353話 いい趣味
「いい趣味してるじゃねーか」
シンプルでいて品のあるデザインだ。色は乳白色をベースに花緑青がアクセントに映えていた。地味に見えないのは合わせて贈られた大振りの真珠のおかげだ。クランの事をよく分かってやがる。
「うん……流石サツキくん……バッチリ」
メイクだ髪型だと他の専属メイドも居たが、ドレスを着せたのは俺だ。メイド長を入れるわけにはいかないし。我ながら手慣れたものだ。
代わりにガーベラさんにはハンゲショウさんの方を手伝ってもらっている。今夜のパーティの隙に、できる限り裏付けを集めたい。カシス姉のような制約が無い彼なら、潜入任務で無双だろう。
扉が大木の中を水が打つような音を響かせた。
上品なノック音だ。
「俺が出る」
他のメイドを制止し、扉で中を隠す様に廊下へ出る。離れた位置にネジバナが居た。甲冑ではなく、黒紫に染まった騎士の礼服だ。
距離を置いたのは気遣いだろう。女性のドレスルームだもんな。
グッと腕が突き出された。先端には、丸められた上質紙が優しく握られている。
「出席者のリストだ。一応目を通しておいてくれよ」
「助かる」
「それと――。」
背後の同僚に目を配る。ストックがドレスケースを抱えていた。
「兄ちゃん用だ」
「助かる――じゃねーよ!! 何だよ俺用って!? この上俺に何を期待してんだよ!?」
無言でストックがケースを突き出してきた。
「俺らに言われてもなぁ。靴もあるぜ?」
「サイズ、よく分かったな……。」
「伯爵の伯母殿の見立てと聞いた。光栄に思うんだな」
「どっちだ?」
「うん?」
ネジバナが軽薄そうに口元に笑みを浮かべ首を傾げた。惚けやがって。
「まぁそう睨むなって。開けてみればすぐに分かるって」
ヘラヘラと笑う。あー、やっぱ女の子のドレスの方かぁ。
「きっと似合うはずだ」
手渡してくれたストックから、救いのない励ましを頂いた。
「いい趣味……してるじゃ……ねーか」
クランが感嘆の息を漏らす。鏡の中の俺は、やたらフリルの装飾が付いたドレス姿だった。真紅のサテンが眩しいぜ。
「流石はサツキ様です。見事な着こなしです!!」
「これならクラン様はおろか、ワイルド様をも射止められましょう!!」
「大変捗らせて頂きます!!」
メイド達がキャッキャと湧き立つ。コイツらベリー本家出身、それもアンスリウム勤務の連中か。クランより派手なメイクに仕上げやがって。
「くそっ、やっぱりこういう役回りか!!」
鏡の前でくるんと回ってみる。
……。
……。
あれ? 俺、ひょっとして可愛くない?
「……サツキくんが……変な顔になってる」
やべ、未だ感じ得ななかった感情に、口元がにやけてた。
「さっきのリスト、知った名前があったな」
「……あの騒動から……懇意にしてるって聞いたわ?」
「ならこれを機に借りを返してもらおう」
後で接触しなくちゃな。
そして夜。パーティの時間だ。
「あの新人メイドが、これほどの淑女に成長しおってからに」
会うなりオダマキ卿は目頭を押さえた。
おい執事長。泣くな。泣きたいのは俺の方だ。
「前に祝勝会で似たような格好をさせられたぞ?」
「あの時よりもより淑女に磨きがかかりおった。自覚が芽生えたのだろうな」
「変なもの芽生えさせんな!!」
出席者リストに意外な人物が居た。オダマキ領の領主だ。傍の少女は娘さん――ではなくガジュマルくんか!?
「み、見ないでください!! そんな目で見ないでください!!」
相変わらずの扱いのようだ。
萌葱色のドレスが可愛らしい。いい趣味してるじゃねーか。
「アンスリウムでは世話になったな。ガジュマルくんも息災そうで何よりだ」
「うぅ……こんな息災……。」
ベソをかいていた。そっとしておこう。
「しかし、こんな急増なのに、よくも開けたものだ。オダマキ卿も参加されるとは」
一応の体裁どころか、十分すぎる光景に感心を通り越して呆れた。
中でも筆頭公爵家は次男が婚約者を連れ参加。これが大きい。今は例の北方偽王族を相手してもらっている。暫くはこれで動きを抑えた。
……妹君をパシリしたって知れたら只じゃ済まないだろうな。
「どのみちアレを引き止める機会は必要だった。むしろ、もう一つの準備をよく間に合わせたものだ」
「こちらも一人専門家を出したから。期待には応えてくれるだろうさ」
会場の奥からどよめきが湧いた。
見るまでもない。ハンゲショウさんがクランを伴って現れたんだ。カトレアさんも居る。
「オダマキ卿、お時間を頂けないでしょうか。後ほどサロンへ」
北方偽王族の動きから目を離さず、控えめにお願いした。
話を聞けば乗ってくれるはずだ。だから交渉の場に呼び寄せる事で、以前の貸しは終わりだった。
「時間なら都合がつくが?」
「恐らく、婚礼の儀の参列は代理を立てて頂く事になると思います」
「商人相手に動いていたな。その件かね?」
まいったな。
隣の可憐なドレス姿を見る。ふふん、と可愛らしくドヤりやがった。あとで路地裏連れ込もう。
「お察しの通りです。現場はこちらで必ず押さえます。ですので――。」
「詳しくは後で聞こう。それより、動いたぞ」
ふらふらと、北方偽王族がお共を従えてハンゲショウさんの方へ向かった。
その背を見送るヴァイオレット公爵家の次男が肩を竦める。意外にもオダマキ卿が苦笑した。
「あれで王族を名乗るとは片腹痛いわ」
小さな呟きに同意した。
ハンゲショウさんとクランへの挨拶もそこそこに、背後のカトレアさんに声を掛ける。無礼な作法に、柳顔が嫌悪に歪んだ。
橙色のドレスは腰が締まっており、不安に感じるほど細身であった。何とも儚い。
それで押せば行けると思ったのか。
おっさんがグイグイと行く。
苦笑いでカトレアさんが応じる。だからハンゲショウさんを素通りするのは無礼だって分かれよ。あ、クランがキレそう。
「よくないな」
「ああ、おさめて来る。卿、また後ほど」
オダマキ卿が頷くのを確認し、腕まくりをしつつ現場へ向かった。
途中、すれ違ったヴァイオレット家の次男から「ボクにも聞かせて欲しいものだね。特に妹の話とか」と囁かれてゾッとした。




