382話 古代人の遺産
復讐篇の開幕で御座います。
轍もない若草を軋ませ、高官連絡用の馬車が止まる。
御者は金色の鎧のイワヤツデが務めてくれた。その四方を王家親衛隊が騎馬で守るという高待遇ぶりだ。
軍港から南下した平地ならホウセンカ達を下ろせると、馬での移動になった。厳重な護衛は箱の中身のせいだ。装着に立ち会う義務があるという。
馬車から降り立ち、イチハツさんがワイバーンを呼ぶ。その間に、ストレージから取り出した絨毯で背の低い緑野を覆った。
「先に留め具をやる」
同じくストレージから大振りの皮ベルトを出し、絨毯に並べる。馬具の様なコイツも、宝箱の底にあった。要は特注品だ。
草原が一際強い風に靡き、背後で「おおっ」と騎士達の声が上がる。
ホウセンカとスイセンカの影が俺の手元に落ちた
「ハハハッ、見事な飛竜ですな!!」
肩越しに見ると、豪快に笑うイワヤツデにホウセンカが「?」と首を傾げていた。
スイセンカは喉をゴロゴロと鳴らし、イチハツさんに甘えている。
「なるほど、よく懐いている。なかなか出来ることではあるまい。先程の非礼、改めてお詫び致す」
冒険者如きと侮蔑した騎士だ。潔いな。それもダンジョンコアがあっての事だけど。
「お、恐れ入りますわっ」
イチハツさんが礼を返すと、スイセンカも一緒になって首を下げるのが微笑ましい。
「いやはや、ワイバーン公女と呼ぶに相応しい」
「侯爵、の方ですけれどね。この子はスイセンカっていいますの」
「留め具の装備、お手伝いしても?」
「助かりますわ」
動物って凄いな。さっきまでの緊張が氷解した様だ。
「ホウセンカは俺たちだ。キツかったら払ってくれ」
クランと手分けしてベルトを胴体に装備していく。
触れていて感じたが、腐食と劣化防止のエンチャントまでかけてるな。
それで、こちらが本命だ。
親衛隊まで担ぎ出した理由。
絨毯に、畳まれた旗章を出す。
四つ。二組で使えって事だ。花びらの刺繍に深緑の蔦。そして赤い蕾ね。
「一度ホウセンカで調整する。反対側を頼めるか? ホウセンカ、ほら伏せ。伏せ」
翼の邪魔にならない様、胴体に装着した留め具にそれぞれ取り付けていく。
「……どれも……この子たちに合わせたみたいに……絶妙な装着感」
そりゃそうだ。
「寸法さ」
「……おうよ」
「しつこく聞かれたんだよ、執事長やハンゲショウさん達に。思えばあの時点で息が掛かってたんだろうな。結局、採寸までされたし」
「……通りで……シンデレラフィット」
「だよなぁ。合い過ぎだよなぁ――いいように使われてたのは俺の方か」
ベルトや留め具を全然嫌がらないんだもの。
「旗を付けたら、こちらの鍵でロックしたまえ。外す時は、王家または、公爵家、辺境伯家、いずれかの立ち合いが必須になる」
騎士が、宝箱とは別の鍵を渡してきた。安易に脱着させない仕組みか。でも、それを俺たち渡して、何の意味があるのやら。
クランを見た。
小首を傾げられた――いやオメーだよ!!
ホウセンカへの装着を一通り終える。
……王家の宣伝みたいになったな。
「ひとまずホウセンカで上がってくれ。下から確認をして、想定通りならスイセンカの旗もやっちまおう」
クランにテスト飛行を促す。
障壁膜があるから下手な空気抵抗や揚力は無いだろうが、問題は見栄えだ。
下から文様を確認できなきゃ、中央都市の前に討伐されかねない。
この国には、意気揚々と撃墜しようとする奴も居るから。
イチハツさんに書簡を預けオダマキ領へ飛んでもらった。
披露宴から日数が経過している。二次会、三次会、迎え酒も終え、各自散り散りになっている頃だ。
彼女にはその後で開拓団の仮拠点に寄って頂く手筈だ。
スミレさん。いい加減に家に顔を出さないと俺がビオラさんに吊るされる。クランやイチハツさんの様にはできんだろ。
懸念は残るものの、俺達はドクダミ領に入った。
旗の効果は抜群だ。
従来、回避策を講じた関所を、釈明無しで通過できるんだ。
皆が見て見ぬフリをする。そりゃ親衛隊が四人がかりで警護につくわけだ。ツバキ王女、相当無理を通したな。サイクロプス討伐並びに防衛の総指揮に関与すると喧伝できれば、立場上の帳尻はつくのか。
王家の派閥争いなんて、冒険者から縁遠いと思ってたんだがねぇ。
「巻かれるのは短かろうと気分が悪いな」
思わず呟いたら、クランが背中に薄い胸をピッタリと押し付けてきた。
「サツキが嫌だって言うなら、お姉ちゃんは家も国も捨てれるから」
婀娜婀娜しい囁き声に、ぞくりときた。
ドクダミ伯爵本邸の庭園で、カトレアさんとテーブルを挟むクランを見ながら、ハンゲショウさんのお小言を聞いた。
「それは良くない」
含んだ紅茶を吹き出しそうになり、ゆっくり飲み込んでから彼はダメ出しをしてきた。
「等閑視を見逃せないのは、同好の士を慮った上でと心得て頂きたい。お姉ちゃん大好きならまだしも、義母さん大好きになっては看過できないぞ」
「俺、何の説教を受けてるんすか?」
要領を得ない俺に、力みすぎたと咳払いをする。ハンゲショウさんの矜持に触れたのかな。
言葉遣いが以前よりも横柄に聞こえるが、正式な婚姻を終え、伯爵として自覚したものがあるのだろう。
「周回的な訪問となれば疑惑の温床となりかねない。それだけでも危惧されるのに情事に及ぶだなんて。クラン嬢だって納得はされていないのだろう?」
「されないよ。ずっと開発されてた、ゴホン、拗ねていた」
女性陣のテーブルを見る。
あちらはあちらで盛り上がってるな。
「継承者が乏しいのは公国の責任だ。俺だって巻き込まれたくは無かったさ。それでもバーベナ姫の身柄を取られちゃ見過ごせない、と……ムキになった」
「自分でも首肯し難いと?」
「嫌悪はあるんだ。複数の事物間で、彼女たちに共通ないし並行する性質を認めるから。自暴自棄に近いのかもしれない。クランが非難しているのは、俺が己を律すると見せ掛けていると分かるんだろうな」
「後者は理解できるな。なまじ付き合いが長いと、どうもね」
彼も、女性二人のお茶会へ目をやる。
同じパーティでありながら呪詛が原因で疎遠だった俺よりも、彼の方が苦心惨憺を強いられただろう。ましてや実の姉だ。
カトレアさん。ヒマワリへ発つ前に拝見した時より顔色がいい。笑顔が増えたな。
クランはどうだろうか。
ドクダミで再開した彼女。公国を後にした彼女。
どんな顔だったろう。
「そんな……おちんちんが……二つに!?」
彼女の素っ頓狂なボソボソ声に、思わず椅子から転げ落ちた。
何の話だよ!!
「はい、まだ実態は分かりませんけれど、探索が進めばいずれは」
「いずれは……サツキくんのおちんちんも二つに……。」
「俺かよ!?」
本当に何の話だ?
これが貴族の子女のお茶会か? ハイビスカス防衛戦の時の方がまだマシ……いやあの時も酷かったな。俺、正座させられてたもん。
「うちの妻がすまないね」
「いえ、俺の妻こそすまない――俺、増やされちゃうの?」
何か不安になってきた。
「ドクダミ領で管理しているダンジョンだよ。先日の公開式典で冒険者の漸増があってね。長らく放置されていた階層攻略に進捗があったんだ」
「それは羨ましい」
森林迷宮もハイビスカスダンジョンも、しがらみに伴う別の意図が付き纏い、本来の探索やレベリングが出来なかった。カサブランカ以来、とんとご無沙汰だ。
「その最新攻略地点で、彼女達が言う壁画が発見されてね」
「おちんちんが二つ? 古代人の書き間違いや訂正跡ではなく?」
「しっかりと、二つの物が女性に対して役割を果たしているそうだ」
「馬鹿な!! あんな物、増えたからって迎える女性側は一つだろ!?」
思わず立ち上がってしまった。
伯爵の背後に控えるメイド達が、なんかモジモジし出した。
「サツキくん。君は若いな」
「俺が未熟だと?」
さっきから伯爵の後ろで、メイドがモジモジするのが気になるのだが。
「愛する人の全てを欲するのは、特段エゴではないのだよ。我々は自然な流れに任せればいい。それだけだ」
爽やかな笑顔だった。
それより、何かメイド達のモジモジが気になる。
……まさか!! メイドを装った暗殺者か!!
「伯爵、お気をつけて!! 暗器使いだ!!」
ハンゲショウさんを背に庇い、一番手近でモジモジと身をくねらせるメイドの裾を掴む。
メイドの隠し武器といったらここだ。ガラ美にもナイフを忍ばすよう教育している。長袖の裾というのもあるが、それよりもここが一番怪しい――スカートの中。
一気に捲った。
眩い。そう。眩いばかりに白き輝く太ももとパンツが現れた。ホルスターも短剣も杖も無い。若々しい生足だ。
――隠し場所ならもう一つある。
「ならば、そこか!!」
パンツに手を掛けた。瞬間、殺気が俺を射抜いた。
不意に後頭部に差し込まれた気配に、意識が遠のきそうになるのを踏ん張る。
あの時だ。
西の街並みが茜色の境界に沈む時。バーベナさんを伴い分邸を訪れた黄昏時の鬼気だ。
振り返ろうとして躊躇った。
それより、優先すべきはこの右手だ。
メイドは、口元に手をやり涙目で堪えていた。
「……申し訳ない。俺の早とちりだった」
ゆっくり下げる裾を掴んだままの手を、彼女が両手で包み込んだ。
「大丈夫です。突然で驚いただけです。それに――サツキ様だったら私、お尻でも全然、その、大丈夫です!! 大丈夫ですから!!」
安堵する要素が見当たらないな。
「それには……及ばないわ」
遠くのテーブルから、粘っこい視線と共に今度こそ声が掛かる。
「……妻たるもの……どんな癖でも受けて立つ……。」
恐怖は消えていた。
だが、メイドの言うお尻の意味が呑み込めない。
判断に躊躇すると、ハンゲショウさんがフォローを入れてくれる。
「一通り落ち着いたら壁画をご覧になるといいだろう。実物が語る説得力に勝るものは無いさ。しかしながら考古学の価値も高い。無茶だけは避けたまえ」
「流石にダンジョン内では」
言いかけて、彼の言い回しに気づいた。
「無着をするアホが居たのか?」
「壁画が発見されてから、女性冒険者の来訪が急増した。野営でなら粗野な冒険者家業と笑って許せもしよう」
「粗野ですまんね」
「しかしダンジョンの中はね。言うまでもないだろう?」
野外とは違う。魔物の凶暴性はダンジョンと野生種では別物だ。トラップだってある。最悪、やってる最中に他のパーティと出くわすことも。女性冒険者の中にはそれで興奮を高めるという話しもあるが、クランの艶姿を余人に見せたくは無い。俺だけのものだ。
「その考古学的遺産とやらは、最近まで未踏階層だったんだよな? 危険性を承知しておいて、何で制止が効かなくなっちゃうんだか」
「……それだけの……お宝だから」
クランが言葉を引き継いだ。
カトレアさん。またいらん知恵を授けてくれた。
「聞いた限りでは……壁画は古代人の薄い絵巻物……。」
いや、それじゃ壁画じゃなくて癖画じゃん。
だが、過去の遺物と侮り難し。よもや、二人の貴族令嬢が引き付けられようとは。
「話がそれたが公国との関係は実質密会、いや逢瀬なのだろう? 君の隙になるのなら私は反対だよ」
「伯爵が危惧する気持ちは有り難い。しかし――。」
「……サツキくん!!」
クランの慌てた悲鳴が言葉を遮る。
俺の背後に、意外な影が迫った。
完全な油断だ。悠々緩々と振る舞い過ぎたか。
刺客は居た。
この場に潜り込んでいたのだ。
ただ、その標的は俺だった。




