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381話 実りの風

いつもの如く、

前章のエピローグと次章のプロローグが続きます。

 実りの風が青々と伸びた穂を揺らす。

 砦の城壁で、外苑へと一望千里に望む農園を眺めるのを、その部隊長は好んでいた。

 平時であれば兵士、騎士が詰める砦の周辺は安全区域だ。穏やかな気候と治安のもと、近隣の農村が田畑の開墾に勤しんでいる。今年も日差しと良い雨に恵まれた。二ヶ月も経てば田園部は黄金色に輝くはずだ。


「中央からです」


 部下が、軽装の装備を鳴らしつつ石段の降り口から顔を出すのを、部隊長は眉を寄せて見た。二十六歳という若さで指揮官を就任しが、それだけに苦労を重ねているのか皺深かった。


「こんな辺鄙な所に司令書か。今更、労いでもないだろう」


 近寄る部下から筒を受け取る。厄介ごとの気配しかしない。


「食料事情を担う拠点の防衛は重要な任務と分かります」

「誇りに思うのは結構だが」


 元が中央勤務だった部下を、左遷と見る輩も居ただろう。救いなのは本人にその気がない事だ。


「食糧難の時は家族が助けられたんです。そりゃあ都会と違って華やかさには欠けますが、この景色には好意を感じます。守っていく充足があります」

「直向きに成りすぎるなよ――緊急伝令? 旗の識別表なんぞそれこそ今更だが」


 筒から開いたスクロールに、いよいよ顔を顰める。中央司令所(アンスリウムコマンド)の意図が読めない。

 読めなくてもやる事は変わらない。


「見張りと哨戒中以外を招集しろ――。」


 言いかけた時、その見張り台からけたたましく鐘の音が響いた。


『緊急警報!! ポーチュカラ方面南東より接近する飛翔体、二――魔物の急接近を確認!! ワイバーン種の飛来!! 到達まで三分!!』


 物見(ものみ)担当の言葉が終わる前に、伝令の兵士が備え付けの通信管に飛びついた。

 部隊長へ顔を上げると、彼は落ち着きを払い望遠鏡で報告の方角を観測していた。

 円の中に、目的のものをすぐに捕捉する。

 確かにワイバーンだ。討伐戦でも見た事が無い赤色と水色。亜種である。


「隊長!! 砲長から対応の要請です!!」


 通信管からの怒声が、そのまま響いて来そうだった。頑固職人の元での『研修』を必須とするバリスタ隊は、砦でも荒くれ者揃いで有名だった。『研修』を終えると、どういうわけか短気になって帰ってくるのだ。


「攻撃準備は解除だ。全館通達、攻撃はするな。そのまま見送れ!!」


 意外な命令に、伝令の兵士は言葉に詰まった。が、それも一瞬で、すぐさま復唱し通信管に向き直った。

 彼が各所のクレーム対応に追われる時、二つ影が砦の上空をフライパスする。

 通り過ぎる瞬間、片方の騎手と思しき人物と目が合った。

 この時だけ、部隊長は緊張に体をこわばらせた。

 アレが魔物を従わせる魔物の王、魔王と言われても納得できる。

 妖艶というにはあどけなく、清純と讃えるには毒々しい。あんな美しい人間がいるものか。


「旗? 今の、章旗を掲げていましたが?」


 伝令も確認していた。

 無造作に、部隊長は手にした書簡を押し付けた。


「アザレアの花は王家直属だ。新緑の蔦は式典用だが、添えられた蕾こそ――ツバキ王女殿下の紋様だ。喜べ、家族に自慢できるぞ」


 二機のワイバーンの消えた方角を見つめ、それ以上のものを見た事に、若い部隊長は胸をときめかせていた。

 実りの風が運んできた奇妙な恋心であった。



 ――数刻前に戻る。



 受ける野分のような向かい風を、ワイバーンのパッシブな障壁膜で防ぎ、最大速で海上を進んだ。

 眼下で輝く波の煌めきを楽しむ余裕は無かった。

 たおやかな白い指が、背後から俺の胸を撫でます。タンデムでしがみ付くクランだ。

 最初は渦を巻いて。

 時々、愛らしい爪で引っ掻き。

 そして親指と人差し指で摘む。

 女の子みたいな声が漏れそうになるのを、必死に堪えた。

 僚機のように並進する水色のワイバーンの上で、イチハツさんが「わーわー」て言いながら指の隙間からガン見していた。彼女も平常運転だ。

 イチハツさんに関心していたら油断した。


「あんっ」


 やべ、強く抓られて声が出た。


「弱点……?」

「ちゃうわ!!」

「……バーベナ様のお母様にも……こんな風に可愛がられたのかしら?」


 耳元で粘っこいスライムのように囁く。弄う。嘲笑う。


「……憧れていたお姉さんの……お母様の体は……どうだった? 大きなお尻を鷲掴みにして……したいように扱ったのでしょう? あのたわわな汗ばんだ胸は……さぞお餅のようだったのでしょうね……。」


 今朝から機嫌を損ねたと思ったら、ずっとこんな調子だよ。

 それを止めもせず、イチハツさんは食い入るように見ていた。

 その蕩けた顔が、正面を向く。


「土と木の香りがします」


 入り江か。こっちはまだだってのに、敏感だな。

 高度を上げるよう、手を振って指示する。

 どの道、関所(入国審査)に寄るつもりだが、不必要な目撃情報で騒がれたくは無い。ましてや討伐依頼なんて出た日には。

 間も無くして、二機のワイバーンがアザレア領海に進入した。




 ポーチュカラ地方南端の軍港へ、直角に近い角度で降下する。標準防衛の魔法結界の為、こちらの障壁膜は解除した。途端に潮風に髪が巻き上がる。気圧の急激な変化のせいだ。

 桟橋や路面には着陸せず、低空でロープを下ろし数時間ぶりの地面を踏みしめた。

 イチハツさんが視界の隅でよろめいたが、倒れずに踏み留まった。逞しくなっていくなぁ、侯爵令嬢。

 と、こちらもだ。

 両手を広げてクランが降りるのを待ち受けると、彼女は体重を感じさせない立ち振る舞いで、俺の隣に着地した。


「……サツキくん?」

「……。」


 両腕を広げ頭上を仰いだままの俺に、小さく小首を傾げる。


「元気を……分けてもらっているの?」

「分けて欲しいのは精神的損耗への耐性だよ」

「……?」


 気を取り直し、開いた手を頭上に振り、二機のワイバーンを空域から離脱させる。どうせ呼べば秒で来るんだ。海の幸でも漁っていてもらおう。


「サツキ様、クランお嬢様!!」


 上空に消える二つの影を見送る俺たちに、野太い声が掛かる。

 金に輝くフルプレートの騎士は馴染みの顔だった。壮年の男はベリー辺境伯領の騎士団でイワヤツデという。

 待ち構えられていたか。通りで、入国手続きをしろって再三要求されたわけだ。


「親善大使の代行、御大義に御座います!! お二がご夫婦になられて初の共同作業ですな!!」


 声が大きい。大らかな性格は、幼少の頃はむしろ怖く感じていた。今は、人懐っこい笑みが恨めしい。師匠そっくりだ。


「夫婦だなんて……公式な婚姻はこれからです……ねぇ、ア・ナ・タ?」


 昔馴染みと会って気が抜けたのか、クランが頬に手をやりフルフルし出した。

 機嫌が直ってくれて何よりだよ。


「共同作業ならとっくにおっ始めてたy――痛い、蹴るな」

「サツキくん意地悪……嫌い……。」


 そんな俺たちを、「仲が睦まじくて結構ですな!!」と、騎士とイチハツさんが並んで笑っていた。

 そこ、気が合うの?


「それより、ここで待機してたって事は――。」

「預かり物です。まずは司令室へお越しくだされ」


 騎士に促され、砦の中央へ向かう。

 奇異の視線には慣れているが、別種の感情が俺たちを迎えた。


「あの放送の効果なのでしょうね。流石、サツキ様です」


 イチハツさんが謂れのない賛辞をくれる。

 俺、何かしたっけ?

 クランと顔を見合わす。彼女も「?」と首を傾げる。


「そうでした、生放送の時は既にヒマワリでしたわね」

「ああ、アレか。仕掛け人として後片付けは気になっていたけど――待って、俺の事は伏せるシナリオだったはずだけど」


 前面には出ない契約で各所を治めたんだ。見ただけで注目されるような事は……残留組が何かしやがったな?

 答えは、振り向いた騎士のおっちゃんが与えてくれた。


(ぼん)の名前が、クレジットに総監督として大々的に」

「俺まで仕組まれてた!!」


 あの全身タイツめ、謀ったな。王家主導による実を捨ててでも、限定的な機会的損失の対策に俺を使いやがった。


「これ、何かあったら切り離される尻尾じゃないの?」

「ハハハ、まさかそのような事」

「無いって言い切れるのかよ!!」

「言い切れましょうな。それは見て頂ければ分かりましょう」


 イワヤツデ。食えないのは血筋か。彼の甥っ子が俺たちの冒険者の師匠だ。腕利きは確かだが、戦闘では師匠以上と、他ならぬベリー辺境伯のお墨付きだ。

 案内された部屋には、四人の騎士と初老の高官が居た。

 窓際のデスクに着く高官は顰めっ面を隠そうともしない。こちらが本物の基地司令かな。それと騎士たちは中央勤務の腕章だ。ベリー家じゃ無い。

 肝心なのは彼らの中央にある立方体だ。

 葛篭系の宝箱だ。


「ダンジョンの収穫物かな?」


 わざわざ冒険者に見せる理由は、レアアイテムの検品か――最悪、人柱(ひとばしら)だ。


「魔物群の討伐の貢献と、ドクダミ伯爵家のブライダルプランニングに関する褒賞だ」


 基地司令が呆れたという口調で言った。そりゃ冒険者の身に余る栄誉な事で。俺も呆れた。


「おそらくは……因果が逆……。」


 クランに視線が集まった。人の女をそんなに見つめるな、コラ。


「これを貸与する理由に……披露宴の生放送を利用された……そうじゃなきゃ……陛下が信を置く親衛隊を四人も警護に派遣しない……。」

「ロイヤルガード様ですの!?」


 イチハツさんですら声を張り上げた。それを恥じる余裕すら無い。それだけ異例であった。つまりあの宝箱の中身は王家に纏わる物って事だ。

 イワヤツデが選考されたのも、俺やクランと面識があり現役の要職だからだ。

 しかし、王家からの宝箱とは。


 ……まさか、また服が飛び散るんじゃないだろうな。


 反射的に二人の娘を背に庇う。

 セパレートするならオッサンだけでやってくれ。


「王女殿下からの賜り物だ。我々が警護するのは当然だ。本来なら、関係者以外は立ち入らないで欲しいのだが」

「ヒマワリ公国での外遊で重要な役割を果たせたのは彼女達イーリダキアイ侯爵家が居てこそだ。事前締結の協定書には、殿下にもご満足頂けるだろう」


 騎士の言葉に被せていく。イチハツさんに聞かせたく無い言葉だ。もっとも、どちらの殿下にかは、まぁ言えないが。

 ここに来て第一王女派が出張ってきたとなれば、余程ドクダミで白タイツの変態が目立ったか。要はバランスを危ぶんだのだ。だからってイチハツさんが侮辱を受けるのは話が違う。


「冒険者如きがあのお方の気持ちを慮れると言うのか」


 当然あちらもムキになる。

 クランと顔を見合わせた。彼女が頷く。私が出る、と。サツキくんは黙って見ていて、と。オウケイ、任せた。


「冒険者如き……冒険者如き……。あのお方の御心と仰せだが……ならば私も幼少の頃より……兄ともども……王家の覚えもめでたく特別に贔屓して頂いているわ。家こそは第一王子の派閥に席を置くけれど、ツバキ殿下には妹の様に可愛がって頂いてこの前もアンスリウムに滞在した際に行きつけのラーメン屋に姉様自ら私の手を引いて案内して頂いたくらいなの。そのツバキ姉様も冒険者といえどSSランクには敬意を表しておられるのは周知の事実のはず。そして私もこちらの我が夫となる、こほん我が夫となるサツキ共々SSランクを拝命している。冒険者如きとかような場所で冷罵(れいば)を受ける謂れはないわ」


 めっちゃ早口で言うのな。

 あと最後の方、何でなる二回言った?


「……失言であった。お詫びする。イーリダキアイのご令嬢にも、改めて謝罪したい」


 騎士の代表が頭を下げた。

 詫びると言うより、話しを進めるのに折れたな。


「ハハハッ、若い二人の睦まじさには、さしもの親衛隊もかたなしですな!!」


 ほんと声大きいな、イワヤツデのおっちゃん。


「どうでもいいのだがね――さっさと持っていってもらえんか?」


 基地司令からしたら親衛隊もイワヤツデも他所様だ。自分以上の指揮権限は目障りだろう。そこに来て、この宝箱だもんな。

「では」と四人の騎士が宝箱の四隅に立つ。胸に吊るした鎖の先端をそれぞれの側面に、一糸乱れぬ動作で差し込んだ。


「凝った仕組みだな」

「何でも、四箇所同時に解錠せねば、大変な事になるそうですな!!」


 楽しそうに言うなよ。


「爆発でもするのか?」

「王城に御坐します女王殿下の衣服が弾け飛ぶ呪いがかけられているとか。正気とは思えませんな!!」


 だから楽しそうに言うなよ。

そして書き溜めがなくなりました。

次回も更新は一週間後になります。

これからも凍結されないよう、細心の注意を払っていきたいと思います。

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