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385話 再襲来お母さん

 中央都市から8キロの丘陵に着陸した。

 王家のお墨(ツバキ王女の旗章)付きとはいえ、ワイバーンで王城を構える都市に乗り付けるのは躊躇う。晒し者になるから。鵺に馬車を引かせた時でさえ人だかりができたもん。

 あと、泣いてる所を人に見られたく無かった。


「ひぐ、ひぐ、二人とも意地悪……。」


 もう何が悲しくて、ワイバーンの上で前から後ろから小娘に追い立てられなきゃならんのだ。

 ここぞとばかりに攻めに回ったのがアナベルだった。めっちゃ敏感な所を撫で回された。そこに嫉妬に任せるままクランが背後から攻め回す。

 もうね。頑張ったよ。耐えたよ。せめて仁恕(じんじょ)の精神で以って接してほしい。


「あのサツキが、年下の娘に弄られて腰砕になるなんてね」


 ペロリと自分の人差し指を舐める。おのれ余裕ぶりおって。やはりあの時、手打ちにしておくんだった。


「お前な、俺がどれだけ耐えてたと思ってんだ」

「耐える?」


 アナベルがクランに目をやる。

 彼女は、静かに目を閉じて顔を横に振った。日差しが、惜しむ雪の風花のように煌めいた。


「アナ美ちゃんは……サツキくんの凄さをまだ知らない……。」

「変な名前で呼ばないでください。何ですかその卑猥な呼称。え? 私の事じゃないですよね? せめてベルの方がいいんですけど?」

「それだと……カンパニュラと被るから……不許可」


 なんか、流石に可哀想だ。だが響きはいい。アナ美……穴美か。


「サツキくんが本気になれば……朝まで乾く事が無い……何ら、連日でもチャレンジできる……。」

「何がですか!? え、そんなに凄いの!? 撫でられてベソかいてるようなヤツが?」


 侮られてるな。

 そりゃ、ただサンドイッチになるなら俺もいいよ?

 アナベルとはそういう関係じゃないだろ。俺が反応したのはあくまで背後のクランにだ。うちの可愛い奥様にだ。


「名馬にゃくせがあるものだろ」

「……サツキくんは……時々ウマ並みになる……。」


 そういう意味じゃない。

 それにそっちはスイレンさんの秘薬を使った時な。

 持続と堅牢さ以外にも質量すら底上げ(ブースト)される。クランの小さな作りでよく迎え入れてくれるよな。だが、その検証は後だ。

 ゴロゴロと喉を鳴らすホウセンカを、ひとまず上へ上げる。

 旗章を外したいけど、面倒な手順が要るからなぁ。一通り終えたら絶対に返却してやる。このまま王家の広告車は勘弁だ。

 滞空中も喉を鳴らしていたホウセンカだが、グルリと俺たちの頭上を旋回すると、燃えるような鱗を誇らしげに天高く雲間に吸い込まれて行った。


「仮にも王都だ。警護も目がいい奴を立ててるだろう」

「それでも……通達……と采配には人を介す……から……時間はあります……。」


 瞳の端に涙を滲ませ、耳まで真っ赤にしてチラリチラリとこちらを伺う。


「だからね……サツキくん……。」


 俺じゃなく、こいつの方が限界に来ていたようだ。

 だよな。移動中、張り付いたまま体をずっと擦り付けていたもん。

 彼女にしては珍しいミニスカートの裾を握り、手持ち無沙汰に左右に振る仕草は可愛らしいのに。奥底に潜み隙あらば牙を剥く情念は、決して純真無垢とは相容れない欲望の塊と知れた。


「ね……サツキくん……そこに、いい感じの林があるよ……?」


 完全にスイッチが入っておられる。


「待って、アナ美が見ている」

「だから変な呼び名にしないでよ!! いや、いやいや、私が見てるって何するつもりなの!? さっきまでベソかいてたクセに!!」

「とくと……見るがいい……人のリビドーの到達点を」

「私が見るのが前提になってるけど、ほんと何見せる気なのよ!!」


 だが、クランにはおあずけになる。

 森と隣接する街道から、一台の馬車が姿を見せたのだ。


「…………オーノーずら」


 呆然と近づく馬車を見ながら、小さな唇が妙な訛りを(こぼ)した。都市までの足が出来たのは究竟(くっきょう)なんだけどさ。

 馬車の家紋は、ベリー家を示していた。




 御者は中央都市別邸の使用人だが、中に居たのは予想外の人物だった。

 言葉に詰まり、アナベルのこれからの運命に宙を仰いだ。


「お迎えに来ちゃった、サツキちゃん」

「来ちゃいましたか」


 とうとう来てしまったか、と言いそうになりグッと飲み込んだ。

 何であんたが来ちゃうんだよ。ベリー辺境伯夫人にしてファッションブランド、マドモワゼル・イチゴの創始者――自称みんなのお母さん、苺さん。

 ジギタリスの名士キバナジギタリスと学生時代は同期と聞かされても、見た目からは想像もできない。ツヤツヤで瑞々しいんだよな。

 そして凶悪なぼっきゅんボン。アザレア王妃との四次元殺法コンビに掛かれば、如何なる聖人君子も性の虜に堕ちるだろう。


「……もっと……ゆっくりでも良かったのに……。」

「都市の早期警戒の網に掛かったのよ。セージの近くかしら」

「チェリーセージですか? 内陸ばかり強固にしてどうするんだろ。ドクダミ近辺だって警戒網が敷設されてりゃ運搬経路を洗わずに済んだのに」


 あの途方もない伝票作業よ。

 そもそも都市部近郊まで侵入されたら早期の意味はない。偉い人ほどそれが理解出来ないのは問題では?


「……だからって……迎えに来るなんて……。」

「あらあら、クランちゃんはご機嫌が悪いのかしら? 久しぶりにお母さんのおっぱいを揉むかしら?」

「……おっぱいの話は……もういい」


 ボソボソのコミュ障喋りだが、苛立ちは伝わってくる。拗ねているのか?


「困ったわ? 反抗期だなんて歳でもないでしょ」

「……せめて……二時間くらい遅く出て来てくれれば……。」

「あらー?」


 意図を得たとばかりに、ぽっちゃりした唇がにんまり笑う。

 あぁ、淫蕩を彫り起こしたような赤い花よ。少年時代に初めて性を意識し見惚れた憧れよ。

 初恋が言語の花とは、我ながら難儀ではないか。


「お母さん、急用を思い出しました。また来ます」

「気を利かせたからって置いて行くのはおかしいでしょ!!」


 いそいそと馬車に戻るのを止める。

 王城でやる事が山積みなんだ。せっかくの移動手段を逃せるものか。


「でも、でも、せっかく若い二人がヤル気になってるのに――まさかお母さんにも混ざって欲しいの? サツキちゃんは甘えん坊さんね」

「ちゃうわ!!」


 恐ろしい事言い出したよ。

 俺、この人とブルー叔父さんの営みが切っ掛でアンスリウム別邸を追放されたんだよな。いや、確かにあの時は、ワイルドニキが可愛くて歯止めが効かなかったけど。

 あ、ドクダミダンジョンの古代人の壁画、行けるわ。できるわ。ワイルドニキとそっちを使い合ってたわ。


「そうだわ。この子は誰かしら? お母さんへのお土産かしら? 気が効くいい子たちだわー」


 予定調和のようにアナベルが餌食になった。


「待って、え、待って、私、どこに連れ攫われちゃうんですか!? え、まさかベリー辺境伯夫人!? ストロ様!?」


 自分の手を引く女性をようやく理解したようだ。


「二時間くらい……貸して差し上げます……。」


 クランが合唱をする。

 これも運命か。


「って、そいつはアレだ不審者だ? 俺の命を狙ってた」


 間違えて不審者とか言っちゃった。

 刺客って言いたかった。


「私を変質者みたいに言うな!! クラン様におっぱい捏ねられて硬くしたモノを私のお尻に擦り付けてたくせに!!」

「アレはワイバーンの首の突起だって!!」

「向かい合った時はそうでも、最初の方は貴方だったのではなくて!? さすった時の形状がまんまお尻に当たっていた物と一致したわ!!」

「どういう事? それでは、まるでサツキちゃんがおちんちんを年下の女の子のお尻に擦り付けて固くしていたみたじゃない……?」


 苺さんが引いた。

 何かと性に奔放で、のべつまくなし誰かを調教している苺さんが。


 ……。

 ……。


 俺、このお姑さんとやっていけるのだろうか……?


「俺が悪いっていうんですか?」

「サツキちゃん。それは性犯罪だからちょん切られても文句は言えないわよ?」


 まさかこの人に嗜められるとは。


「ごめんなさい」


 ひとまずアナベルに頭を下げる。ワイ、いい子や。

 だが納得は行かない。コイツ、俺が抵抗できないからって、Sっ気全開で俺のを撫で回してたんだぜ?


「そして貴女」

「は、はい、アナベルと申します。カンボクを拠点に冒険者をしております」

「そう。アナ美ちゃんね」

「だからどうしてベルの方を使ってくれないんですか!?」

「じゃあ、ナベ美ちゃん」

「いよいよ真ん中が来ました!?」

「アナベルちゃんも、気安く人の旦那さんのおちんちんを撫で回しちゃ駄目よ?」

「す、すみません。初めて触れるもので、その、興味あって。それに、義兄の仇があんな風な顔で蕩けてるのが、何だからムラっとして」

「ムラムラしても勝手に触るのはいけませんよ」

「は、はい」

「触るなら、ちゃんと『どこを触って欲しいか』言わせないと」

「どういう事ですか!?」


 いかん、何かの教導が始まった。


「お言葉ですが苺さん。そいつは復讐名目で俺の命を狙った刺客だ。苺さんへ接近を許すわけにはいかない」

「まあ? そうなの?」

「俺は既に攻撃を受けている」


 苺さんが、小首を傾げる。

 瞳の感情が読めない。

 アナベルを値踏みするような顔は、初めて会った時のセンリョウさんを思い出した。


「あの、何か?」


 そりゃ不安にもなるよな。相手は辺境伯夫人だ。


「やるじゃなーい」

「何で褒められたの!?」


 この程度の情報で何をシミュレーションしたもうか。アナベルの力量を計り、苺さんなりの収斂(しゅうれん)に至ったようだ。


「SSランクに躱す事を許さず一発入れるだなんて、見込みがあるわよー?」


 弁解の余地もない。伯爵とのお茶会だからって、油断しすぎだ。


「確かに、あれがパンツではなく刀剣類だったら、俺も唯じゃ済まなかった。誇りたまえ。SSランクに一矢報いたと」

「その話はもういいわよ!!」

「ん? おパンツ?」


 苺さんの瞳から、何かハイライト的なものが消えた。


「どういう、こと?」


 沈んだトーンに誰もが身構えた。

 御者台から降りて馬の世話をする従者が、あからさまに顔を背ける。


「あの、私、何か粗相を働いてしまいましたか……?」


 びびってる、びびってる。

 だが、その警戒心は正しい。駆け出しの娘よ。本能的な機器察知能力は大切にしたまえ。


「我がベリー家に神代(かみよ)の時より伝わりし仕来り(しきたり)に曰く――。」


 珍しく(おごそ)かな声と言い回しだ。


「女性が男性にパンツを被せし時――。」

「ベリー家のご先祖、どうなってんだ?」


 俺以外、皆、言葉を失った。結局パンツの話だからだ。


「それは即ち、あなたに身も心も捧げますという誓いの記し」

「いや、捧げてるのはパンツだけだと思うのだが」


 俺以外、皆、言葉がない。

 御者の使用人なんか、自分が何て所に仕えていたのかと宙を仰いでいる。


「それって……私、この男に(みさお)を捧げなきゃならないって事ですか!?」

「……あの、わたくし如きが差し出がましいのですが」


 使用人が声を挟んだ。身なりは男だが、声は女性だった。男装の麗人ってやつだ。そりゃ苺さんと二人きりになるなら護衛メイドが扮していても不思議じゃない。


「脱ぎたてのパンツを顔に被せてる時点で、相手の事を憎からず想っておいでではないのでしょうか?」

「はあ!? 私が!? 義兄の仇を!?」

「女性の下着の意味をもう一度お考えくださいませ」


 詰め寄るアナベルを、使用人は冷ややかな眼差しで見返した。

 まさか、そんな物を考える日が来るとは思わなかった。


「女性のパンツ。特にこのクロッチの部分は――万物が帰一する場所とお心得ください」


 あや取りのように広げて見せてくる。俺に。


「待って、何で持ってんだよ!?」

「こんな事もあろうかと、事前に脱いでおりました」


 宙を仰ぐ仕草は、覚悟を決めていたのか。


「続けます。この部位こそ女の大事な器官を――それこそ、おはようからおやすみまで優しく包む謂わば発酵窯」

「パン職人に謝れ。あと寝る時も履いてろよ」


 使用人がはっとしてクランを見る。

 白い手が、ぐっとサムズアップする。


「……大丈夫……サツキくんが代わりになるから……頼まずとも、おやすみからおはようまで」

「承知しました、お嬢様」

「え、待ってくださいクラン様、それって一晩中ってことですか!? 一晩中、この男がパンツになるんですか!?」

「……ううん……顔を埋めて……ぺろぺろしてくれるから……パンツ要らず」

「そ、そんな。冒険者サツキ――<パンツ要らず>」


 嫌な二つ名付けるな。


「つまり、朝から女が分泌する汁やら匂いやらを十分に染み込ませた、他人に嗅がれては含羞(がんしゅう)に悶絶させられる部位が、このクロッチを置いてこの世に存在するとお思いですか?」


 むしろこの世の物とは思えねーよ。


「ふふふ、及第点ね」


 そして苺さんは何目線なのだろうか。

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