368話 通暁
奥へと進んだ。
ふと、花台が目にとまった。
陶磁器の花瓶は質素ながら丁寧な作りで、一目で高級品と分かった。問題はその上だ。
大輪の赤朽葉色や宍色はガザニアだ。
その花弁達の間に、白い封書が差し込まれている。
「これは?」
「飾った時には無かったのですが。警備は万全です、侵入者など」
言ってから口をつぐんだ。
要人の客間で世話をする同僚に、自分の知らない間者がいると言ったのだ。迂闊が過ぎるな。
「いいよ。必要ならクランかバーベナさんに吐かせるさ」
「これ以上、お手を煩わせるわけには参りません」
ふぅん?
まぁいいさ。俺たちに害が無ければね。
「先に拝見する――やっぱり俺宛か」
中身はメッセージカードだった。東方で使われる透かし入りだ。
「この花は?」
「主に、城下町の業者から直納しております。王家御用達です」
つい最近まで、ソレが信用できなかったんだよな。言わないけどさ。
「知り合いが、無事に出産したって報告だ。産後の日立ちもいいらしい」
「それはおめでとう御座います。お見舞いに行かれるのですか?」
「気にする所、そこ? ああ、そうね。うん、割と遠いから」
多分、分かってるだろうけど。
こんな風にボロが出るのは、まだ現場経験が乏しいんだろうな。
「何か?」
「頑張れ」
「?」
いかん、つい励ましてしまった。
短い通路には、居間と寝室への扉がそれぞれ構えていた。その二部屋同士も内部で続いている。俺は、そのまま奥の寝室の出入り口に向かった。嫌な気配はその扉の隙間から漂って居たのだ。
ドアに手を掛け、メイドの視線に気づいた。挨拶も無しに女性の部屋に押し入る無作法を非難されたのだろう。招き入れたのは彼女だが、これは礼儀の問題だ。
「あちらに先手の機会を与えるバカが居るかね?」
「……冒険者様なのですね」
瞼を伏せる。見なかった事にされたか。
だが、俺に続いて寝室へ入った時、中の惨状にメイドの瞳は大きく見開かれた。
「ハコベラ!!」
変わり果てた同僚の名を口にした。王城に勤める使用人にあるまじきだ。
非難はできまい。この有様は酷過ぎる。
クイーンサイズの天蓋付きベッドで、Mの字に足を開脚させられたメイドこそ、彼女のいうハコベラさんなのだろう。
そうか。後ろ手に彼女を縛っているのが我が婚約者のクランと、メイドの股を大きく広げているのがバーベナさんなので、逃げるわけにはいかないか。
イチハツさんは血走った目でその光景をメモしているし。何を記録してるんだ?
「嫌、み、見ないで、サツキ様……。」
熱の籠った吐息のような声と濡れた瞳である。
やべ、ガン見してた。
なんか予想以上にすごい事になってて、むしろ見ない方が損に思えて来たわ。
「サツキさま、後生です」
案内してきたメイドに嗜められた。
うん、だよね。
「それとクラン様。ハコベラはもう仕方がないとして」
見捨てるんかい!!
「スズナは一体どうなさいましたか?」
お付きの使用人は三人居たはずだ。一人、先に旅立ったと言ってたな。
「……素敵だった」
一言告げると、クランはベッドの反対側へ視線を投げた。
靴の脱げた白いタイツの足が僅かに見えた。
「左様で御座いますか。そちらも手遅れで御座いましたか」
見捨てるんかい!!
「で、この狂った宴に俺を呼び寄せてどうしようってんだ?」
「違うの、サツくん!!」
ばっとバーベナさんが身起こした。ちょうどハコベラさんってメイドの片足が持ち上がった。
「ああっ、いけません姫様!! そのように雑に扱われては、わたくし……!!」
やばいな。凄い所まで見えてるし。やばいな。
「ふーっ、ふーっ……。」
そして凄い形相でイチハツさんが記録を取っている。筆が乗ってきたようだ。
「見ないで、こんなわたくしを見ないでぇ」
蕩けた顔で言葉も甘い香りが混じっている。
「綺麗……ハコベラ、綺麗……。」
案内してきたメイドが涙を湛えながら呟く。
「違うのサツくん!! 本当、違うの信じて!!」
何を信じろと?
「力が欲しいかしら?」
窓の外に巨大な白い物体が映っていた。これをどうにかする力なら欲しい。凄く欲しい。
「先ほどは、不覚を取りました……深くだけに」
ベッドの向こうから、倒れていたメイドがのそりと起き上がった。幼い顔立ちの娘だ。あと一言多い。
「ナズナ、無事だったのね。ハコベラは……ひぃぃ!?」
ベッドの惨状に気付き口元を手で覆う。
「私よりいっぱい貰ってる!? ずるい!!」
何でご褒美みたいに言った?
「見ないで、スズナぁ……こんな姿、見ないでぇ」(ハァハァ)
どんどん息が荒くなってくのな。
「凄い……こんな目にあってるのに、あんな風になるだなんて」(ふーっ、ふーっ)
イチハツさん、ヤバいよ?
「危険ですイチハツ様。そのように迂闊に顔を近づけられては」
片足担いでおっ広げさせてる本人が何か言っている。
「……サツキくんが……私以外の子のを……見ている……。」
クランに至っては、何か、別の扉を開き出していた。
「すまないが、嫁以外は帰って欲しい」
もう俺の手に余った。
これ以上は処理しきれない。
「かしら?」
窓の向こうが上体(おそらく首)を傾げる。そうだよ、お前もだよ。
「つまり、ここに残ればわたくしもお嫁さん」
案内してきたメイドまで何かに取り憑かれたようだった。そもそも君は何に対して助けを求めたんだ?
「すまんが未来形は対象外とさせてくれ」
「「そんな!!」」
クランとバーベナさんが一斉に声を上げた。ああ、それだとこの二人とも公式な婚姻関係には至らないんだっけ。
「サツキくん……ここまで来てイチハツちゃんは……お嫁にしないだなんて…… 憐憫の情を禁じ得ない」
「そうです、不誠実ですサツくん。イチハツ様だって、もう心と体の準備は出来ています――ご覧の通り!!」
「きゃ!?」
バーベナさんがイチハツさんのスカートを捲り、短い悲鳴が上がった。
だが、彼女はそれを、顔を染めるだけで抵抗しようとはしない。
眩暈がした。
パンツは当然履いている。ただ、グッチョリになっててピッチリ張り付いて透けて見えていた。
「うわ、凄、イチハツ様、凄い……。」
捲った本人が言ってりゃ世話がない。
「そう言う……バーベナ様……だって……。」
クランがバーベナさん捲る。グッチョリのピッチリだった。語感がレッチリみたいだ。
「あの、実のところ、先程からわたくしも」
案内人のナズナさんが自分で捲って見せる。湯気が出るんじゃないかってほどむわっとしていた。
「では、もういっそみんな嫁ということで」
拘束されておっぴろげ状態のハコベラさんが折衷案のように言ってきた。
バーベナさんの肩に担がれた足首にパンツがぶら下がっている。一馬身リードって所か。
「そんな風にはしたなく濡れ光らせて、先制した気でいてもらっては困るわ?」
バーベナさんがイチハツさんのスカートから手を離さず、さらにハコベラさんの足を持ち上げた。
「サツキくん……品評をどうぞ?」
「俺が何に通暁してると思ってんだ!?」
お前らの期待に満ちた視線は過大評価なんだよ。
「そう……結局……みんな朝まで……されてしまうのね……。」
夜通しって意味じゃねー!!




