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372話 ブレス

300話越しの伏線回収。

 叫びにも似たツッコミに、ゼンテイカがびくんと反応する。

 生後一日だ。環境の変化に敏感で、バーベナさんが付いていないと不安になる。甘えん坊気質だった。

 ぶるん、と長い首を振ると、(つの)の布地がふわりと舞った。


「いけません、あれでは王女殿下の股を覆った部位が人目に晒されてしまいます!!」


 メイドが小声で叫んだ。何でエッチな風に言った?


「ええい、くそ――何だか知らないが俺は行くぜ!!」


 騎士たちが動くより早く、ロングソードを抜き突撃した。どこかの魁た私塾の賑やかしみたいだ。


「サツキ殿に続けー!!」


 号令と共に討伐隊が前進する。いや帰ってろ!! 続くな!!


「……バーベナ様の秘所を……死守する……。」


 クランが魔法陣を展開する。いやバーベナさんの秘所じゃないから。


「ふぁ!?」


 急に人の波が押し寄せてワイバーンたちが狼狽えた。

 舞った布地が、ゼンテイカの視界を奪う。

 予想外の事態に、オレンジの長い首が風を切った。


「何か仕掛けてくるぞ!! 弓兵、一斉射撃よぉうい!!」

「撃つな!! 下手に刺激して全方位攻撃を放たれたら守りきれんぞ!!」


 うちの子に弓が効くとは思えないが、バーベナさんのパンツは無傷では済まないだろう。愛する人に穴開きパンツを履かせるのは忍びない。


「……彼岸の……通り道……。」


 何エビメラ戦で使った大技出してんだよ!!

 この火炎系光線術、『彼岸の花道』とか『彼岸の畦道』とか、何気にバリエーションが多い。魔力消費の加減で区別するらしいが、素人にはどれも同じに見えた。


「って纏めて葬る気か!?」


 クラン、面倒になったか?


「目撃者さえ……いなければ……王女のパンツも無かった事に……。」


 事象を観測する者が居なければ、その事象は存在しないとかいう、イカれた魔導理論だ。


「……いっそ……全世界の王女のパンツが……無くなれば」

「王女のパンツに何の恨みがあるんだよ!!」


 それはそれで事件だぞ?


「うぉぉ!! 全軍突撃ぃ!!」


 いかん、コイツらの事を忘れていた。


「いざという時は私のパンツを身代わりに!! サツキ様、お早く!!」


 メイドが自分の裾を捲る。年相応の清楚系だ。くそ、もうそれしかないのか!?


「ふぁ、ふぁ……。」


 と布地が鼻先にズレたゼンテイカが不吉な呼吸を綴る。

 待て。まさか、それは。


 いつだったか、琥珀色のグラスを傾けながら、あの子と語った。

 たわいない話だったけど、せせらぎのような尊い時間だった。

 えーと、何だっけ? 夜に肉ジャガだと、次の朝も肉ジャガだっけ? いや、そっちじゃなく――。


「くちゅん!!」


 クシャミと同時に、鼻からブレスが迸った。

 図らずとも勢いのついたゼンテイカの鼻ブレスは、威力を収束したまま、遠くに見える王城の塔を掠め、その美しい屋根をこんがり焦がしたという。


「って、あのマリーとのイチャイチャ、伏線だったのかよ!?」


 まさか本当に鼻からブレスが出るとは、流石に思わなんだ。

 呆然とする討伐隊と共に、申し訳なさそうに五百枝(いおえ)を払い去っていく厄災級を見送った。

 誰一人。

 動く影は無かった。

 言葉も無かった。

 皆んな、呆れていた。

 いや、普通に帰してくれるんかーい。

 しかしコレ、追放だけじゃ済まないよなぁ……。




 バーベナさんを含む四人。執務室で正座をさせられていた。

 ヘリアンサス女王陛下も流石に苦笑いだ。


「事情は分かりました。いえ、よく分かりませんが」


 自分を納得させようと必死だな、女王。


「でも念のため。念のため整理したいので、もう一度、言ってもらえるかしら? ね? 整理は必要よね?」


 女王が、遠回しに気を遣ってる。


「申し上げた通り、全くもって忸怩(じくじ)たるものだぜ。頑張りすぎはよく無いってな、アレゴリーを残す所存だよ」

「私が、森の中でサツくんを誘惑したばかりに、こんな事になるなん……蒸れに蒸れたお尻を後ろからエグい抉られかたしただけで、あんな声が出てしまって」

「もはや女性冒険者の……パンツは燃えるもの……その定めからは逃れられない……。」

「何卒、何卒寛大な御心で以てワイバーン達の処罰は軽減して頂きたくお願い申し上げます。その責はわたくし共に、いいえ、わたくしにお枷ください。必ずやご期待に添えて見せましょう」(はぁはぁ)


 女王様が一言。


「……困ったわぁ」


 何だか同情を禁じ得ないぜ。


「そうね。なら時間軸に並べてみるというのはどうかしら?」


 小さい子をあやす様に言ってきた。

 ひとまず、昨日のビンゴ大会の後からの出来事を事細かく語った。




「どうしましょう。ここまで性にだらしのない子達だったなんて」


 女王が青ざめた。


「ワタクシがアヤメをプティスールにしている間に、その様なサバトが行われていたとは」


 アヤメさん、何にさせられたんだ?


「ましてや同じ王家の者が、そのように森の中でケモノの如く混じり合うだなんて……。」


 急に来たな言葉責め。

 アザレア王族ならもっと恥ずかしい事をしてそうだが、黙秘しよう。


「お言葉ですが、陛下。いいえ、お母様。クエストで長期間野営を余儀なくされる女性冒険者には普通の事と、こちらのSSランクのクラン様も仰っております」

「……私は……行為自体は未経験……。」

「お言葉ですがお母様。秒で裏切られてしまいました。え? 私がおかしい? クラン様の艶麗にも乱れる姿を思い出して欲しくなっちゃった、私がおかしいの?」

「バーベナ様!! そのお気持ち、同志として理解致します!! そんな風にされたら絶対にいいに決まってます!! わたくしも初めてはそうしたいと願っております!!」

「初めてくらい、普通にしてあげなさい?」


 何故か俺が女王から怒られた。

 しかし、普通に、か。

 イチハツさん、普通で満足してくれるのだろうか? あ、隣からの痛い視線と生暖かい視線が入り乱れて刺さる。


「それに、詰まるところ下着の焼失に関しては貴女の不手際ではなくて? 繰り返しなるけれど、王族たるものがノーパンで(かち)を拾うなど、脚下照顧(きゃっかしょうこ)でパンツの在り方を見つめ直し――え、そんなに良かったの?」

「絵も言えぬ開放感でした」


 おい、そこの親子。

 ヘリアンサス女王の態度がいささか軟化を示すのは、アヤメさんの事が原因だと思ったが。バーベナさんが苺さんに仕える以前より才能を秘めていたとしたら、話は別だ。

 俺に矛先が向いたら、多分、抗えない。あ、クランからの刺す視線が鋭利になった。


「しかし、だからと言って迂闊だわ。危うく家臣の目に触れるところよ?」


 もういっそ見られてもいいのでは?

 顔に出ていたのか、俺の側に控えるナズナさんが小声で「我が王家の女性のパンツには、それほどの意味がございます」と教えてくれた。

 洗濯とか、自分でやってるのかな? いや今まで俺もバーベナさんのは洗ったり脱がせたり、密かに顔に押し付けたりしてたぞ?


「私も……巨大な魔物など戦闘中に……高所に引っ掛けてしまう事など……一度や二度では……ありません」


 クランがフォローに入る。


「って、カサブランカ以外でもやらかしてるじゃねーか!?」

「……あれは……サツキくんが嗅いでくれないから……。」

「な!?」


 驚嘆の響きは正面のヘリアンサス女王と、側に立つナズナさんからだ。

 いかん、俺の趣味だとおもわれたか……いや、今じゃ俺の趣味だけど!! 好きで嗅いでるけど!!


「その様な事を――女が履いた匂いや染みのこびりついた下着を、こんな可愛らしい男の子に嗅がれるだなんて。本当に嗅ぐの?」

「愛する妻のものであるなら」


 ここ重要。誰も彼も嗅ぎたいわけじゃない。


「それはクラン嬢の使用済みでも?」

「クランの物でも」


 今となってはご褒美だ。


「そちらの、イチハツ嬢のものであっても?」

「今はまだ婚姻の言葉も交わしていないが、いずれは」


 五重の塔で得た戦利品は固く封印を施している。


「我が娘バーベナの履き古しであっても?」

「既に、幾度嗅いだことか」


 ドクダミ領領都までの旅ではお互い余所余所しかったが。


「例えワタクシの脱ぎたてであっても?」

「例えワタクシの脱ぎたt、いや何でだよ!!」

「ちっ」


 どういう事だ? 俺が目の前のヘリアンサス女王の脱ぎたてを、だと? もぎたてフレッシュだと?


「へ、陛下、お戯が過ぎます」


 バーベナさんが焦ってる? 凄い形相で母親たる女王を睨んでいた。


「駄目?」


 小声でバーベナさに聞いてくる。


「何卒、お控え頂ければ」


 つーん、と澄ました顔で返していた。


「ふぅ、(たわむれ)が過ぎたようね」


 何か得心がいったという様に頷いた。


「契りの望みも儚く、あぁ、一夜の夢か否かで截然と別れましょう。ワタクシは着いてはいけないわ。ねぇ、サツキ殿?」

「恐れ入る? ん?」


 何で俺も疑問系になった?


「もうっ、不安にさせないでちょうだい、サツくん」


 隣から拗ねた小声が耳朶を過ぎる。またそうやって可愛いかよ。


「私だって、母子同時にだなんて、心の準備が追いつかないわ?」

「追いついたらどうなるってんだよ!?」


 そういうのは苺さんとクランで充分だ。或いは――ブルー叔父さんとワイルドニキ?


「まぁなんだその、機微を知るには遅すぎたんだ。不徳の致すところで、応えられないな」

「それはそれは、ワタクシも力及ばず」


 謙遜を。俺の視線に気づいてるくせに。

 あぁ、何だろう。無性に。


 無性にマリーの事が、懐かしく感じた。

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