360話 披露宴開幕
襲い来る黒づくめさん達が、色々あって全て無力化されました。
「たったの28名でここを制圧しようとは、舐められたものだな」
南米の基地で聞いた事のあるようなブルー様のセリフに、ハッとなり辺りを見ます。
「北方の使節団が居ません。わざと逃しましたね?」
「さてな」
この人はぁ。
私のジト目は気にもせず、小さなドレス姿が祭壇へ進みます。その後ろにストロ様が従います。白い変人の前に出ると、揃って恭しく頭を下げました。
どうやらアレが王子様というのは間違い無いようです。そうですか。女性人気が高かったと記憶していますが、アレがそうですか。
「陛下へのご手配がた並びに方々への根回し、御大義に御座います」
「あやつの敷いた轍というからな。不首尾が僅かなりとも垣間見れれば興も削がれたが、瑕瑾が無いのも存外つまらぬわ」
白タイツがニヤリと笑います。
え、王子様を動かしたのって辺境伯や公爵家じゃなく、サツキさんなんですか?
「お陰で愚息も心を決めました。縁とは分かりませんな」
「その追放劇があってこそ、余もあやつと邂逅を果たした。ツバキの奴もまた」
複雑な感情に美しい唇が歪められます。
気づいた人は居ないでしょう。特に、参列するご婦人は王子様のある一点から目が離せないご様子。
「それこそ不本意だ」
カシス様から離れたワイルド様です。割り込みが許されるのは、そういう仲なのでしょう。
「ここに居るサザンカも含め三人と籍を共にすると聞いた。いやサザンカはいい。お前はいい。いいから座ってろ。問題は最後の一人だ。アイツに国政的な外堀が埋められるか」
「それでこそ余も現場に出た甲斐があるというものよ。王家に貸を作る意味をあやつは何と心得ておるのだろうな」
怖いことを言っている気がします。
サツキさん。帰ってくる時はこっそり来た方がいいですよ。
籠った重々しい振動が頭上から響きました。
参列者が天井の天上画を仰ぎます。ドクダミ伯爵は咄嗟にカトレア様の細い肩を抱き寄せました。ワイルド様が乱れた襟を正し、サザンカ様も髪を整えます。辺境伯も持っていたガラガラを従者に預け、え、それまだ持ってたんですか?
「この鐘の音は……。」
「禍事の報であるな」
私の声を継いだのは意外にも王子様でした。いつまで全身タイツなのでしょう? あとそのさりげない膨らみ、いい加減にして下さい。
「親分!! 各所集音、モニター、オールグリーン!! 出せやすぜ!!」
ヘッドセットを付けた公爵家のネジバナさんが駆け寄ってきます。裏方に居たんですね。騎士の礼服ですが素行は山賊みたい。
『観客の皆はそのままでよい。ええがな、おっとったらええがな』
宥めます。
『これより、ワイルド・ベリーとカシス嬢の結婚式の第二幕を開催する。皆、猶以て一層励まれる事を期待するぞ』
緊急事態をイベントみたいに仕上げるのは、この方のお人柄なのでしょうか。
「では」
とガラガラの代わりにどこから持ち込んだのかランスを受け取ります。
先ほどケープを外したのはこの荒事のためです。領都ギルドの高ランク冒険者は別の会敵予測地点へ移動済みでした。従って領都防衛はここに居る面子に掛かっています。
「待つがよい辺境伯。ええからおとったらええがな」
「サツ坊の予測通りならここが正念場かと?」
「若人の晴れ舞台を奪って何とする」
「行かせてはくれぬのか?」
「うむ。苺殿」
王子がフィンガースナップを鳴らすと、ストロ様が辺境伯の背後から両肩に手を置きました。菩薩のような笑顔です。
「何だったら今から始めてもいいのよ? ブルーちゃん?」
「そ、そ、そうだな、若者に花を持たせるのも先達の勤めだな!! ここで大人しく見守ろうぞ!!」
ブルー様が青ざめます。瑠璃紺の天使様とは言ったものです。
「ふふふ、じゃあお楽しみは、夜に。ね? お母さんハッスルしちゃうわよ」
「お主がハッスルしない夜を我は知らぬ……。」
「今夜子供達がハッスルすると思うと、居ても立っても居られないわぁ」
「わ、我が、抑えておかねばならぬのか……。」
辺境伯の全てを諦め切った顔が痛々しいです。
「ならば若人たちよ。行くがよい。余の前に敵の首級を見事参じて見せよ」
「もはや我らが子供達にしてやれる事は、映像越しの活躍を酒の肴に、盛大に飲み会を開く事ぐらいか。次世代の、新しい時代が訪れてしまったのだな」
「心配だったらお母さんもついて行きましょうか?」
「来ないでください母上。父上が己を生贄にしてまで譲った舞台だ。俺一人で十分だ」
「駄目駄目、半分回しなさいよ」
ワイルド様とサザンカ様が頼もしいです。
「なら、こっちは任せてぇ。カシスちゃんの事はお母さんが責任を持ってほぐしておくからぁ」
ストロ様も頼もしいです。……ん? 頼もしい?
「あ、あの、わたくし初めてなので、お手柔らかにして頂けると」
「本当は?」
「え?」
「本当はどうなのかしらー?」
「本当と言いますと」
「本当は、激しいのが好みじゃないのかしら?」
「そ、そんな、激しいだなんて……。」
何ですかこの嫁姑問題は?
「母上。俺が戻るまで手出しは許しません」
「くぅ、息子は嫁の味方なのね!!」(ぺちん)
これお姑さんとの対立と言っていいのでしょうか?
「行くぞ、サザンカ。母上が何かしでかす前に、片を付ける」
「まぁ大抵の事なら耐えられるでしょ。あたしとサツキのをじっくり観察してたし」
「大抵で済まないから問題なのだ」
「あー……。」
納得した様に苦笑いします。
て言うか、サツキさんとサザンカ様のプレイをカシス様が観察? うん?
「良い。励めよ――こちらも始める。統合情報室よ!!」
ばっ、と全身タイツが手を翳します。
巨大スクリーンが切り替わり、指揮所のような一室になります。背後で士官が行き交う中、若い女性士官が正面に入りました。
いえ、違う。
私と同じ匂いがする。
もしや、この方も――。
『はい、統合情報室ガジュマルです。状況をご説明します』
テーブルの地図が接写されます。近領も含めた地形に、文字と記号、そして魔物を示す駒と騎士を模った駒が配置されていました。
『ご覧の箇所で、複数体規模の大型魔物を確認。種別はサイクロプス。場所により数に差はありますが総数は28体になります』
『うむ。たった28体でこのアザレアの国際的信用を落とそうとは舐められたものだ』
またどこかで聞いた数字ですね。




