384話 それは飛竜の背鰭
埒が開かない。やはり本人対決か。
「で、義兄のその嫁ってのは? いや、肝心の姉君はどこに居るんだ? 行動、一緒にいるのか?」
まさか、残りのメイドの誰かじゃないだろうな?
メイド達ではなくハンゲショウさんを見ると、彼は首を横に振った。新人は二人だけ、ね。
「姉に何をしようっていうんですか? 未亡人ですよ? まさか未亡人も好きなんですか? 義兄を手にかけておいて、元人妻に色々と指導されたいんですか? お姉さん好きなんですか? オネショタですか?」
謎の単語と共に警戒されてしまった。そこだけ聞くと非道に過ぎるな。
いやさっきから言ってるだろ。
「姉好きの何がいけないとみうのかね?」
「伯爵は黙っていてください」「ハンゲショウさんはちょっと待て」
隙あれば入ってくるのな。
「それよりお前、第一親等の希望を蔑ろにしてやしないか?」
「そんな事ない!! 姉は!! あの頃の姉は、義兄が戻ったら吊るし切りにしてやると、毎夜毎晩包丁を研いで舌なめずりするくらい帰りを心配していたんだから!!」
「オッパイのお店、根に持ってんじゃねーか!!」
「でもそれって愛してるからこそで!! そんな夫を死に追いやった男を許せるわけないじゃない!!」
「分かる気がする……。」
クラン?
「私も……サツキくんがオッパイを求めて街を徘徊したら……多分、処す」
「俺アンデッドかよ!! ていうかどんなリビングデッドだよ!?」
あと、多分予約入れてから行くから徘徊はしない。
「やはりここは直接会ってみるしかないようですね」
成り行きを見守っていたガーベラさんが動いた。
トラウマを思い起こしたように、蒼白になりながら語り出す。
「サツキさんのお弟子には自供のプロがおられるのですが、その手口が実にえげつない」
「え、えげつない」
メイドが怯む。
冒険者を名乗ったが、自供というキーワードを恐れたのか。駆け出しだな。
「女性の尊厳を蹂躙される事に快楽を覚える狂人。そのように見受けられました」
「そんな、尊厳を蹂躙だなんて!! ……ん? される?」
ガーベラさんは大きく頷いた。その瞳は、ハイビスカスを出る時のセルフインタビューとかやっていた夜の煌めきを写していたろうか。
「彼女は、イワガラミさんは自ら赤いロープで拘束したまま、私を尋問しました」
「状況が想像できません!!」
実際に目撃した者にしか分からないだろう。
「淫らな姿で縛られて、薄手のストッキング越しの股間を晒して、ですがその表情は恍惚として」
「催淫系の精神干渉、ですか」
いい方に受け取るなぁ。アレを。
「いえ、その状態で命乞いをするのです」
「私、処刑されちゃうんですか!?」
やるならとっくにやってる。本気で敵対するなら返り討ちも覚悟の内だ。
「いえ、自供のプロが命乞いをされますのでそこは」
「わ、わけが分かりません!!」
俺も分からない。
「ですよね。分かりませんよね」
しみじみとするな。
「あ、ひょっとしてサツキに対して私の命乞いをして見せるマッチポンプみたいな」
俺もそっちの方が妥当だと思う。だが甘い。
「いえ、プロがご自身の命乞いをされます」
「益々わけが分かりません」
「私たちはその様子を恐れ慄きながら眺めるしか許されません」
「地獄ですね」
「最早プロというより名人芸。まさに自供名人。あの光景を目の前にしては、ある事ない事をゲロッて、早急に解放されたいと願わずにはいられない」
「私、そんな目にあっちゃうんですね……。」
あの夜のエピソードだけで駆け出しの冒険者をここまで意気消沈にさせるとは。ガラ美め。
「そしてクライマックスには、大きく開いた女の子の大切な部分から、こうキラキラと滝のように」
「待ってください!! 私、そんな辱めを受けちゃうんですか!?」
「いえ、自供名人が」
「そっちも名人が!?」
「水芸ですね」
「水芸……。」
「難点は、床に置いた洗面器に納まらない事でしょうか」
「溢れちゃうんだ」
「その量はとどまる事を知らず」
「確かに、途中で止めようとしても止まるもじゃないですが」
「はい基本、止める手段がありませんので」
「私、それを片付けさせられちゃうんだ」
「新人の仕事です。気張って行きましょう」
軽くエールを送って、ガーベラさんは一通り終えた顔でこちらを見る。
うん。俺がやらせてるみたいにするの、やめて。
「サツキ様は随分と、上級者な趣味をお持ちなのね」
ほら見ろ。カトレアさんが誤解する。
「なのに、クラン様のお尻はまだ純潔というのは、段取りを飛ばしてるとしか」
何の段取り?
「奥様。私が最初に受けた責苦は、このようなものでは御座いません」
何でドヤってるの?
「イワガラミ殿は、いいえイワガラミ名人は私への尋問中、常に己を変化させたポーズで縛り変え吊るしておいででした――すべてご自身で」
「まぁ!! そのような事が可能なのですの!?」
こらこら、カトレアさんをこっちの道に引き込むな。
愛する人が人の道を踏み外しそうになり、ハンゲショウさんがハラハラ仕出した。すまんのう。
「肯定です、奥様。事実、目の当たりにしました。やってやれない事はないという事を、かの名人は我々人類に伝えたかったのでしょう」
何気にガラ美が人外にされていた。
「なんて偉大な」
カトレアさんが本気で関心してるの、そろそろ止めた方がいいよね。
ハンゲショウさんが、目頭を抑えてフルフル仕出した。
復讐者を名乗るメイドは、アナベルと言った。
「実に、響きの良いお名前ですね」
ガーベラさんがうんうんと感じ入ったように頷く。
「そうね。先程までクランさんとお話ししていた古代人の壁画に通じる物を感じるわ」
カトレアさんが、割と酷い事を言い出した。悪気はないんだよな。
「……私、そちらの趣味はありませんよ?」
「心配には及びませんわよ? 一度開発されてしまえば、クセになると聞きます」
カトレアさんはどこから聞いてくるのだろうか? 社交会にはハンゲショウさん共々出席を控えているとバーベナさんの情報にあったけど。
「君の仕出かしで、旦那さんの件で直接話す必要があるんだよ。俺に恨みがあるなら、相応の交渉が必要だ。おっと個人的な謝罪と見舞いは期待しないでくれ。当事者の遺族すべてに取り合ってられないから、君の親族だけってわけにはいかないんだよ」
商業ギルドが襲撃に関する損害を公表している。こいつは略奪案件で処理させた。即ち、遺族へ行われる配慮は、行商活動の妨害行為並びに補助に該当する。前例に当たる振る舞いを、市場最大手ギルドたるパイナスは決して許さない。
「事件の後です。姉は、転居しており……。」
「旦那の不始末から中傷に晒されたか」
商人から野盗扱いは、市井の生活安全に関わる大事だ。加害側なら遺族が非難されても不思議じゃない。
「いえ、皆さん同情してくださって。とても良くしてくれたのよ」
「結構な事だ」
逆に人情味に溢れるとは。
そこを利用されたか。本来美徳である気概は、アザレア内部に巣食う反アザレアにとって格好の的だ。連中に人を謀る罪悪感は無い。騙し、奪う。その結果が、一時期のジギタリスだ。
「むしろ皆さんの憤りは大きな波となったわ。おっぱいのお店に抗議文が連盟で届くほどに」
「そっちかよ!!」
いや義兄、地元のお店に通ってたのか。すぐに面が割れるだろ。
「最近、新人枠にたわわ枠ができたそうです」
「それはそれは――だから何でオメーは俺の肩を掴んでるんだってばよ?」
サザンカほどのゴリラパワーが無いので痛覚は感じない。が、膨らませたほっぺは見過ごせないな。
「……サツキくん……行く気でしょ?」
「どこの町かもわかんねーのに!? ――あ、因みに義兄さんは名刺とか残して無かったかな?」
「はぁん!? そんな物とっくに姉さんと燃やしたに決まってるでしょ!!」
なるほど。手がかりは潰えたか。
「了解した。俺も一緒に燃やされたくは無い。もう身代わりのストックも無いしな」
俺の呟きに全員が「?」となる。クランだけが何か照れたようにモジモジする。いや一体はお前の火炎鎌のせいだってば。
「じゃあ何で住居を変えたんだ? 街を出たって事だよな?」
引っ越しでは無く『転居』と言った。
追放などでも隠語として使われる。そこで最初の『中傷に晒されたか』に繋がったけど。
「理由までは聞いていないわ。こちらも貴方に一矢報いる事でいっぱいだったんだから」
「俺を人生の目標にするな」
自分でもどの口がとは思うがね。
冒険者の最終到達点に、魔王討伐が少なからず含まれる。グリーンガーデンも当初の目的に掲げていた。その内、サクラさんから外交手段の一環で抗議が届いても不思議じゃねーな。
何せ、魔王城まで到達した冒険者も居たくらいだ。
「場所だけは聞いているわ――中央都市西区の居住通り。一番街よ」
赤い鱗に日差しを反射し、ホウセンカが急上昇する。
「はわわわわっ」と俺の前にすっぽり収まる形で、冒険者装備のアナベルが情けない悲鳴を上げた。
ホウセンカがパッシブで障壁膜を展開しているお陰で、上昇気流も風圧も無い快適な空の旅のはずだ。もちろん、アナベルのスラリとしたタイツが伸びるミニスカートが、うっかり捲れる事件なんて起こりようも無い。
背にピタリと引っ付くクランをチラ見する。クランの腰から下へ目をやる。生足ミニスカだった。
伯爵邸でのアナベルに対抗したのか。
出来れば、二人きりの時だけにして頂きたいが。
チラリと見る。
眩しいな。
チラリと見る。
瑞々しいな。
チラリと――。
「……サツキくん……見過ぎ」
いかん、つい。
そしてチラリと見る。普段は長裾のローブにマントだから新鮮なんだよ。
「そんなに……続きが欲しいの……?」
声色が怪しく沈んだ。
耳がこそばゆい。
「……サツキくんは……欲しがり屋だものね」
「そんなことは!!」
「ほうら……これを……して欲しかったのでしょう?」
例の白い指が背後から――あぁ、両側から俺の胸に伸びる。
焦らしているのか、それぞれの人差し指が、くるくると滑るように回る。
「何で、そんな遠巻きに」
意識していないのに、おねだりするような言葉が出た。
そして、俺の腕にすっぽり治るアナベルが、異変に気づく。
「何か固い物が当たってるんですけど!? 固いんですけど!!」
「ワイバーンの背鰭じゃないのか?」「ホウセンカの……背鰭……よ?」
「絶対嘘ですよね!? 後ろで何やってるんですか!? あ、ほらまたぴくんてなった!?」
「ふふふ……サツキくん、今日はもっと……アゲル」
「無視しないでください!! セクハラ!! この人たち犯罪者!! ワイバーンに跨った性犯罪者!! ――わわ、落ちる!!」
アナベルが前の方へ逃げようとし、つんのめた。慌てて背の俺に抱きついた。向かい合う形になった。
「ひゃぅ、貴方、なんて顔してるのよ!!」
「み、見ないで」
流石に顔を背ける。
多分、今、蕩けてる。トロ顔を復讐者に見られるのは癪だ。
「ふふふのふー……もっとサービス」
「きゃっ」
悲鳴は俺のものだ。
クランが、事もあろうに左右の生足を絡めてきやがった!! 白く澄んだ足が、俺の足をガッチりホールドする。
「私、何に巻き込まれてるっていうの!? って、だから固いモノをお腹に押し付けてこないでよ!!」
「そんなに伸びねーよ!!」
流石にそこまで密着はしていなかった。
「だってさっきから――あら、ホウセンカちゃんの背鰭だったわ?」
首の背鰭、というより小さい突起の列だ。
「ほら冤罪だ」
「うるさい!! どのみちクラン嬢に生足絡められて正面膨らませてるじゃないのよ!!」
「み、見ないで」
「うわー、何この男。絶世の美少女の顔で涙目赤面とか、相当やばいわよ? うわー」
うるさい黙れ。お願い。もうこれ以上は。




