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379話 ガーディアン

 城の敷地を余す所なく緊急通報が巡り、騎士の甲冑音が喧騒に沸いた。随所に灯りが掲げられ、王城はさながら夏の霜に浮かぶ月下美人のようである。

 夜食用に食堂も緊急オープンした。中庭を含む各所で出店が軒を並べた。オモチャの弓で景品を当てる射的やキンギョ掬いといった遊戯もある。(やぐら)の上で鳴る太鼓のリズムは、過ぎゆく季節を惜しむようだ。

 祭りは、唐突に終わった。


『下手人を捕縛したぞー!!』


 待ってましたとばかりに、打ち上げ花火が夜空に大輪の花を咲かせる。

 見上げる皆が歓声を上げた。

 櫓のドラマーも、キンギョ掬いでオマケを貰った子供も、食堂のシェフも、衛兵や騎士たちも。誰もが胸に去来する切なさを予感していた。

 あぁ、季節は過ぎゆくのだ。

 やがて人々はそれぞれの場所へと帰った。

 城は、眠るように、再びしじまに浸った。




 数刻前。

 真っ先に女王の部屋へ向かった。今後の方針を決定するにしろ、まずはここだ。

 途中、怪物を目撃したのか怯えたメイドに遭遇する。いや怯えた? 何かうっとりしてるけど?


「ハナモモ様……?」


 柱の影から声が掛かった。

 この人も未だにその名前で呼ぶ。自分の言葉に気づいて、左半身だけヒョイっと見せた彼女は、慌てて首を振った。


「深謝します、サツキ様。お急ぎのご様子ですが、これからお姉様、いえ、ヘリアンサス女王陛下の所かしら? でしょうか?」

「色々ブレてるね。ラフに行こう」


 大袈裟に肩を竦めて見せると、アヤメさんは柱の影から全身を現した。

 右手に握る無骨なコンバットナイフが、鈍い輝きを灯に反射していた。


「恐れ入ります。お姉さんっぽい方がいいでしょうか? かしら?」

「ここは第一学園の聖堂じゃない。解き放ってもいいと思うよ」

「意地悪です。ドクダミの時は、少し背伸びをしていました。学園分社勤務が本当の私」

「あの残念な感じが」

「残念……。いえ、それより、あの動く石像は何なのでしょうか?」


 獲物が抜き身って事は、やはり一戦交えたか。

 彼女の身体能力は第一学園で他国のテロリスト共を撃退した折に拝見していた。


「君を振り切ったのか。やるな」

「あんなご立派なモノを見せつけられては」


 瞼を伏せた。唇を屈辱に歪める。他の娘達とは違うのだろう。元殺人鬼だ。


「相手の視線誘導の効果があれば、あの立派なものも納得がいくか」

「サツキ様もやってみます?」

「遠慮しておこう。俺のコイツは、クランだけの――いや色々と唾をつけられてるから不誠実っちゃ不誠実なのだが」

「左様で」


 アヤメさんは意味深に頷くと、修道着のスリットを大きく開け、黒いガーターに包まれた左の脚を惜しげも無く晒した。巻かれている革製のホルスターにコンバットナイフを納める。


「あら?」


 揶揄うように、俺の顔を覗き込んできた。


「サツキ様はこんなのものがお好みなのですね」

「うるさい。いいから行くぞ」

「手分けしましょうか? 次こそは必ずや仕留めてご覧にいれますわよ?」

「仕留めなくていいから」


 彼女を伴って城の奥へ進んだ。

 ヘリアンサス女王の寝室の前に、バーベナさんと5名の騎士が居た。

 こちに気づくと、騎士から会議室で感じた同質の気配が、無遠慮に俺の全身を叩いた。

 彼らの敵意は直ぐに引いた。

 俺がやり返したのでも、バーベナさんが止めたのでもない。

 肩越しに振り向く。

 右斜後ろで従っている修道着の眼光よ。

 ガザニアですらかくやと思う純然なる殺意が、五体の甲冑を睨め付けていた。


「アヤメ様。ご勘弁ください。皆さんも謝罪を」


 今度こそバーベナさんが止めた。

 仕える姫に命じられ、騎士たちが一斉に頭を下げる。こ気味がいい。だが、地面と水平になった顔が無理に感情を押し殺しているのは分かった。


「……私も大人気がなかったです」


 緊張が糸のように、するりと解ける。


「ですが不愉快には変わりありません。お姉様に甘えさせて頂かなくては気が済みませんわ?」


 余計な事を言うな。解けた糸が余計に絡まったぞ? ほら、頭を下げたままの騎士達から、再び異様な気が登り出しちゃったじゃん。

 止めたのは、内側から扉を開けたメイドである。


「サツキ様、アヤメ様。陛下がお待ちしております。お入りください」


 バーベナさんを見る。小さく頷くだけだ。騎士たちが言葉にならない驚嘆を上げる。

 緊急事態に王女を差し置いて、他国の冒険者と修道女が謁見するのだ。


「お早く」


 ナズナさんが、亜鉛華の瞳で騎士たちを牽制しながら促す。大人びた所作であるが、僅か16の娘と聞いて舌を巻いた。

 プラチナブロンドに揺れるショートボブに案内されるまま部屋に踏み入れると、重い音と共に扉が閉まった。

 振り向くとやはり、バーベナさんは居なかった。


「あいつだわ」


 共に入室したアヤメさんが、ソファに座るヴィーナス像を指す。

 肩に羽織るローブは、珍樹なんちゃらで俺が掛けたものだ。頭を彩る一部が透けたパンツは、カサブランカでジュリアンさんから貰った後、俺が履く前にちょっとだけ使用した物だ。


 ……。

 ……。


 くそっ、穢されたか。


「陛下が手引きしたのか?」


 ガーディアンと向かい合いティーカップを傾けるヘリアンサス女王に、わざと苦々しい表情を向ける。

 ちっ、素知らぬ顔かよ。


「一人で出てきたのよ。こんな事は初めてだわ。余程、会いたかったのでしょうね。――スズナ。外の騎士に警戒体制の解除を言いつけて来なさい」


 真珠色の髪のメイドが一例をすると、音もなく廊下へ出て行った。

 女王がカップをソーサーに乗せると、同じように音も気配もなく戻って来た。間も無くして、打ち上げ花火の(とどろき)が響いた。何なんだよ。

 メイドは三人。スズナさん、ハコベラさん、ナズナさんが壁際に無言で控える。室内の人間はそれだけだ。さらに三つの扉があるが、どこまで続くんだろう王族の部屋って。


「解除して良かったの?」

「夜間の人件費は割増手当になるのよ。水道光熱費だって跳ね上がるから」


 無駄にはできないよね。


「それで、勝手に出れるものなのか? 出口は地中に封じられてたけど」

「オートロック式だから出る分には問題ないわ」


 そういうものか……?


「だからって門番の役目を放棄して城内で露出プレイは問題になるだろ。宰相お爺ちゃんにも存在は秘匿してたんだよな」

「技術自体は昼に言った通りでも、宝物庫が関われば例え先代から仕える重臣でも口外はできないわ。息子と義兄弟は別だから」


 気づかれないようアヤメさんを横目で見る。恥ずかしそうにモジモジしていた。

 家から政略結婚に利用され掛け反発したのに、今度は公国の女王と盃を交わしたのか。


「実の娘を遠ざけておいてよく言う」

「王女には王女の役割があるから」

「メイドの役割ってのは?」


 壁際へ顔を上げる。

 三人の顔色は真っ青を通り越して、それこそ石膏のように白かった。最年少のナズナさんなんて、既に涙ぐんでいる。


「……そうね、困ったわ。聞かせてしまうだなんて。困ったわ?」

「酷い主人だな――ガーディアンの単独行動の規範はプログラムじゃないんだよね?」

「本人から聞いてみるといいわ」


 意外な答えに言葉に詰まった。

 メイドに聞かせても問題のない答えが用意されているのは分かる。最高機密に俺がアクセスするのを認めた理由は何だ? 身内ってだけならバーベナさんの方が適任だろう。


「サツキ様?」

「ああ、うん」


 アヤメさんに促され、未だにパンツを被ったままの女神像に向き合う。


 ……。

 ……。


「いや、いつまで被ってんじゃい!?」


 いかん、思わず。絵面的に辛かった。


『は、はいっ、すみません、最初は好奇心だったのですが思いの外フィットして、つい……。」


 女神像は頭からパンツを脱ぐと、丁寧に折りたたんで俺に手渡してきた。


『お返しいたします……。』


 あちゃー。

 メイド達が恐ろしいモノを見る目でドン引きしていた。

 隣に座るアヤメさんが、一メートル距離を開けた。心の距離はもっと広いだろう。


「ええ!? それもサツキ殿のなの!?」


 ヘリアンサス女王も、これには驚愕を隠せない。


『申し訳ありません、脱衣所でマスターの脱ぎたてを発見したら、居ても立っても居られずに。オリジナルの道着を居ても立っても居られずに着用するクローンみたいに、つい、装着してしまいました』


 どこの超人拳法だ?


「誰にだって過ちはあるよ。謝罪は受けよう」


 受け取ってさり気なく懐に仕舞った。


「それより、随分と気になる呼び方をするんだね?」

『ワタシの……マスター』

「君はヒマワリ公王の最高機密のはずだが?」


 メイドが泣き笑いのような複雑な顔になった。

 機密知っちゃうわ、目の前の冒険者は女物のパンツを履いてたわ、女神像は立派な物をそそり立たせてるわで、処理が一杯一杯になったのだろう。


『ワタシを……女の子のように接して下さいました。あんな風に優しくされたの、初めてなんです』

「ちょろいなこの最高機密!!」


 ローブを掛けてやっただけで。


「サツキ様は行く先々で女性をコマしてるんですの?」


 アヤメさんの精神的距離が層一層遠ざかる。


『あんな風に……丁寧に、大切な部分を舐めて感じさせてくださったのは、マスターが初めてです』


 そして、女王以外の全員との心の溝が深まった。


「お、女の子の敵……。」


 そして、ナズナさんが泣き出した。

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