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354話 神前婚の意味

 背筋の悪寒と吐き気の理由は二つある。

 嘘でも好意を見せた途端、俺がクラン付きメイドと気付かずペラペラ喋り出す北方偽王族。それを持ち上げる使節団。そしてクランの視線の三つだ。

 彼女の圧がすごい。って何で嫉妬の視線? え、北方偽王族のおっさんに? いやカトレアさんの防波堤だっつーの。誰が薄っぺらな男に言い寄られて喜ぶかって。よくもこう喋りやがる。敷衍(ふえん)が過ぎて最早欲望がただ漏れじゃねーか。


「あの、折角です。もっと落ち着いた場所で、ゆっくり伺いたいですわ?」


 兎に角移動だ移動。

 上目遣いで提案すると、「それはいいですな」と婚姻を申し込んでいる女性の前でノリノリである、ヤバいなコイツ。


「伯爵様、サロンの一つをお借りしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、良い部屋をご用意しましょう。その間、使節の皆様にはあちらで寛いで頂きます。どうか御ゆっくりと」


 俺の意図を汲んでハンゲショウさんがお供の連中を案内する。

 クランも渋々そちらへ従った。こっちの心配より、カトレアさんを見てやれよ。




「申し訳ありません、ワタクシ、酔ってしまった様ですわ」


 傲岸(ごうがん)な男だ。カトレアさんとはやはり合わないな。

 別室で二人きりになっても中身のない自慢話にうんざりして、さっさと押し倒した。


「おやおや、はしたないお嬢さんだ――うわ、何だ力強っ!! この子力強っ!!」

「嫌ですわ殿下ったら。そんなにお褒めになってくださっても何も出ませんわよ?」

「これ褒め言葉なのか!?」


 目の前の七三分けが驚嘆に唾を飛ばす。

 おかしいな? 褒め言葉じゃないのか?


「そんな事より、殿下も分かっておいでなのでしょう?」


 耳元で囁いてやる。

 最近、制御して抑えていたせいで忘れがちだが、俺にはマリー譲りの魅了スキルがあった。これまで人類のみならず灰色オオカミをも群れで虜にした。並の精神なんざ囁き声で一発だぜ。


「ああ、ああ分かっているぞ」


 大きな手を俺の太ももに這わす。上へ下へと撫で回す。

 その手が焦らすように尻へと登ったヘイ尻。


「んもう、殿下ったら。貴方も酔ってしまわれたのですね」


 意識して甘く囁く。

 ガクン、と七三の頭がソファにもたれる。

 あ、込み上げる不愉快さに、無意識に急所を突いていた。

 やべぇな。あれだけ無遠慮に撫でられて、全然気持ちよくならなかった。


「ふん、俺を感じさせたかったらあの世でワイルドに教えを乞うんだな」


 どっちも死んでないけどな!!

 取り敢えず泥酔して先に寝ちゃった事にしよう。

 せっかくだ、何か無いかな?

 宝石等は……魔術的な効果も無いただの装飾か。

 ポケット、ハンカチに何かのチラシ? ああ、白い追憶庵の優待券か。

 反対側は特になし。お、胸ポケットに固いものが? 大きめの鍵が出て来た。いいぞ。

 ストレージから長方形の箱を出す。蓋を開けると灰色の粘土が詰まっている。専用溶液を流し込み鍵を埋め込むと、あとは蓋をするだけで両面綺麗に形が取れるって寸法だ。

 硬化時間が5分と高速なのはコイツだけの特殊仕様だ。従来品は硬化に一日を要する事で犯罪抑止にも一応は寄与したが、こっちはブラック・ベリーから引き継いだ遺産だ。こんなもん世に出せるか。

 あとは盗るものゲフン、録るものは無いな。時間が惜しい。一応ひん剥いて事後を装っておくか。

 ズボンとシャツを剥ぎ取りソファに放り出した。ざっとこんなものか。


「それでは、お風邪など召しませぬ様に」


 意識のない北方偽王族に折目正しく礼をし、部屋を後にした。

 収穫物の鍵の複製……どこで使うんだろ? このまま忘れちまいそうだぜ。




 パーティを三本締めで締め、北方偽王族御一行が館を去ると、俺たちは伯爵の執務室に集まった。

 面子はハンゲショウさんとオダマキ卿。他二名。

 一人はヴァイオレット家の次男だ。ビオラさんという。

 そしてもう一人は……。


「またそんな格好をして。どうしてわたくしよりも可愛くなっちゃうの?」


 カシスお姉ちゃんが嫌味ったらしい目で見てくる。


「何で居るの?」


 小声で聞くと、ムッとした顔で唇を尖らせ視線を逸らした。


「彼女は辺境伯家の代理と受け取ってもらいたい」


 ビオラさんが腕組みしたまま威圧してくる。あ、うん。そうだね、公爵令嬢のことだよね。

 たじろぐ俺に、ふふんと鼻を鳴らすカシスお姉ちゃんが恨めしい。


「えぇと、宿泊地の家探しは捗ったのかな?」


 露骨に話を逸らすと、ハンゲショウさんに苦笑いされた。


「えぇ、写しだが、こちらでも複製したよ。君が商人と追っていた情報の足しにはなるだろう」

「今更だけど俺の動向、いつから追ってたんだ?」

「さて、何のことかな」


 この野郎。

 まぁいい、話しが早いのは助かる。あと、カシスお姉ちゃんがぷーくすくすと無駄に煽って来やがる。

 後で見ていろ。

 お前の目の前でお前の大事なクランをぐちょぐちょのねっちょねちょにしてやる。


 ……。

 ……。


 あれ? これ犠牲になるの俺じゃね?


「単刀直入に行こう」


 ビオラさんが促す。俺にはもっと別のことを聞きたいはずだ。あ、この後も控えてるって事ですね。はい、居残りですね。


「承知した。まずは状況からだが、先日の生息域を極端に変えた魔物の討伐については公表通りだ。終盤は討伐レートがSランクに引き上げられたが、多大な犠牲を出しつつも各方面の状況は完了した」


 商人に出したものと同じ資料を開く。サイクロプスの予測レベルと損害報告。討伐部位の利用、売却卸、国家財源からの損害補償。諸々の収支精算。


「ここからが問題だけど、今回、同種の流入がトレーダー商工組合で確認されたが、いずれも経路を消していた。確認できている最終分布がこちらだ。満遍なく分散しているから大規模なテロ行為の見方もできる。が、前回の討伐時には声明が上がらなかった。加えて現時点での敵性組織は推測の域を出ない」


 だから国家として公式な対応が難しい。王政だって察知はしてるだろうが、王国騎士団も軍部も動けない。


「過去の三件が予行に伴うプロモーションと仮定し、この(たび)の魔物の作為的流入がアザレアの信用に関わる場合、市場と、取り分け経済への打撃は看過できないものでしょう。逆にこれを覆す事で国家としての付加価値をPRできるのも事実だ。使い回しで恐縮だが、コイツが商人へ回した試算だ。クレマチスによって数字は修正済みだ」


 複写した大判の試算表をテーブルに置く。

 ビオラさんだけが、腕組みをしたままこちらに目を向けていた。


「皮算用にならない保証はあるのか? 実際にテロとやらが起きずとも、どこで担保が取れるかが重要だ。この期に及んでリスクの見積もりを隠蔽するわけではあるまい?」


 その横で、カシス姉がそーだそーだ、と口の動きでなじって来た。うるさいよ?


「勿論、憶測が入る現段階では空振りの可能性もあるさ。だから騎士団や兵用の人件費手当等、水道光熱費、物資等荷役料、宿泊費用もろもろといった支出に対して補填が必要なんだ。これを商社の広告収入という形で解決しようと思う」


 テロ並びにそれに類する破壊活動や国民への安全侵略があり、それを解決したなら貴族側の旨味は大きい。特に公爵、辺境伯より下位の家なら陞爵(しょうしゃく)も望める。

 と、ここに来てハンゲショウさんが気づいた様だ。


「私たちの婚儀を商人たちの広告戦略の場にするという事かね?」

「それで今は中継機材を集めてる。アザレア外にも広く知らしめる必要があるから、並の設備じゃ追いつけなくて」

「それではクラン嬢は後戻りができない!! 仮初の婚礼だとお忘れか、サツキ殿!!」


 ああ、義理堅いな。そこを気にかけてくれるのか。

 彼が問題視するのは信仰だ。

 婚儀はただのセレモニーじゃない。プログラムには大聖堂での神前結婚式が必須になる。だから神官団だって領都入りを済せ入念な打ち合わせを……うん、多分してる。

 ハンゲショウさんの指摘は女神一六神の御前での誓いだ。生涯共にとは即ち永劫を指す。誓いに反するならば、立ち所に新郎新婦いずれかの命に関わるだろう。神前婚とはかくも厳格な絆を結び、貴族平民の隔てない品性で以て根付いていたのだ。


 ……そこまで言うなら重婚も禁じろよ。


 重婚でも絶対に別れちゃ駄目なのだ。


 ……って誰だ今脳内に割り込んできたヤツは!?


 ――この街で信仰が強いズイコウレンなのだ。


「フライングして出てくんじゃねーよ!!」


 強引に出て来た女神の電波に思わず叫んだら、全員から可哀想な子を労わるような視線を向けられた。ちきしょう。


 ――女神の御前で神官と混じり合う行為によって召喚が成し得たのだ。


 ……それ悪魔召喚じゃねーか。


 いや神前婚に呪詛的拘束力があるなら、それも有り得るのか? おっと構ってられるか。


「ハンゲショウさんのご懸念は有り難いが、こちらもクランを譲る気はない。カシス姉にだって」


 釘を刺したら、カシス姉が鼻を鳴らしてそっぽを向いた。令嬢らしからぬ行為に、ビオラさんが眉を寄せる。ここで一言言ってくれればいいのに。

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