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387話 手料理

 まったりとした舌触りなのに、後を引かない甘さ。そしてフルーツの酸味が口の中を彩った。

 流石、王城のパティシエだ。類を見ない仕事をする。


「気に入ったか?」

「うめー、うめーよコレ」(ガツガツ)

「重畳だ」

「シェフにお礼を言いたいくらいだ」

「アヤツも、サツキに礼を申したいと言っていたな」


 ん? ここの料理番と面識は無かったはずだが?

 王子が執事に目配せすると、恭しく盆に乗せた鈴を持ってきた。

 鈴の取手を持ち、三回ほど鳴らす。

 鈴を盆に戻すと、執事は音もなく後退した。

 同時に、別の執事が扉へ向かう。

 え? 呼んだの? シェフを? ていうか何この人たちの立ち振る舞い? 体重を感じさせず音もない。俺の知る限りこの芸当は、熟練の冒険者か暗殺者だ。

 王子付きの執事なら護衛に長けているのは納得だが、嫌な感じだな。

 疑問は直ぐに消えた。

 消えたというか、どうでも良くなった。

 まさに、そいつは化け物だったのかもしれない。

 バーンと勢いよく扉が開くのと執事が一歩下がったのは同時だった。目を疑った。紫の甲冑にフリル付きエプロンを掛けた初老の男が現れたのだ!!


「我が力作!! お気に召して頂いたようで光栄であるぞ!!」

「作ったのあんたかよ!!」


 王国騎士団総司令、シャガ。またの名を――ラーメン専門食堂スズラン亭の大将。


「引退した暁には、おぬしの開拓地でスイーツ店を出店しようぞ!!」

「いらねーよ!! 開拓事業を何だと思ってんだ!!」


 何で、可愛い方可愛い方に行こうとしやがるんだ?


「あ、待って、出店って確定なの? え、礼を言いたいってそういう事?」

「店名は、パティスリー大将だ!!」

「寄せろよ!! どっちかに寄せろよ!!」


 もう何の店か分からんぞ?


「中央都市の事は案ずるな。実権を(せがれ)に譲っておるわ」

「王国軍部の大将? そんな機密、俺に知られていいのか?」


 確か、髭の立派なイケオジだって噂だ。二人の奥さんが居て尚、女性ファンが絶えないという。

 そうなると、先般のサイクロプス討伐が大将の最後の仕事という訳か。

 なるほど。それで俺に礼を言いたい、ねぇ。義理堅いことで。


「うむ!! 麺の茹でもスープの味も、全てあやつに叩き込んだ!!」

「ラーメン屋の話じゃねーよ!!」


 イケオジに何やらせる気だ?


「いや、アルストロメリアに来るなら軍事顧問の席だってあるだろうに、何でまたスイーツなんて……。」

「長年の夢だったからのう。志半ばでラーメンの魅力に屈したが」

「屈してラーメン屋やってたのか」

「人生の再出発という訳だ!!」


 ガハハと笑う。既視感があると思ったが、ベリー領のイワヤツデと同じだ。豪快さだけで人生乗り切ってる人種だ。


「これを引き取れと?」


 恨めしげに王子を見る。


「良いジト目であるな。優艶であるぞ」

「うん、ありがと……。」

「それでいて照れる姿は欣慕(こんぼ)に値する――どうだ? 余の寝室に来ないか?」

「そんな、僕なんて」


 やべ、僕とか言っちゃったよ。


「王子よ。こやつは我が娘の嫁。無闇に口説かれては敵いませんな」


 叔父さんが間にカットを入れてくれる。ちゃっかりケーキをお代わりしていた。


「辺境伯殿にお気に召して頂いたようで何よりだ!!」

「オレの好みに甘さを抑えたな――シャガ将軍よ」

「お前の事などお見通しよ」

「言ってくれる。だが、悪くは無いぞ」


 唯一の味方がケーキに釣られた。

 質量を右隣に感じて振り向くと、いつの間にか王子が横から覗き込んでいた。だから瞬間移動するなよ。


「悪いようにはせぬぞ。寝具の上では暴君な母上と違い、余は優しく可愛がるからの」

「あの、困ります」


 ていうか近い近い。この王子、普段は全身タイツでキテレツなのに、ちゃんとすると美貌が際立つんだもん。貴族でありながら野生味の抜けないワイルドとはまた違った麗しさが、宝玉のように内面から輝いていやがる。


「――ひゃう!!」


 変な声が出た。

 王子の指が、俺の太ももの上で円を描く。

 無遠慮でありながら、言うだけあって指先の感触は丁寧だ。


「ほうれ、どうした? 形がわかるほどに起隆しおってきたぞ?」


 うぅ……意地の悪い。

 耳元で囁かれるまでも無い。

 何で反応しちゃってるんだよ、自分。

 最近、こんな目に合いすぎだ。神は俺に、何の業を背負わせたもうか。

 ブルー叔父さんは駄目だ。次のモンブランに手を出してやがる。執事達は……目線を逸らしやがった。

 くそ。このまま王子の手籠にされてしまうのか。


「その気になってきおったな。余にもっと触れて欲しければ懇願するが良い。()うが良い。さすれば、望む功徳が与えられるやもしれんぞ」


 この期に及んで焦らしに来やがった。

 唇が乾く。

 舌なめずりしそうになるのを堪えた。


「憮然とするな。こちらは欲望に醇正(じゅんせい)ではないか。期待にびくんびくんと反応しておる。生意気にも可愛らしいヤツめ」


 彼の指先が、いよいよそこに触れようとした時だ。

 扉の方で、「シャ」という金属の擦れる音がした。

 すぐに「カチャン」と何かが噛み合う音色に変わった。一瞬の事だ。

 俺は体をコマのように旋回させ、テーブルから距離を取った。

 体が先に動いたのだ。思考が冷水を浴びたように冷めたと知ったのは、時間が経ってからだ。

 王子は、俺ではなく音の方を向いていた。

 飾り気のないサロンの入り口だ。

 そこには、シャガ将軍をも凌ぐ異様な姿が佇んでいた。


「お戯はそこまでになさいませ――お兄様」


 三角巾と割烹着スタイルでオカモチを持った――アザレア王国第一王女、ツバキ殿下である。

 いや何でまたマストアイテムみたいにオカモチ持ち歩ってんだよ。

 待って、俺、そのオカモチに助けられたの?


「何の真似だ? ツバキ」


 涼しい顔なのに、今一歩で邪魔された苛立ちが語気を強めた。

 第一王子と第一王女。派閥の代表戦がこんな所で実現したもうか……俺のちんちんを撫でる撫でないで?


「いや本当、何の真似なの、愚妹?」

「ご覧の通りですわ」


 見て分からないから聞いてるんだと思うぞ?


「ワタクシ、出前を少々嗜んでおりますの」


 特殊技能みたいに言うなよ。


「デリバリーなどに用は無い。早々に食堂へ帰るが良い」

「それでは伸びてしまいますわ?」


 ツカツカとヒールの高い足で歩み寄ると、重々しくテーブルにオカモチを置いた。「シャ」と先ほども聞いた蓋を持ち上げる音と共に、香ばしい匂いが漂った。

 おお、と心の中で唸った。

 まさか――塩ラーメン。


「お兄様を思って、麺の一本一本まで丹精を込め茹でましたのよ? 召し上がってくださいな」


 ごとん、と(どんぶり)が硬い音を立てる。

 出来立てほやほやに一切の抜かり無し。立派な湯気を立ち上らせていた。


「余の短命でも願ったか」

「ふふふ、ご冗談ばかり。さぁ、ふーふーして差し上げますので」

「おい、お前たち。何を惚けている。毒味はお前らの領分であろう」


 王子に睨まれた執事たちだが、にこやかに頷き返した。


「毒味は、王族の皆様が口にする前に毒の有無を判別するものです。既に致死量と分かっていますので、我々に出る幕はありません」

「詭弁を弄しおって」


 見捨てられるの早いな王子。

 律儀に、(どんぶり)に向き合う。

 メンマとワカメが添えられていた。見た目は完璧である。チャーシューに至っては三枚も並んでやがる。


「もはや、避けられぬのか」


 覚悟を決めた顔で、割り箸を小君良い音で割った。




「そこは潮待ちですね」


 テーブルに突っ伏した王子を横目に、ツバキ王女と向かい合った。

 お膳は下げられ、濃いめの紅茶が淹れられていた。


「王政は声明を出すわよ。耳の早い連中は――例の結婚式ね。スポンサーを請け負った出資者は公国との交易に向けてラインナップを進めてるわ」

「自由交易って訳にはいかないんでしょ。ああ、それで窓口としてどちらが音頭を取るか」

「――左様。我らは拘らぬが支持母体はそうはいかぬであろう」


 むくりと王子が頭を上げる。

 王女が、ちっと舌打ちをした。はしたない。


「お兄様は少しは気に留めなさいませ。ただでさえ現場では進行役を務めていたのだから」

「何のことやら」


 え? あの全身タイツがバレて無いと思ってたの?


「それで何で俺?」

「第三の勢力に台頭されるのを都合悪く受け取る老人どもがいるのだろう」


 王子の呆れた言葉にブルー叔父さんを見た。

 聞こえてるはずだが、フルーツの盛り合わせを頬張るのに夢中だ。やっぱ膝に乗せちゃダメかな、これ。


「余も愚妹も、その第三勢力に押しつけられれば楽なのだがのう」

「待てやこら」


 面倒を押し付けるってはっきり言いやがった。

 まずいぞ。

 ヘリアンサス女王との定期的な逢瀬とか、ただでさえクランは納得していないのに、コイツらに露見したら口実に使われる。

 報告書の中には本件も含んでいたけど、抹消する手しかないか。


「冒険者サツキはヒマワリ公国へ通うらしいわね。都合がよいのではなくて?」


 王女が不機嫌になる。

 うん。もうバレてるね。


「デリケートな話しだから。全員が揃ってなきゃ憶測の原因にもなるから、ご内密に」


 ハンゲショウさんには釘を刺されたし。

 隣で、バキッと鳴った。

 恐る恐る見ると、辺境伯がホークを握り潰していた。


「とっくに憶測は広まっておるな」


 ハハハッと笑う王子がウザかった。


「信じて送り出したはずのサツ坊が……。」


 そして幼女叔父さんの神妙な面持ちが、居た堪れない。

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