355話 収穫物
前話の『生涯共にとは即ち永劫を指す。誓いに反するならば、立ち所に新郎新婦いずれかの命に関わるだろう。」の補足。死別については既に条件が満たされているので矛盾しません。しません。
女神様をお祀りする聖堂で、神官になった幼馴染といたしたら、女神様に取り憑かれた。
――怨霊みたいに言わないで。
いつまで居る気?
――同じ事をすれば、ショックで戻るかも?
本当?
――……。
「目を逸らすなや!!」
姿は見えないけどな。と言うより、思念が入ってくる感じ? もっと凄いのを見せろとおかわりを催促してくる。
「サツキ、あんた本当にどうしちゃったの?」
カシスお姉ちゃんが怯えていた。
ごめん、これ以上はまたニキに殺される。
「気にしないでくれ。それで補填の話だったな。広報は各騎士団の練度や、商人の場合は運輸業に注力する。加えて冒険者ギルドにも打診予定だから何も起きずともいいPRになるよ」
「いずれも今更感は拭えんな。婚儀に託けたとて視聴だけで全てを賄えると本気で言っているのかね?」
流石執事長。いやオダマキ卿。そう、それだけで貴族は軍を動かせない。
「なので、計画には担保が必要だった。もしもの時の為に開拓収入実績の6割をベッドする。まぁ開拓団の生計もあるからここが限界なんだけど」
「その収益を我々三家と冒険者ギルドで折半すると言うのかね?」
オダマキ卿は話が早くて助かる。
だが違う。
「ウチも入るわよぉ?」
奥のスツールに腰を下ろす妖艶な影が口を開いた。
体にピッタリ張り付いたシスター服が、濡れた瞳と赤過ぎる唇と相まって艶かしい。
いや、いつから居た?
誰も気づかなかったのか?
「君は……イーリダキアイか?」
僅かにビオラさんが身構える。
その家の名は良く知っている。ウチにも二人ほど居るから。手配したの俺だから。
「ほう? 変人排出量では王国随一と名高い、侯爵家かね」
オダマキさんが何か酷いことを言っている。
え、イチハツさんの家ってそんな風だったの? 確かにネクロマンサーとか奇天烈な親戚は居たけど。
「お褒めに預かり光栄だわ?」
褒めてないと思うよ?
「ハナモモさんとは第一学園以来ね。ごきげんようと言っておくべきかしら?」
アヤメさんが皮肉めいて口の端を上げた。あ、そうか。俺、今はハナモモだった。
「学園では世話になったな、暗殺者。イチハツさん経由での打診だったが貴女だとは。何を企んでいる?」
「後がなくなったのよ」
「背水の陣で忍び込むとはいい度胸だ」
「家からお見合いを組まれちゃったからアンスリウムに居られないのよ。だから実績を手土産に独身の復権を主張しなくちゃ」
「めっちゃ個人的な都合だったよ!!」
「渡りに船よ?」
思わぬ戦力だけどさ。侯爵の名前が前面に出来ないなら、寧ろ扱い辛いわ。
「この調子でスミレも誑かしたのか?」
「それは誤解ですお兄さん」
「断じて君にお兄さんと呼ばれる謂れは無い!!」
何よりだぜ。
「よく分からないのだけれど」
アヤメさんが片足をぷらんぷらんさせながら、しなだれる姿で首を傾げた。何でこのシスターはいちいちエロいんだ?
「ここまでお膳立てして、ハナモモさんが狙う利潤や実益って何なの? 何かあるんでしょ?」
釣り上がった目がキョトンと聞いてくる。世間話をする口調なのに誤魔化せない。苦手だな。
「確かに篤志家ってわけじゃないのは断言する。でも大それた望みでも無いさ」
「秘密かしら?」
「秘密ってほどの価値はないよ。ただ、少しだけ愛する人と平穏に過ごしたいだけさ」
「何よ、矛盾した行動理念ね」
「そうよサツキは矛盾してるのよ」
性格キツいお姉さん二人になじられるのって、何かこう、な?
げふん。ビオラさんの視線が痛い。
「話を戻すが、あ、戻して大丈夫だよね?」
「縋り付くように私を見られても」
いや、ここからはハンゲショウさんの克己心が頼りだ。
「プロモーションの場の為、婚儀は予定の日程で行って頂く」
「だから大々的にしてしまっては!!」
それでいいんだ。それがいいんだ。何もかもをここでひっくり返してやる。
そういう意味では、アヤメさんの合流は心強い。彼女の身体能力はシンニョウレンの部屋から確認済みだ。
「貴方の憤りは有難いと思うよ。なら、最後は帰結すべき場所に着陸すると誓おう」
但し、仔細を聞いてからじゃ、決して逃しはしないけどね。
いつの間にやら、女神の声も聞こえなくなっていた。
朝、やっと別邸へ戻った。クランは先に移動しており、婚儀の準備にクレマチスを呼び戻していた。先手を打って動いてくれるから有難い。
「急な手配変更ですまない、番頭さん」
「いえいえ――。」
目つきのするどい短髪の若者が振り向くと、息を呑んだ。どうした?
「これはまた見事な。別れた時はメイドだったのですが、なんとも艶やかで御座います。傾国とはいったものですなぁ」
「お世辞はいいよ」
「まさか」
……。
……。
うん、ありがと。
「お直しの点についてクラン様から申しつかっております」
「流石わたくしのクランだわ!!」
ドン、とカシス姉がドヤる。
あの場に居合わせたのは実は好都合だった。彼女も計画の要の一石だ。流れで連行した。
「これはこれは、カシスお嬢様にはご機嫌麗しく。クレマチス商会でこの商隊の代表を任されています、サフランと申します。どうぞご贔屓に」
「よきにはからえ」
番頭さん、そんな名前だったのか。
あとカシス姉は何でそんなに上からなの?
「では、早速お合わせをいたしましょう。ささ、こちらへ」
「お、おう?」
状況が飲み込めないという顔の姉さんを、番頭さん率いる女性職員が連れて行った。
頑張れカシス姉。どうかお幸せに。
「で、君の方はどうだったの?」
肩に大きな木箱を担ぐ人夫に声を掛ける。
胸から両肩にかけて骨格が大きく、筋肉質な男だ。
男は、「へ、ヘェ」と短く返答し地面に荷物を置いた。音が、重量を感じさせない、というより中身空っぽだろそれ。
「それなりにありやしたが、足が付くわけにはいかねぇんで。総出で複写大会になりやしたよ」
「……現場でよくやるなぁ」
「伯爵が手配した迎賓館でしたからねぇ。そうじゃなかったら通報案件でさぁ」
大男はどこか自慢げににんまり笑った。
「収穫ありって所か」
「こちらで預かったものです。要点だけ速記しやした。他にもありますが、今はこれが必要かと」
出された紙は、ミミズがのたくった様な歪曲図が幾つも描かれていた。さらに、何ヶ所かに赤丸が加えられている。
「原本はちゃんとしたモンだったんですが」
「いや、要点だけでいい。商人たちの裏付けは大きいぞ」
「うっす」
「それと今日は休暇にしろ。クランの方はいいから君はちゃんと寝ろ」
「しかし」
「元々クラン付きのメイドってわけじゃ無いだろ。君を使い潰す分けにはいかないんだよ」
大男は人懐こい唇を歪め、歯に噛む様に顎をぽりぽりと掻いた。
「なら有り難く休ませて頂きます」
深々と頭を下げる。
顔を上げた時、そこに居たのはブカブカなシャツを着たガーベラさんだった。
次回、結婚式当日。
それとアヤメのキャラが変わっていますが、364話まで放置されます。
本当はこのあとすぐにボロが出る予定でいましたが、尺が長くなるのでボツになりました。
(元々は、もっとオドオドした残念系です)




