386話 新たな原石
とある事情から強引に話を切り、中央都市へ移動した。
あのままでは――パンツの話だけで日が暮れる。最悪、この章がパンツで終わるだろう。あと、正午前には中央都市に入る算段で移動してたのに、パンツで足止めされたくない。
「ふふふ、ガラ美ちゃんを思い出すわねー」
俺の隣のアナベルに、苺さんはご満悦だった。鉱脈でも発見した採掘者のようだ。
辺境伯夫人と同席させるのは躊躇うが、御者台に放り込んで余計な事をされても敵わない……いや、着々と貴族とのコネクション作ってないかコイツ?
当の本人は、
「音の響きから察するに、そのかたも相当苦労をされたのですね……。」
精も根も尽き果てたように、ガラ美に同情していた。
あの後、苺さんがアナベルのパンツを脱がさせ、女性従者のものと極部の出来上がりについて比較解説したのだ。
あれはダメだ。
もうね。こんな顔の子が、こんな風になってるんだって思うようになる。
「はい、ガラ美ちゃんはお母さんが仕上げちゃいましたー」
「……。」
そんな情けない顔でこちらを見るな、復讐者。
「ドクダミ伯爵の所でガーベラさんが言ってた名人だよ」
「え!? まさか私も名人級に仕上げられちゃうの!?」
なんか悪魔の等級みたいな扱いだな。伯爵級みたいな。
「それはアナ美ちゃん次第だわ」
「私に、名人が務まるでしょうか?」
「お母さんにどんと任せなさい!!」
たわわな胸を張る。上下に派手に揺れるのに合わせて、俺とアナベルの目が上下に動いた。
クランが、ムムッと横から苺さんの胸を睨む。大丈夫。揺れなくてもええんやで?
「サツキちゃんの方は、資材の目処が立つのかしらー?」
唐突に振られた。声色が変化した事に、隣で交互に胸を見比べてついには自分のを揉みだした実の娘も気づかない。
苺さんの、にこやかな顔は如才ないが、額面通りに和顔愛語と受け取れなかった。目の光が、どこか食えないんだ。いや待って、クラン何やってんだ?
「そちらの報告書はまとめているけど。端的に言うなら――。」
隣のアナベルを意識して言葉を選択する。
非公開の投資は公正取引に関わる。ここから先はそういう話だ。
「この前のイベント。協賛した商社は皆、各支部を持つ市場大手である一方、パイナスの傘下として一まとまりに勘定できる。連中だって繊維が底上げするならと、恩恵を見越してるはずだ。窓口を一元化できるのはアルストロメリアのオープニングコストとしては有意義だ」
回りくどいわー、と苺さんが眉を寄せる。
それでも目元は笑っていた。このまま進めていいかな。
「原材料の調達は自生の植物の農場化と昆虫系魔物の養育で生産幅を持たせる。品質面で後者には付加価値が付く事からブランドの区別化も見込めるが、問題は流通コストだな」
「あら、森林地帯の開墾の方は問題じゃないのねぇー」
「道なんてものは、俺たちの通った後にできるんだよ」
進路上の木々や岩石はストレージに収納すればいい。開拓地では手軽な資材に転用もできるし。
「ただ、あそこは遠いからな。ひとまず行ったきりの開拓事業と違って、陸続として往復する商人の負担がねぇ」
日数は、そのまま人件費、備消耗品費、食料、護衛費用に直結する。当然、経費は卸値に影響を与えた。
「アザレアの東端なのよね? だったら海路はどうなのよ? ――どう、でしょうか?」
割り込んだアナベルに全員の視線が集まり、語尾を言い直す。
「盲点だった」
「……まさかの……逆転の発想」
斜め向かいのクランと視線が絡み頷きあう。
なるほど。海か。
「って、しっかりしてよSSランク!! 海流が緩やかだから他国とのルートに近海を使うって聞くわ。なら新しい航路ぐらい幾つか模索できると思うから必要に応じて陸路と分散はできるでしょ。いや、そんなキョトンとされても……ああもう、市場最大手にコネクションがあるのに、どうして気づかないのよ!?」
自分達だけならワイバーンがあるからな。空路で一通り賄えるんだ。ヒマワリ公国の往復だって。
「シルクや綿なら防腐加工さえ滞り無ければ、内陸から直線距離で繋げた場合と比較しても日数的優位性は損なわないか」
「え? 直線距離で? え、未開の森林地帯を進むのよね? 地図だってほとんどない魔境を。私の発言だっておおよその国境外苑から推測したものだし」
冒険者講習かな。
地理、経済、武力バランスなど、クエストに関わらない付随教育も行っている。
無教養でそのまま任務にほっぽり出したら、それこそハイエナどもの餌食だ。厄介なのは、そのハイエナが善良な市民の皮を被ってやがる。
俺たちの場合、師匠が居たからな……うわ、地理地形なんて教わってなかったぞ、アイツめ。
「アナ美ちゃん、やるわね。お母さん、ご褒美をあげちゃう!! 期待しててね!!」
「いえ、そのような、恐れ多い。ていうか、普通に怖いです」
ビビってる、ビビってる。
完全に気に入られちゃったな。
「だが、直ぐに出てくるものではないよ。運輸業に詳しいのか?」
「え? ああ、ずっと護衛任務ばかりだったから。行商や臨時パーティの冒険者から入ってくるのよ。情勢からゴシップまで色々と」
気恥ずかしそうに言うが、コイツ、駆け出しにしては高性能だぞ?
採取任務は拘束時間に対し実入が少ないが、それこそ新人向けに用意されたクエストだ。発注元も冒険者ギルドや行政等の団体になる。ダンジョン系は探索にしろ攻略にしろ、高ランクかよほどの馬鹿でも無い限り、げふん、高ランクでも無い限り単独受注は受付で止められる。パーティ必須なカサブランが例外だったんだ。
そして護衛系クエスト。ここには討伐、サバイバル、文字通りの保護対象の護衛が加わり、長期任務が常であった。新米が中堅へ上がる登竜門でもあるが、そればかりを好んで選択する例は、ベテランでもそう見ない。
商社と提携ないし永続契約を果たしたら別だが、ギルドを通した場合、期間を限定したサイクルが雇用側の縛りとして義務付けられる。アザレアで奴隷契約は違法であり固有の任務に商人が拘束する事を奴隷禁止条項に抵触するからだ。
……なのに、整合性が無い。
否定しようのない、この子が持つ矛盾点。理解してやってるなら間抜けな話だ。ま、敢えて触れる必要は無いか。
「今更だがお前、ジョブは何だ? 隠密系かレンジャーの下位互換とは想像するけど」
「竜騎士ですけど?」
「ジョブ特性を全否定してんじゃねーよ!!」
レアスキルじゃねーか。何だったら、俺たちよりもワイバーンライダーに相応しいじゃねーか。
どうしてくれる?
竜騎士系の娘を見かけるたびに、コイツのクロッチの染みと匂いを思い出すぞ?
王城勤務の若い騎士に通されたのは、華美とは程遠い伽藍としたサロンだった。
「やっと来たか。待たせやがって」
濃紺がむしろ眩しいクラシックなドレスのブルー叔父さんが、口の端を歪めて見上げてきた。
今日も可愛らしいな。
コレ、膝の上に乗せちゃダメかな?
「何を見てやがる?」
「遅れたのはベリー家の問題だよ。集まって早々に、やれパンツの匂いだ染みだで盛り上がって」
「……だからアイツを迎えにやるのは反対だったんだ。業務提携の帳尻を合わせるからって」
肩をすくめるしかなかった。
車内で、一応の擦り合わせは済んだ。生地の生産体制で現行工場の職員から派遣を募ってくれる。
「今はクランと手土産を弄りに女子会だよ。それより――ケイトウ殿下にご挨拶を申し上げます」
部屋の奥のソファで気配を消している、珍しく王族の衣装をした第一王子に恭しく礼をした。
「趣向を凝らしたが容易く悟られるか。明晰に磨きが掛かったのう」
「辺境伯が出迎えたんです。使用人ではなく。多少の勘は働きましょうが、まさか囮に使われるとは」
室内には身なりの良い三人の執事が居た。
奥のソファは入り口からの死角だ。そのサイドテーブルにだけ、大輪の花を咲かせた菊が彩っている。
だが、花瓶の花が色褪せた。
王子が愉快そうに微笑んだのだ。
王家揃って残念な連中だが、黙っていれば一服の絵画に成る――魅了しにきた? まさかな。
「並の冒険者なら気づかねぇよ、サツ坊。素直に賞賛を受けるといい」
「では、有り難く頂戴します」
ブルー叔父さんが妙に促すので、再び礼をする。
「よい。面を上げよ」
言われて顔を上げると、王子は別のテーブル席に着いていた。
テーブルにはこれまた上品なミニケーキとティーカップが三人分並んでいた。
「どうした? 早う着け」
呆けていると無表情で席を勧められた。事も無げに言いやがって。妖怪じみた動きは全身タイツのせいじゃ無かった。
無言でブルー叔父さんが向かいに着くので隣に座った。
「賜餐を賜ります?」
いかん、疑問形になった。
「我とお前の中だ。気楽に食え。今日の茶葉は先日視察に訪れた伯爵領の名産でな」
執事がカップにティーポットを傾けてくれる。
記憶に新しい香りがした。
「宏謨の顛末は後ほどゆるりと聞こう。ともあれかくもあれ、鞠躬尽瘁の大義を労わせてくれまいか。ハイビスカス国に引き続いてのヒマワリ公国との親善ならびに巨獣討伐の大規模作戦の指揮提案。加えて北方共和からの防衛と、短期間で十重二十重に功績を上げているのだ。いっそどう国内に公表したもうか頭を抱えておるわ」
「そういえば、どうして俺の名前を総監督で公開しちゃったんです? いや、首を傾げられても。サイクロプス討伐の公開防衛戦だよ!! それで迂闊に動けなくなったんだから」
「そして、迂闊に手を出せない。なんとも、骨に刻む良い牽制ではないか」
「貴族は牽制できたでしょうよ」
個人的に恨みを抱く冒険者は別だ。
例えば、義兄の仇とされたり。
「この身が礼儀知らずの冒険者で恐縮ですが」
「許す。申せ」
「ヒマワリとの締結や親書はここで渡してしまっても? いいや、とっとと引き取ってください」
「今は茶を楽しむ時間であるな」
「屈託を抱えたくねぇっつってんだよ!!」
「余のドクダミ茶が飲めぬと申すか?」
「面倒な絡み方してくんなー」
諦めて、目の前のケーキにフォークを突き立てた。




