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380話 身代わりの首

攫われた花嫁篇、最終話。

「宝物庫の番人がそうそう主人を変えるのは問題だろ?」


 話を戻した。

 コイツらのせいで俺の評価は底辺だ。これ以上は、いたたまれない。

 あ、待って、ごめん、半分以上は自分のやらかしだ。


『マスター権限の委譲は、つつがなく』

「だからホイホイ移すなよ!! 宝物庫の防犯はどうすんだよ!!」


 俺が来る前にやりやがったな、この女王!!

 敷延(ふえん)して言えば城で騒ぎになったから俺に押し付けようって算段だ。


「自動防衛攻撃システムは起動済みだから、次の門番を設置するまでの繋ぎはあるのよ? 近隣の森には哨戒向けの狼型ガーディアンも放っているわ」


 聞くからに物騒な物を……。


「だったら最初からそれでいいじゃん」

『そうです。ワタシだってあんな暗い回廊で一人、男とはなんぞや、とか自問自答しなくて済んでたはずです』

「門番めっちゃ精神崩壊しとったわ!!」

『男シャクになってヘルズ・マジしょんですよ、本当にもう』


 思ってた以上にギリギリだったんだな。

 待てよ、まさか大浴場の女神像ってコイツのプロトタイプか?


畢竟(ひっきょう)、ここまで生の感情を表層化するならシステムとして破綻しているの。三体ともサツキ殿が所有しては均衡に欠くから、先の二体の返還を要求するわ」

「一体をリペアパーツ用にと、一体は研究開発用に回したかったけど」

「保守マニュアルは共有するのでそこは一つ」

「素材は?」

「そればかりは、ワタクシでないと」

「結局メーカー預かりになるのか。秘匿事項は了解しているつもりだ」


 理屈は分かるし、こちらは貰う側だから。そもそもが過剰なら今は融通を効かせる番だ。


「返却はここで?」

「すぐに二人きりになるわ。終わったらでいいわよ」


 明日の朝になるかな。


「なら意識があれば、その時に」

「怖いわぁ」


 (おど)けた風に自身の肩抱く女王を無視し、ガーディアンへ向き直る。女神像は座ったまま姿勢を正した。肩に掛かるローブを宝物のように両手で握っていた。

 前触れもなく、質量も色彩も全てが消える。残ったのは、お尻の形に沈んだ革張りのソファの表面だけだ。

 ストレージへの収納に、メイド達から驚嘆の声が――いや気配だけだ。流石に声は出さない。


「もう一つ、サツキ殿でお願いしたい者が居るの。よろしくて?」

「人? まさかあの偽王族じゃないだろうな?」


 言い回しがおかしい。こちらで面倒を見ろと?


「スズナ、ハコベラ、ナズナ。このお方こそ、我が娘の伴侶にして東の帝国に(つら)なる高潔な血のお方よ。身命を賭して仕えなさい」


 メイド三人の顔が強張った。

 絶望に瞳も口も歪み、おかしな汗を浮き立たせる。

 事実上の左遷――いや追放だ。

 何故自分たちが。彼女達の胸は懐疑と屈辱と不安で満ちていただろう。

 昨夜は仕える王族のもと辱めを受け、今その身に余る機密を知らされ、その上でこの扱いか。


「本来なら」


 メイド達の反応に構わず、ヘリアンサス女王が続ける。


「バーベナを公王の娘と認めた時に、師団規模で使用人を付けるべきなのだけれど、サツキ殿も今後のアザレアでの立ち回りと、開拓事業の復帰がおありでしょう。追って増員を派遣するとして、まずは信頼のおける者を側に仕えさせて頂きたいの」


 思わず、本人が了承してるなら、と言い掛けて口をつぐんだ。

 了承する以外の選択肢しか無い彼女らに何らかの采配を預けるのは残酷だ。


「エコノミックアニマルに反した人情とは受け入れられるが……だが業務引き継ぎや故郷での挨拶もあるだろう。バーベナさんが延長滞在したとして、俺が再訪するまで猶予を与えてやって欲しい。公王家とゆくゆくは皇族に仕えるのなら重要な役割とこちらも心得た」


 安堵に似たため息を感じた。メイドではなく女王からだ。


雅量(がりょう)に富んだ御采配がた、感謝します。どうかこの者達ともども、末永く――ワタクシも込みで」

「何で言っちゃうの!?」


 俺を大浴場に放り込んだメイド達だって御前会議の結論まで知らされていない。爺ちゃん達が裸の付き合いとかでやって来るくらいだ。名前の通り王家の人だけであの設備は費用効果的に無しだろう。


「サツキ様……どうしてそこでお姉様が出てくるのでしょうか?」


 俺に言うなよ。


「そりゃ、娘さんと縁組になるなら。お嬢さんを僕にください的な?」

「サツキ殿がワタクシを孕ますのは確定事項」

「だから何で言うの!?」


 アヤメさんが汚物を見るような目になった。

 メイド達は、先程とは違った恐怖に頬をひくつかせた。

 女王だけが照れていた。


「……事情、ちゃんと説明してあげて。理解者は居なくても、せめて協力者が居なきゃ無理だよ。俺の心が折れる」


 女王が「ワタクシの口から言わせたいのね?」と、まんざらでも無い風に吐きやがるのが恨めしい。




 議会の決定を説明され、「おめでとう御座います」とメイド達が祝いの言葉を女王に送る。

 そんな中、アヤメさんがぶつぶつと独り言を漏らし思案に耽っていた。


「つまり……サツキ様と結合すれば間接的にお姉様と結ばれたことになる……と?」


 ならねーよ!!

 だったらクランやバーベナさんとも結ばれた事になっちまう。あとサザンカとワイルドニキにも。


 ……。

 ……。


 あれ? 俺、元パーティメンバー全員に手を出してない?


「それでは、私どもは改めて、陛下の寝室を清めて参ります」

「宜しく頼むわ。それと明日、引き継ぎを終えたら有給休暇の申請を忘れずにね。帰郷の馬車と支度金はこちらで準備するから、受領書だけは経営管理に」

「ご配慮、感謝の言葉もありません。ご健闘くださいますよう、祈願申し上げます」


 感謝の言葉が無い割に、余計な一言はあるんだな……。


「アヤメさんはどうする?」

「混ざった方がいいのでしょうか……?」

「いや帰還の方だって!! 何で誘われたって思っちゃうのよ!?」

「せめて見学だけでも!! 自分のことは自分で慰めますので、せめて特等席で」


 流石、イチハツさんの親族というか、何と言うか。


「そっちはいいけどさ、侯爵家への面子の話しだよ。オダマキ卿やヴィオレット公爵家との共同って建前で連れ出したけど、こちらに滞在しても手厚い待遇は保障されるでしょ? 寧ろ、後ろ盾は大きい」


 はっとして目を瞬き、一度ヘリアンサス女王へ顔を向ける。

 女王が優雅に小首を傾げると、アヤメさんの唇が震えた。


「こちらでは多くのことを学ばせて頂きました。分社に篭っていては思い至らない領域だったかもしれません。体系的世界において稜角な考えとし、受け入れられ無い事もありましょう。ですが、学園に持ち帰り、せめて今の在校生が卒業するまでは、敷衍(ふえん)に勤めたいと――姉妹の契りを」

「あるよそれ!! 今も第一学園でそれっぽい事やってるよ!! 何なら(ハナモモ)だって下級生から言い寄られたし!!」


 実の所、マリーが防波堤になってくれていた。コマツナギさんとアカネさんも人気カップルだ。


「私が言っているのは、現状の曖昧模糊としたものではありません。今の構成要素の真偽が定まらない在り方ではなく、正しく生徒たちを導く為の影の生徒会――そう、ヤリ百合会の設立を提唱いたします」

「ヤリサーみたいに言うな!! どっかの聖母も助走付けて殴りに来ちゃうよ!! 見ているんだからね!?」


 この人、このままアザレアに連れ帰っていいのだろうか?


「期待していますよ、アヤメ」

「必ずやご期待にそえて見せますわ、お姉様」


 まさか、ここから侵食が始まろうとは……。

 レイニー止めという言葉が、何だか特殊な自慰行為にすら思えた夏だった。




 朝。

 腰がふらふらだった。そして、足がふわふわする。

 今日中にアザレアに帰還して、ブルー叔父さんや執事長(オダマキ卿)や白い変態やハンゲショウさんやビオラさんに打診しなくちゃ。


 ……駄目だ、意識が。


 よく考えたら一昨日の夜も色々頑張っちゃったんだよな。

 そこに来て、昨夜から朝にかけての激戦だ。クエストやダンジョン攻略だってメンバーと交代で睡眠をとる。休息大事。

 しかし昨夜は……凄かった。

 ただただ、凄かったとしか言いようがない。蜜も香りも熱帯の食虫植物のようでいて、猫科の猛獣のような獰猛ぶりに終始翻弄された時。不意に女王がゾーンに入った。

 あれが無かったら危うかったな。

 それでも、嵐のようなひと時には変わりない。

 隣を見る。

 今は穏やかな呼吸と、安堵に満ちた寝顔をさらしている。あれだけ婉容(えんよう)に乱れた後なのに、可愛らしい寝顔だな。

 そっと豊満な体に毛布を掛け、ベッドから抜け出す。

 ひとまず、昨夜の大浴場だ。流石に、バーベナさんやクランに合わせる顔がない。

 使用人の人払いが行き届いていたおかげで、入浴を気兼ねなく済ませた。

 早朝までの汗を流して、ラフな部屋着のまま中庭に出る。

 足を止めた。

 何故、迷いもなくこの場所を選んだのか。

 頭に霧がかかった感触に、初めて気づいた。

 白いマントが中央で佇んでいる。

 深く被ったフードの奥で、青藍に澄んだ瞳が、煌々と輝いていた。


「昨夜は……誰と……お楽しみでしたのでしょうね……?」


 果たして、どう説明したものか。

 腰を低くし、対峙する。

 ひとっ風呂浴びたばかりなのに、変な汗が出てきた。


「釈明は、させて貰えるんだろうな?」

「ひとまず……焼いてから」


 俺の鼻先に魔法陣が浮いたと知った瞬間、反射盾のステップを踏んだ。タイミングは合っていたはずだ。体が鉛のようだ。

 足元から熱を感じた。体捌きⅡ、全開。飛び退った後に火柱が立った。


「囮まで使うかよ!! 殺しにきてんぞ!? ――きゃ」


 周囲を五つの小さな魔法陣に囲まれ、思わず女の子みたいな悲鳴が出た、不覚。

 炎の鏃によるオールレンジアタック。ああん、もう!!

 ステップ、かろうじて間に合った。直撃する直前、踊り子スキル仮想盾を展開。防御、成功。これでインターバル解除まで使えない!!


「……鎌柄」


 今、範囲攻撃みたいなの聞こえたぞ!?

 横合いから、水平に研ぎ澄まされた炎が凪いだ。反射盾――駄目だタイミングがズレる!! 回避盾、ステップが間に合わない!!

 ごっ、という重い音を引き連れ火炎の刃が通り過ぎた時。やはり重い音を上げて、首から切り離された頭が、青々とした芝生に沈んだ。


「え……サツキくん……嘘」


 放った本人が術の因果に慄くのはどうかと思う。こっちだって総花(そうばな)的に何でも受け止められると思うなよ。


「身代わりが無かったら即死だった」


 咄嗟にストレージから出した宝物庫の番人一号は、尊い犠牲となったのだ。


「石像……? 良かった……。」

「良くないよ!! これヘリアンサス陛下に返す予定だったんだから!! やべ起動しなくなった。クラン、繋いでパス接続できるか?」


 んんー、と可愛らしく目を顰めて胴体側の切断面を覗き込む。

 直立したままの石像に、つま先立ちになる仕草が幼い子のようで愛らしい。


「私では無理……芸術家にリペアをお願いすれば……修善は可能かも」


 廃棄予定とは仰せだったが、これは釈明の言葉もないな。


「ね……お姉ちゃんも一緒に謝ってあげるから……ごめんなさい、しよ?」

「うん……。」


 二号が健在なら、まだ体面は保たれるか。




「サツくん……お母様とあの後、何があったのか正直に言いなさい!!」

「ぎゃーっ、二号ぉー!!」


 女王に再会する前に、土魔法の餌食になりました。儚ねぇ。


 しかし、これで交渉が難しくなった。

 娘さん同様、仮にも秘所を自分に似せた分身のような存在を攫う形になったんだ。せめて、ブライダル衣装ぐらいは着せてやりたいだろう?

果たして、攫われた花嫁は誰だったのか。


もとは、クライマックスにサツキ、コデマリ、ガジュマル、ランギク、イブキトラノオ(未登場)、ガーベラ、カンナ、レシュノルティア&バイオレットレナ、ケイトウ王子が花嫁衣装を着て総登場する話しでした。

また、クランは老貴族と結婚させられ決別し、スミレ、アザミ、アサガオはサツキとの戦闘で命を落とす、後味の悪いシナリオを予定していました。

ですが、花嫁のちんちん率が100%になった為、軌道修正の憂き目にあったわ。


あと、次回更新は一週間後になります。

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