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359話 暗殺者

「兄様!!」


 解放されたカシス様が我に帰ります。乱れた口紅の端から垂れる涎が、先ほどまでの攻防の激しさを語っています。愛らしい顔立ちなだけに淫靡です。


『何だこの茶番は!! 一体どうなっているのだ!!』


 北方偽王族の憤りはもっともだと思います。アザレアという国、どうなってるんでしょうね?


『知れたこと。俺とグーズの婚姻こそが本日のメインイベントだったという訳だ』


 高位神官にアイアンクローされたまま語る姿は、子供にはトラウマでしょう。花びらを撒く係のちっちゃい子が涙目になっています。


『謀ったな、アザレア!! これは国際問題として訴えるぞ!!』


『果たして、密謀を巡らせたのはどちらであったろうな』


 全身白タイツが映ります。あまり全身を映しちゃ駄目な人です。こっちも子供に見せちゃ駄目です。まぁそれを言うなら先程の誓いの口付けも見せられませんが。ろくな大人がいませんね、ここ。


『国の臣下たる貴族への、縁談申し入れの時点で調べがついておるわ。北からの訪問者よ』


 あの時。サツキさんが別行動した時に訪れた公爵家騎士団。そして辺境伯が秘密裏に進める令嬢の婚姻。全てこの計略の対抗措置でした。


『愚かしい。実に度し難い。愚行に出たアザレアは後悔する事になるだろう!! これは外交的な暴挙と知れ!!』


 北方偽王族がステージには見えないよう合図を出します。こちらからは丸見えなんですけどね。

 聖堂のあちらこちらで悲鳴が上がりました。

 壁から、備え付けの三人掛け長椅子の下から、柱から、目出し帽を被った黒ずくめが現れたのです。

 サツキさんが訝しんでいました。

 領入りした使節団の馬車と予測集積人員と、実際の数が合わないって。こういう事だったんですね。


「ブルーちゃん、様? お出になられますか?」


 隣に聞いてみる。


「カシスはアイツが手配済みだって言ってな。待て。俺の事をちゃん付けで呼ぼうとしてなかったか?」

「さて、滅相も御座いません」


 危ない危ない。

 でも様子見なんていいんですか? 来賓に危害があったら辺境伯家やひいてはアザレア国の信用に関わりますよ? 見た所、参列者の殆どが王家派閥の様ですし。

 ご婦人の悲鳴が響く。戸惑う紳士。泣き声を上げるお子様。教会騎士の制止する怒声が響きます。

 普通は事前に排斥されていたでしょう。今回は泳がせすぎです。その防波堤は――。

 刃物を振り翳した男たちが次々と倒れます。床に這いつくばり口から泡を吹き出しています。


「あらあら、おねむなのねー。」


 流石ストロ様。余裕だなぁ。


「国外所属の工作員が襲撃中に勝手に眠るわけありますか。ブルーちゃげふんブルー様の仰るサツキさんの仕込みでしょうか?」

「だからちゃん付けで呼ぼうとしてんだろ!?」

「さて、滅相も御座いません」


 まだ駄目か。いつかきっと――耳元に、熱い息を感じた!?


「暗殺は女の嗜みよ?」

「ひゃあ!?」


 思わず飛び退いた。

 瞬間、ワイルド様に擬態したスキルがレジストした。何!? 何が起きたんです!?

 私のすぐ横に、艶やかな女性の顔がありました。気だるげな(まなこ)は睫毛が長く、ふくよかな唇は血のように赤く、それでいて光を珠のように弾いていました。

 私自身が自己に定める性自認は極めてあやふやで安定しません。なのに、このシスターにだけは、言いようの知れない情火が揺らめくのを意識します。


「な、な、何ですか、シスター!?」


 本当にシスターで合ってますよね?

 身じろぐ姿がどうしていちいち扇状的なんでしょう?


「ふふ、こんな所に可愛らしい男の子を発見ぅ」

「近づかないでください!! 私に近づかないで!!」


 防衛本能が全力で逃げろとアラームを上げる。あの時と同じです。正体がバレてイワガラミさんが宙吊りになり迫って来た、あの夜と。


「ご苦労だったな、イーリダキアイの娘よ」

「って、今のシスターがやったんですか!?」


 辺境伯の労い。

 一箇所に少人数ならまだしも、式場のあちらこちらから湧いた敵性国工作員をまとめて無力化するシスターって。呼び名からイチハツさんのご親族のようですが。


「暗殺と仰ってましたね……?」

「そ。今回は毒殺。ああ、手段は秘密だから。どうしても聞きたいのなら、ベッド上でね?」

「結構です」

「じゃあお母さんがベッドにお邪魔しちゃおうかしらぁ、アヤメちゃん」

「許して、あたし壊れちゃうっ!!」


 心底怯えています。

 ストロ様最強って事ですね。


「あっと」


 低い小さな呟きが聞こえたと思ったら、簡単にシスターに引き寄せられました。ええ!? こんな所でしちゃうんですか!? 人の結婚式ですよ!?

 抗議の声を上げる前に、私の背を物体が通り抜けます。


「うちの神官様は容赦無いわね、もう。騎士派ってみんなこうなのかしら」


 べちゃんという、無様な音が後を追う先を見ると、黒ずくめの男が聖堂の壁のレリーフになっていました。

 シスターの視線は反対方向――祭壇側です。

 高位神官が、伯爵とカトレア様を庇うように奮闘されていました。あそこからここまで投げ飛ばしたっていうんですか?

 丸腰のワイルド様はカシス様を庇って……ああ、なんかムラッと来たのかまたチューを始めてます。ねっとりと体を絡めています。その横で、巨大な女神様がしゃがみ込んでわーわーって頬を赤らめてます。

 凄いな。

 あんな場所に襲いに行く黒づくめさん達。度胸ありますね。私だったら近寄りたく無いです。


「じゃあ、あたしももう少しお仕事して来ます。辺境伯、本家にはちゃんとお願いしますよ」

「宜しく言っておこう。何だったらうちの分家の若いやつを紹介するが?」

「あはは、たった今、唯一未婚の適齢期が結婚しちゃったじゃないですか。でなかったら、この子でいいですか?」


 チラリとこちらを見ます。今度は恐怖を感じません。


「無常だが我の管轄外だ。サツ坊が戻ったらおねだりして見ろ」


 外堀から埋めに行くスタイルですか?


「ハナモモ様? だったらハナモモ様がいいで――あ、何でもありません。では」


 何かを感じたのか、シスターは踵を返して正面口へ駆けて行きました。敵性国の増援を防ぎに行ったのでしょう。

 振り向くと、いつも通りのニコニコ顔のストロ様が、穏やかな笑みを浮かべていました。


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