358話 答え合わせ
衆人の見守る中、ベリー家の営みの一端が明かされます。
なるほど。噂に勝るシチュエーションですね。
『辺境伯よ!! 今は大事な話の最中ですぞ!! いいや、カトレア殿を養女にされるとはどういう事か!?』
北方偽王族の疑問に、観衆の大半が頷きます。中には協力者も混ざってます。婚儀で割り込みを入れるとは聞いていても、予想だにしなかったのでしょう。
『先ほどの話の通りだよ、北方からの訪問者よ』
待ちきれなかったストロ様にガラガラを持たされた辺境伯がガラガラを振りながら答えます。
『彼女は既に我が養女に堕ちた』
陥落して養女になったみたいに言わないで下さい。
『娶りたければ我を倒してから口説くのだな』
『ぐぬぬ、おのれ好き勝手を!! 義父さん!!』
『君に義父さんと呼ばれる筋合いは無いわ!!』
むしろ、この方をお父さんとは呼びずらいです。新郎側席のカトレア様もどうしたものかオロオロしています。自分より少女なお父さんですものね。
「絵面的に義妹の方が合ってますよね……。」
私の何気ない呟きに、ストロ様の瞳の奥に怪しげな輝きが灯りました。
「お母さんが妹になるってことね」
「もういっそ清々しいほど属性が壊滅的なのですが……。」
「兄に恋したふしだらな妹……あなた?」
「いいだろう、受けてたとう」
辺境伯家の営みに、私の案が採用されちゃいました。
いえ、義妹みたいとは辺境伯様のつもりで言ったのですが。
『本当に好き勝手だからビビるわ!! いずれにせよ、カトレア殿への婚姻の申し入れに何の障害も無いということだな!!』
辺境伯を倒して、て条件は障害だと思います。
『いいや、貴殿には無理だな』
『やってみなければ分かるまい!!』
いえ既にカトレア様から避けられてるので、やってみる前から結果は明白です。
『ならば、我は宣言しよう』
ガラガラを持つ手を高々に掲げます。カラン、と中の鈴が鳴ります。
『我が娘カトレアを、ドクダミ伯爵家当主ハンゲショウ殿の元へ輿入れさせようぞ!!』
おおっ、と会場が感嘆の唸りで揺れました。
凄い強引な舵きりです。北方偽王族もポカンと口を開けて反応を忘れています。
『アザレア王家立会のもと、婚姻の申し入れを公式に認めよう』
白い全身タイツがスクリーン正面ふんぞり返っています。認めちゃうんだ。いえ、自分が王家の人だって。隠す気無いんですね。
『ば、馬鹿な!! いや、いやいや……馬鹿な!!』
はい私もそう思います。
今まさに、その当事者の婚儀の最中なのですから。
『神前結婚であるぞ!! 女神の御前で永遠を誓ったその舌の根の乾かぬ内に、重婚を宣言する気か!? ましてや甥叔母といえ近親婚など!!』
ていうか、姉弟なんですけどね。そこまでバレてないようです。
ですが、これは北方偽王族の言う通り。女神十六神の御前で誓った契りは絶対です。
って、ああ、そうでした。鍵は私でした。自分が誰なのか忘れそうになっていました。
そして辺境伯のあの言葉。
――いつまでも子供だと思っていたアイツらが、こうも立派になりやがって。
この方にとっては幼少から知る娘同然だったのでしょう。
『誰と誰が誓ったと? 両者よ、前へ出ませい!!』
どこかの私塾のいざ参られいみたいな辺境伯の掛け声に、新郎側席からカトレア様をエスコートするハンゲショウ伯爵は現れます。
『貴公は、まさか!?』
皆がハッとして祭壇前の新郎に集中しました。頃合いと見たのか、彼が祭典用の祭礼帽を脱ぎます。
現れたのは、美しいブロンドの若者でした。
『なっ……!?』
今度は辺境伯の隣に居る私に視線が向けられます。
あ、御免なさい。
私、ワイルド様の偽物です。本物はずっと新郎の姿で永遠の愛を誓っていました。
『これはどういことだ!? 何故に辺境伯嫡子が二人もいる!? え、ほんと何人いるの? これ以上増えるの?』
別に辺境伯嫡子は増殖しない。
こっちに参列してるのは私です。なんかワイルド様の格好をしろってサツキさんに放り込まれたんです。欺いて御免なさい。このまま押し通します。
『妹の婚儀に間に合ってみれば主役に持ち上げられる俺の身にもなれ。相手が違っていたら引き受けなかったぞ』
祭壇前のマイクでネタをバラされました。サツキさんすみません、秒で押し通せませんでした。
花嫁さんがワイルド様の顔を見上げて固まっています。正体は打ち合わせていても、最後の言葉は意外だったのでしょう。
「もういいわ。さっさとブチュっとやっちゃいなさい」
ぞんざいになってきましたね、サザンカ様。口付けは割愛されたんじゃ無いんですか?
言われるまでも無いと新郎が花嫁に向き直ります。顔に掛かる白いベールへ美しい手を伸ばします。
今この時。
世界で最も愛らしい女の子。
会場の誰もが、おお、とため息を漏らします。
あぁ、新郎を、ワイルド様を見上げるカシス様の濡れた瞳よ。
マスカラとは別の輝きが溢れんばかりです。
「……よろしいんですか、兄様?」
「神の前で誓ってしまったからな。お前と知っていなければ断っていたと言っている」
花嫁がつま先立ちになるのと、ワイルド様が顔を寄せるのは同時でした。
二つの美貌が重なり、屋外の鐘の音が盛大に祝福します。
『新たな夫婦の帰趨、しかと見届けたぞ。これにて収斂とみなす!!』
全身白タイツがばっと扇子を広げて高笑いします。いいからそこから降りて下さい。
「ちょっといつまでやってんのよ? あっ!! あんた達舌絡めてるでしょ!? そこまでしろとは言ってないわよ!!」
「人の子らはちょっと目を離すとすぐこれなのだ。いいぞもっとやるのだ」
いつの間にかお戻りになられたヘキダイレン様が祭壇の影からわーわーってご覧になっています。大きいので隠れ切れていません。
大スクリーンには、一つに溶けんとばかりに熱い口付けを、いえ、ベロチューを交わす二人の姿が余す所なく映されます。
カシス様が恥じらいと気持ち良さから身じろぎするのを、ワイルド様が逃すまいと両肩を抱き寄せます。
繋がれた唇同士の中で、どんな攻防が繰り広げられているのでしょう。
ひょっとしたら、このまま最後までやっちゃうのかと思った時です。
「いい加減にしなさいって言ったわよね」
「あだだだだ――。」
サザンカ様がアイアンクローでワイルド様を持ち上げていました。




