃんとお礼をしなきゃって、ね」

「礼だぁ?」


 訝しんでる訝しんでる。


「何がいいかな?」

「両殿下がいらっしゃる前で、何を言わせようってのよ?」

「……むしろ……サザちゃんにしかあの場を……仕切れなかった」

「我は司会進行で手が離せなかったからのう」


 彼にはその前に、コンモリした全身タイツを何とかして欲しかった。映像の記録を追ったが、あれは放送事故だ。なのにご婦人の支持率は爆上がりだからこの国の行く末に不安が積もる。


「可能な限り、期待には応えるよ」


 両手のひらを見せて、瞼を伏せた。多事多難あったが、追放前には俺から告白した人だ。コイツにも弱い。


「ふん。後での楽しみにさせて頂くわ。それはそれとして――。」


 王子に向き直る。


「蓄積しておいでのご様子。お殴りしてもよろしいでしょうか?」

「苦しゅうない」


 アナベルが「え」と戸惑いの悲鳴を上げるのと、サザンカが腰溜めに拳を構えるのは同時だった。

 ああ、彼女は知らないんだっけ。

 拳の先端に小さな魔法陣が灯る。

 グンと右肘が引かれ、足が前後に大きく開かれた。って、おい馬鹿、裾!! そんなに短いスカートで大股びらきなんてしたら付け根まで見えちゃうだろ!!

 不覚にもガン見した。アナベルは事態の急変に蒼白になったし、クランも一緒にガン見してたし、他の者は王子とサザンカのやり取りなんて気にしてなかった。せめて執事は気にしろよ。

 露わになった絶妙な肉付きとくびれの凹凸に、生唾を飲み込む。クランなんて口の端から涎まで垂らしてる。

 最初の追放にあった酒場で言い寄るサザンカを拒否していたが、誰よりも彼女の脚に拘ったのがクランだ。サザンカの足を信奉する第一任者(ジャンキー)と言っても過言ではない。サザンカ美脚信仰の大罪司祭だ。

 俺たちの視線を気にも留めず、拳は突き出された――王子の顔面に目掛けて。


解毒(キュア)


 短く吐かれた呼吸に、呪文が混じる。

 繰り出される風圧で、王子の衣装が背後へと吹き飛んだ。すっぽん、と。中から、ゆで卵を剥いたように、白い全身タイツが現れた。


「うむ!! すこぶる調子が良いぞ、褒めて遣わす!!」


 毒で普通の服着てたのかよ!!

 いや、どんだけ毒を盛られれば普通になるの、この人。


「え!? どうして王子様の中から白い怪人が現れるんですか!? 王子様は一体何処に!?」


 アナベルが良い子過ぎて辛い。


「酷な事を言うようだが、アレが王子の正体だ」

「王子の正体がアレだなんて……。」


 慣れてきたのか割と辛辣なのな。

 それにしても毒が抜け快調なのだろう。いつにも増してコンモりしてるな。王子のソコ。立派な曲線が浮き彫りだ。

 気づいたのか、アナベルが咄嗟に両手で自分の顔を覆った。

 隙間からガン見しているけど。

 わーわー、てめっちゃ視線が行ってるけど。

 そうか。こういうムッツリな所に、俺は彼女の中にイチハツさんを感じていたのか。


 ああ、それにしてもこの王子――ドスケベ過ぎる。




 晩餐の折に、再び王子が頭からラーメンの(どんぶり)に突っ込んだ。


「まあ!! お兄様ったらまたワタクシの作った料理を選んでしまったのね!!」


 いや、どんだけ盛ってんだよ。そして全部王子が平らげるのかよ。


「……ツバキお姉様は……料理はしない方がいいと思う……。」

「ツバキ殿下? 毎回キュアをするあたしの身にもなって下さい?」

「冒険者サツキ。ワタクシの妹たちが辛辣だわ?」


 何で俺に振ろうと思ったし。


「また着せ替えられたし……。王族って……お貴族って……。」


 アナベル。そろそろ慣れろ。冒険者は諦めも肝心だぞ。


「あちっ、あちち」


 しれっと紛れ込んで、跳ねるラーメンのスープに芸人のようなリアクションを見せる半裸のおっさんが、少しウザかった。

 いや、何やってんだよ?


「せっかく顔を合わせたんだ。いっそこの後、引き継いでも?」


 おっさんに振る。

 俺の報告を聞きに抜け出したんだろ? あ、ラーメン食べたかっただけ?


「そちらはのう、ヴァイオレットの倅に一任しておるで」(ずる、ずるずる)

「あの流れだとビオラさん? 次期党首とは歳が離れているとは聞きましたが」

「人脈の大事は心得ておるのだろう。此度もオダマキの顔を立てておったわ」(ずる、ずるずる)


 なら、全員揃ってからになるかな。


「俺の身柄はどうなる?」

「うちの奥さんはやらんぞ?」


 思わず麺を吹き出しそうになった。


「あっちはフリーだからであって、誰が不貞なんて認めるものかっ」


 小声で毒付く。


「大体そう思うなら迂闊に年下の男の子を寝所に拘束する真似は嗜めて欲しい」

「娘の方なら、問題ないのだがのう――あち、あちち」


 スープが派手に跳ねた。ザマァ見ろ。

 俺を王家に取り込む意思は感じていた。その生贄にツバキ王女を祀るのには反感しか無い。


「ど、どうぞ、お水です。おじ様」


 アナベルが気を利かせてお冷を差し出す。そういうのは執事やメイドがやるんだよ。ましてや、直接だなんて。

 周囲を伺うと、誰も咎めない。ああ、そういう事ね。


「おおう、ありがとうよ。気の利くお嬢さんだ」


 ニコリと受け取る。


「……おじ様は、何だかホッとしますね。どうして上半身裸ですの?」


 ほう、となって見とれていた。


「ワシの歳になってこそ見えてくる、男として成すべきこともあろうて」


 何言ってんだ?


「……素敵」


 そして何言ってんだ?


 君が潤んだ瞳で見つめる上半身裸の男こそ、この国の王様なんだよ?

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