346話 されど追放者
メイド姿の俺に跪く三人の騎士という、異様な光景だった。
「ひぃ……じょ、上級者っ」
通り掛かった他のメイドが悲鳴を上げるのもやむなし。
「待ちたまえお嬢さん、これは違うのだ。そういう何とは違うのだ」
「ひぃぃ、追ってきたぁ!!」
爺さんちょっと待て、落ち着け。俺まで仲間みたいに見られたら嫌すぎる。
「話を聞いてくれ!!」
「ご勘弁を!! 私はそういうアレじゃないので!!」
……いいから面接の部屋に案内しろ。
「指令の大将!! それより兄ちゃんの方が先ですぜ!!」
メイドを追う老人をネジバナが制止する。いいぞ頑張れ!!
「黙らんか!! このまま此奴を捨ておけば、ヴァイオレット騎士団の湖圏に関わるわい!!」
お嬢さんが此奴呼びになっていた。
「ひぃぃ、お助けを……!!」
「ええい、待たれよ、メイド殿!! 何卒、何卒!!」
ついに逃げるメイドにも跪き出した。
「ですから私はそういう趣味では御座いません!!」
「違うのじゃ!! そういうソレとは違うのじゃ!!」
もう、そういうソレにしか見えなかった。
「騒々しいわ。ヴァイオレット公爵家騎士団を名乗るのなら、周りを見なさい」
通路の奥から、これまた聞き覚えのある女の声が掛かった。凛としたよく通る声だ。
すかさずネジバナとストックが通路の両脇に控える。老司令もメイドから離れ頭を垂れる。
紅桔梗色のドレスも鮮やかなスミレ嬢である。
僅かに背が高く見えるのは、スカートの裾に隠れたヒールのせいかな。
「ようやく来られたのね、サツキ様」
「うちのクランが世話になったな。返してもらいに来たぞ」
ゆっくりと対峙する。
俺の語気に老人が反応するが、スミレさんが軽く手を上げて制止した。
「お嬢様、我らの落とし前がまだで御座います」
皺深い顔は無表情だった。
それでいて思慮ある瞳が真っ直ぐに主人を見上げる。彼の人生は、決していい歳してメイドにかしずくものでは無かったはずだ。
「もういいでしょう。サツキ様は気にしてらっしゃらないわ」
自重気味なスミレさんに肩を竦めて見せた。
「五重塔の事なら、舐めて掛かった俺にも非がある。今しがたも再現されたが、良いコンビネーションだった。あれは貴公らの勝ちだ」
賞賛ではない。端的に事実を述べたまでだ。
横からネジバナが小さく「あんがとな、兄ちゃん」と声を掛けてくるが、無視だ無視。
「まあ、騎士のしでかした事は主人の責任だ。それで、貴女からの釈明があるなら聞いておくけど?」
ぶっきらぼうな言い草に、三人の騎士の気配が変わった。どうした? 次は真剣でもいいぞ?
「およしなさい爺や――釈明は御座いません、サツキ様。サツキ様の留守中に大切なお方を奪った背信行為に、何一つ相違は御座いません。ああ、アサガオを警戒しておいでですのね。彼女はここにはいないから、蔦の心配は不要です」
「気に病まないで欲しい公爵令嬢。こちらこそアザミを引き抜く形になった」
「アザミさんは呼び捨てのままなのね……いいでしょう。覚悟が決まりました。サツキ様。貴方にはこの言葉を贈らねばなりません」
背筋を正す。
「我ら冒険者パーティ・フレッシュグリーンのリーダー、サツキ様。今、この時を以て追放処分といたします」
「リーダー追放されてんじゃんかよ!!」
いや、むしろそんなパーティに所属していた事すら忘れてた。
そんな事を言うために待ってたのか? 公爵令嬢が?
「納得がいかないという顔ですね」
「特に感慨は無いが……。」
「すっきりしました」
「自分のためかよ」
「一度言ってみたかったのです」
「おめでとう御座いますですじゃ、お嬢様」
ジジイは黙ってろ。
「それじゃあ、あとは若い者同士と言う事で、あなたたちは下がっていいわ」
騎士たちの息が張り詰めた。
誰一人、主人たる公爵令嬢に従う者は居なかった。
「何をしているの――下がれと命じている」
スミレさんの声は威厳を意識してるのだろうけど、苛立ちが勝り、おかしな振動をしていた。
冷たい目で騎士たちを一瞥する。
「恐れながらお伺いいたしとう御座います。二人きりになって、何をなさるおつもりですか?」
跪く老騎士は、岩を思わせた。
言葉の音が、雨風に耐えた歴史を彷彿させる。公爵家の騎士団の長だ。忠義も死戦も一塊に飲み込んだ言葉だ。
「同じパーティで旅をした思い出話に花を咲かせるだけよ。今更、二人きりだってよくあったわ」
「なら俺っちらも花を添えさせていただきやしょうや」
ネジバナの横槍に、隣のストックが重々しく頷く。槍は床に置いていた。
「遠慮なさい」
ピシャリと命じた。
「ここから先は男と女の話よ。無粋だわ」
「尚更駄目じゃねーか!! お嬢様!! 立場をお考えくだせぇよ!!」
「困ったわね」
困ったのは家臣の方だと思う。
「言う事を聞かないなら、お孫ちゃんに言いつけるわよ?」
「な!? ひ、卑怯ですぞお嬢様!!」
「冒険者活動で我ながら逞しくなったものね。どう? 言いふらされたくなければ、大人しく従うことね」
一体何を言いふらすのだろう?
あ、メイドに跪く特殊趣味か。
「ぐぬぬぬ……ネジバナ、ストック、ここは一旦引くぞ」
苦渋の選択みたいに言うけどさ。ここ一応領主の別邸だよ?
それに、元になったがパーティメンバーに危害は加えない……あれ?
剣を突きつけられたり、パンツを突きつけられたり、嫌な記憶が蘇る。元パーティメンバー……あれ?
「サツキ殿。もしもの時は全力でお逃げくだされ」
心配されてるの俺の方か!!




