357話 白装束
厳かに来賓の祝辞が続く中、北方偽王族の一行がソワソワし出した。一人、お付きが離れます。
隣のベリー辺境伯を見ると、「泳がせておけ」と銀鈴の様なきゅんきゅん来る声で制されてしまいました。
尚、ズイコウレン様は一度姿をお消しになられました。去り際の「急いで配信と記録の準備をするのだ」と不安を誘う言葉を残して。
「オダマキ領の名代が終わります。次ですね」
「ああ、そちらは間に合ったな」
ベリー辺境伯がドレスの肩に掛けたベールを脱ぎます。従者が預かるのと、北方偽王族が動きを見せたのは同時でした。
『続きまして、ヒマワリ公国からお越しいただきました特使様より、お祝いの言葉を頂戴したいと思います。張り切ってどうぞー!!』
北方偽王族が起立しマイクを構えます。
どこから回ってきたのでしょう?
さらに、正面の大型スクリーンに彼の映像がライブで差し込まれました。
『ドクダミ伯爵、クラン辺境伯ご令嬢におかれてはこの度のご成婚、誠にめでたいと存じます――。』
そこから長々と薄っぺらい話が出てくる出てくる。
祝辞はどうした? 最初の一言だけですか。それとも、ここは貴方のステージですか?
「いい加減、止めましょうか?」
「いいや、折角時間を稼いでくれたのだ。好きにさせておけば良い」
辺境伯ぅ。一応、お子さんの結婚式なんですよ?
「先程まで武者震いしていた花嫁がスンってなってるのですが」
「あまり飛ばし過ぎるのもよくないわよー」
ストロ様、そのアドバイスはこの式全般に言って差し上げてください。
『そしてこのよき日に皆様に公表したい事がある。私とドクダミ伯爵家カトレア殿との婚姻についてだ』
「って突然ぶっ込んできましたよ!? さっさと止めないから!!」
「ううむ、よもやここまで常識が通じぬとは」
「飛ばし過ぎはよくないわよー」
流石ベリー家は余裕だなぁ。
完全な婚儀でなくとも女神が降臨した大聖堂で多くの参列者が証人になる公表です。仮に破談にしてもカトレア様に傷物のレッテルが付く。本来なら緻密に外堀を埋める所を強引な。
『その求婚!! 暫し待たれよ!!』
ここでちょっと待ったコール!?
大聖堂の二階席にカッとスポットライトが当たります。
光の円に浮き彫りになったのは、純白の全身タイツでした。
「へ、変質者ですよ!?」
「ううむ、間に合ったか」
「飛ばしていくわよー」
本当、ベリー家はどんな状況でも受け入れちゃうんですね。
『何やつだ!? 神聖なる婚姻の儀を邪魔する不届者よ!!』
北方偽王族が自分の事を棚に上げます。
『皆の者!! 婚儀の最中だが余の話しをちょっと聞け。いいからおっとったらええがな』
席を立とうとする観衆を宥めています。一体何者なのでしょう?
『ええい不審な奴め!! 誰ぞ拘束いたせい!!』
何で貴方が指揮を取るのよ?
『いいや。皆誰もが余の言葉に耳を傾けよ』
全身タイツが張り合い出しました。
『誰ぞ!! 誰ぞー!!』
『誰も!! 誰もー!!』
言い合いは次第にラップの様なリズムを刻みます。
『誰ぞ!! 誰ぞー!! ヘイ!!』
『誰も!! 誰もー!! ヨオ!!』
醜い言い合いです。人の結婚式で何故マイクパフォーマンスをしてるのでしょう?
『ええい、埒があかぬわ、セイ!!』
変質者がどの口で言ってるのでしょう?
一階席が次の彼の奇行にざわつきます。
二階席の欄干に足を掛けると、空中で頭を軸に回転するようにジャンプしたのです。思い切りがいいというか、気が短いというか。
そのまま遠心力を生かし弧を描くと、祭壇に着地します。罰当たりも甚だしい。
『皆の者、頭が高い!! これが目に入らぬか!!』
白タイツがスクロールを開いて見せます。どこに仕舞っていたのでしょう? あ、股周りがスッキリしたように見えます。そこですね。
巨大スクリーンが一瞬だけそこをドアップにし、すぐ手元に開いた巻物に移ります。
ざわつきが、どよめきに変わりました。
貴族や上流階級なら分かるでしょう。
最初に目についたのは、文章の末尾に輝く王印です。勅であると示しています。
『この調印の公開時点を以て、ドクダミ伯爵家カトレアを、ブルー辺境伯の養女と認める!! これは我が父アザレア陛下の言葉と知れ!!』
「「「ハハーッ!!」」」
観衆が頭を下げます。王様まで巻き込んじゃったの?
「って、アレ、ここの王子様なんですか!?」
思わずアレ呼ばわりしちゃいました。
しかし、たった一文に巻物一巻使うとは流石王族。剛気ですね。ほとんど使われないじゃないですか……あ、後ろの方は寄せ書きになってるんですね。「養女おめでとう」とか色々書いてます。あと誰ですか? 養女と幼女を間違えて書いてる人? 「この度の幼女縁組を心より祝福します」て危ない話しになってますよ。ああ、王妃様ですかそうですか。
『ええい、ええい、eei!! 突然割り込んで何を勝手な事を言っておる!!』
本当にこの人は自分を棚上げですね。って、うわ眩しい!!
こちらにスポットライトが向きました。正しくは隣の辺境伯にです。
スクリーンに、マイクを持つ可憐なドレス姿が映ます。私も映っちゃいました。
『ご承認しかと承った。これよりカトレア嬢は我の事をパパと呼ぶがいい。これを以てパパ活とする』
待ってそれなんか駄目な響き。
「あなた、あまり調子に乗ってはいけませんよ?」
ストロ様が嗜めます。流石に見かねたのでしょう。
「しかし、もう息子も娘もパパとは呼んでくれなんだ。この機を逃すわけにいくまい」
「あなた」
「二人とも、あの頃は大きくなったらパパと結婚すると言っておったのに」
待ってそれどっちの意味でですか?
「あなた――そんなにしたいのなら、お母さんも今夜はママ活しちゃいます」
「何だと!?」
「ふふふ、ブルーちゃんはいい子でちゅねぇ?」
「い、嫌じゃ!! もうオシメなどしとうない!! ましてや子供らが結婚した夜になど!!」
「ブルーちゃんはママのオッパイが好きなんでちゅものねぇ?」
「好きだけど!! 確かに好きだけど!!」
「あの、父上。これ映っていますよ?」
巨大スクリーンの中で、左隣に居る礼服の嫡子が申し訳なさそうに宥めていた。




