374話 珍樹直漏の門番
ゴーレムと言ったって動く石像なら、陥穽にはめる事も。戦術が豊富な冒険者に引けを取る道理なんて――ステップを踏もうと下肢の重心を傾けた時だ。
美麗な肉体をなぞった隆線が、バレリーノを想わすしなやかな動きで距離を詰めてきた!!
金属を叩く音が室内に反響した。
「何で石像が滑らかな動きをしやがる!?」
咄嗟にストレージから出した鉄の盾がへの字に歪曲したのを見て、無造作に投棄する。徒手空拳が必ずしも蟷螂の斧とは限らないのに、舐めていた。一撃が重い。仮想盾ならとんとんかな。
「関節が組み込まれていない物体に歩行させる技術なのよ? 突き詰めれば人体構造の出来上がりだわ。ね? 分かるでしょ? こんな機敏な動きができるんだから、そりゃあね? あっちの方も……。」
「どっちの方だよ!!」
「おもにピストン系よ。言わせないでよ!!」
「いいから階段まで下がってろ!!」
物理現象を等閑に付すんじゃねーよ。
ほら見ろ。
美丈夫が腰から上を斜めにし腕を振ってくる。破壊のエネルギーを溜めた振り子が、俺の前髪スレスレを通り過ぎた。
ストレージの蛇腹剣に手を伸ばしかけ、ある事に気づいた。
「ゴーレムってのは所謂、動く石像なんだよな?」
「ええ!! とても動いてくれるわ!! 使いべりもしないんだから!!」
俺の確認に、ヘリアンサス女王は何を思ったのか、妙な使用感を語ってきた。
それはいいけどさ。だったらやりようはある。
石像が見事な筋肉を流動させ、再び迫った。
奴の爪先が、目の前の石畳の表面に触れようとした時、その姿は忽然と消えた。消失したのだ。
「なるほど。確かに石像だ」
出しかけた蛇腹剣を仕舞う。
「え? え? どういう事!? ボッシュート?」
「似たようなものだ」
謎の単語に適当に相槌を打つ。
生きた石像なら無理だった。動く石像だからだ。いや生きていても食材のカテゴリだったらオッケーか。
ストレージの間合いに迂闊に入るから。
「ビンゴ大会で提供景品を出して見せたろ?」
「アイテムボックスね。確かにレアアイテムだけど。こちらも玉の収納ぐらいは期待していたわ?」
「正確にはストレージってスキルだ。格納した」
「……ねぇ、言った方がいい?」
上目遣いで聞いてくる。おねだりする子供のようだ。
「女王陛下のご随意に」
膝を折り恭しく礼を取って見せる。
「じゃあ行くわね――サツキ殿!!
今何をしたの!?」
「ストレージに収納だけど?」
「収納!?」
様式美だ。
「それとゴーレムの技術は解析させて頂きたい。破棄が決定してるならこのまま下賜されても?」
「先にも言ったとおり減価償却は済んでいるから。だけれど、総務部で書類は起こしてもらうわ。元は国庫よ。民から吸い上げた血税だもの。ワタクシ達王族や貴族は、民に生かされている事を忘れてはいけないわ」
高潔な心構えなことで。国によっちゃ貴族社会が腐敗し切ってるってのに。
「技術流出上の問題はどうだろうか?」
「ウメカオル国から伝授されたといっても、あちらでは一般的なテクノロジーと伺っているわ。ライセンス契約も特に結んでいないかしら」
「結構だが、都合が良すぎるな」
「託されたものの重要性が問題なのでしょうね。ああ、そう言うこと……それも込みで含みを頂いていたのね」
懇情と思わせておいて、てのは駆け引きだ。だが、それを俺に見せてもいいのか?
おっと、忘れる所だった。
「ほい、これは返しておくぜ」
ストレージの中でなら分離、解体、加工が自由に効く。
女王に、円錐状の物体を手渡した。先端はぷっくり膨れ上がっている。
「どうしてちょんぎっちゃうのよ!?」
ゴーレムの股にあった立派なモノだ。
「いや、俺には不要だし、大事なものかなって。物足りないなんて言ってやるなよ」
俺の言葉に何か思うところがあったのか、しげしげと、手の中の立派なモノを見つめる。
「つまりワタクシは、民にイカされていたというわけですね」
「いい話が台無し!!」
あ、ポーチに仕舞った。持って帰るのね。
「それで、次も視覚聴覚を封じればいいの?」
「流石に連続はキツいから」
何と折り合いを付けてんだ?
「ガーディアンが戦闘継続不能になる事で次の回廊に進めるわ」
「まだあるの?」
「三つの試練を破ると宝物庫への立ち入りが許可される。これぞ珍樹直郎の試練」
「何でその文字を繋げようと思った!?」
思った以上に面倒だな、ここの王家。
「なら速やかに進もう。紛糾の時間すら惜しい」
結果的にストレージ頼りとなった門番戦だ。次はどのような死闘になるのやら。
「珍樹直漏、第二の間。いざ参られい!!」
「字が違ってんぞ!!」
物々しい割に、女王が普通に手で扉を開けていた。
磨かれた円柱が葬列のように並ぶ、同じ作りの空間だった。
灯る燈の先に、門番が居た。
石像タイプのゴーレムだ。
違いは一目で分かる。
立派なモノが二本になっていた。
「何で増やそうと思ったし!?」
「両方同時って凄いのよ? 交互にこう責め立てられるのが」
「宝物庫が温泉街の秘宝館になってんじゃねーか!!」
即ストレージ。
もうね、戦うとか以前だよ。二本あるんだよ? 気になって集中できんわ。
「はい、じゃあ例によって返しておくね」
「これで勝ったつもりにならない事ね」
誰目線だよ?
「次の門番は化け物よ?」
「うわー、会いたくねー」
こんなふざけた試練を作ったヤツの顔が見たいぜ。
「……。」
「どうしたの? おばさんに見惚れちゃったかしら?」
ふざけた事を言い出した。
「まさか次は三本になるんじゃないだろうな?」
「サツキ殿とは思えぬ安直な発想ね」
買い被り過ぎだって。
第三の門番はビーナス像のゴーレムだった。匂うような豊満なボディは、女神の誰かを象ったのかもしれない。
ただ一点を除いては。
「何で生やしちゃったんだよ!!」
「そういう気分だったのよ!!」
一本、今までで一番立派なモノが生えていた。
『……ワタシは……女の子なのに……何故こんなモノが……。』
「見ろ、アイデンティティが崩壊してんじゃねーか!!」
「自己に懐疑になるのも最初だけよ!! この子はこの子で、凄いんだから!!」
「ていうか喋れたの!?」
『……ワタシは……どこから来て……どこへ行くのでしょうか……。』
「教えてやれよ!! 哀れになってきたよ!?」
「どこから来たも何も、ここで組み上げたの、忘れちゃったのかしら」
「認知症かよ!! だからゴーレムが何で喋るんだよ!?」
これ、生物じゃないんだよな?
どこかの商人に、明眸皓歯なんて言われた事があるが、対峙する『彼女』の麗容にこそ相応しい賛辞だ。乳房の膨らみも、腰のくびれも、臀部の膨らみも――ん?
「……。」
「どうしたの? おばさんに見惚れちゃったかしら?」
ドレスの上からじゃ判然としないけどさぁ。
次に、ビーナス像を見る。脳内で重ねる。
……。
……。
この女正気か!? 自分をモデルにした石像に立派なモノ付けやがった!!
「これは流石に収納できないな……。」
「インテリジェンスデバイスは生命と捉えられるのかしら?」
「義母殿の裸体を持ち歩く身にもなってくれ」
「百年河清を待つよりも攻めの姿勢を選んだの――来るわよ、縛りプレイね」
「窮余の一策を講じるぐらいは……駄目だ、アレが気になって仕方がない!!」
10メートルもある距離を、背を低くし迫ってきた。
何で石像があんなに身軽何だよ!!
目前で床に両掌を付き、斧を振り上げるように真っ直ぐに伸びた蹴りを繰り出した。
思考が稲妻のように好奇心に侵された。
ステップを踏む。間に合うか?
振り上げられた踵が、俺の顎の直前で停止した。
踊り子(仮想盾)。
30分のインターバールを要する絶対防御のマジックシールドだ。リスクを差し引いても確認しなくちゃならない事があった。
奴の立派なモノの裏側――確かに、そこには本物と見紛うほど精巧に刻まれたクレバスがあった。
「って、何リアルに作ってんだよ!?」
「仕方がないでしょう。自分の見ながら構築してたら興が乗ったんだから」
「あんたのかよ!!」
やべーなここの王族。
しかしそうか。バーベナさんもあと数年もすればこんな風になるのか。そうか。
「あんまり見ないで欲しいわ?」
「お、おう」
いかん見惚れてたか。
『……ワタシ……男の子に、そんな目で見られるだ……なんて……ぴーががが』
「急にどうした!?」
「サツキ殿がケダモノの視線で局部を観察するから、インテリジェンスデバイスがオーバーロードを起こしたのね。ほら、この子、男の子と接敵するのは初めてだから」
「だったら何か着せてやれよ!!」
いや、それだと裸婦像のアイデンティティが崩壊するのか? うわ、面倒だなぁ。
「今よサツキ・ムーン」
「人をハレーション攻撃する女子みたいに言うな!!」
「弱点はソコよ!! 動きを封じた今がチャンス!!」
「どうしろってんだよ!!」
「……まずは、口で刺激を送ってみる?」
「あんたそれでいいのか!?」
自分のを再現したとか言ってなかったか?
「そこまでいうなら、どれだけ本文に迫ったか、比べてみたらいいじゃない」
「何で逆ギレしてんだよ!!」




