345話 騎士のケジメ
前話のエピソードタイトルは、二つのコマが揃ったという意味です。ですので違います。そうじゃないです。
クレマチスのプラットホームで保管した物資は、ベリー辺境伯受け取り品と、クラン滞在の別邸搬入組に分けられる。
人事権を掌握したバーベナさんの手配で、俺は後者の搬入隊に便乗した。バーベナさんが別ルートで入るおかげで、クラン付きとの面談が必要になる。これはその装束だ。趣味で着てるんじゃない。
「旦那、大変似合ってやすぜ」
同乗する人夫の視線をチラチラ受ける。
こんな奇異の目も、もう慣れたよな。
「好きで着てるんじゃない」
「それにしては、偉い別嬪んさんになりやしたね。いえ、元からお美しかったですが」
「え? そうか?」
スカートを捲り、白いガーターに包まれた脚を見せる。
「おおっ!!」と歓声が上がった。
いいのか俺の脚で?
……それにしても、またメイド服かよ。
もう袖は通すまいと誓ったのに。
しかし男たちのウケがいいな。もう少しサービスしてやるか。
「ちょ、旦那、流石にそれは目に毒ですぜ!!」
「す、すげー……。」
「サツキの旦那、俺ら仕事になりやせんので、それくらいで」
照れる人夫たちに、何かゾクゾクするものが込み上げてきた。
「サツキさん、手加減してやってくれませんかねぇ」
御者台の方から番頭さんに怒られた。
うん、自重する。
別邸の門で一旦止められる。四台構成で先頭車両は俺たちスタッフの搬送用だ。後部ハッチから顔を覗かせた兵士は、頬がこけ、目が窪んでいた。アンデットが覗き込んだのかと思ったぞ。
「搬入の人員はここで全てか?」
「へい、一人だけお嬢様のお側付きで滞在になります」
横からの番頭さんの説明に、兵士の視線が俺に向いた。何か言われるかな思ったが、「そうか」の一言で済んだ。覇気がないな。
他の車両も同様に確認され、馬車は屋敷の裏手へ進んだ。
「どいつもこいつも疲弊してるな。寝不足かな?」
「どうにも一昨日の夜から呪われた館と噂が上がりまして。えぇ、皆さんそれでお疲れなのでしょう」
「俺、そんな所に滞在するのか……ん? 一昨日? 夜?」
嫌な予感がする。
「出入りの御用聞が噂の元のようです。夕方くらいですか。館の警備や使用人がバタバタと倒れたのを契機に、次々と怪現象が起きたと。夜中には怨嗟のような呻きまで響いたとか。それで使用人の大半がおいとましたってぇ話です。まぁ警備の方は職務放棄をする訳にもいきませんから、難儀でございますな」
「女の呻き……。」
「はて? 女性の声とは申し上げませんでしたが?」
「俺の名前、呼んでなかったか?」
「いえ、そこまでは分かりかねますが」
……そんな事態になってたのか。
「多分、その怪現象は今夜から起きないよ」
「それは、よう御座いますな」
その後、運搬車両が裏手の広場に着くと、しおしおになった館の使用人たちが集まってきた。
一様に暗い顔でやつれていた。
誠に申し訳ない。
「すまない、俺は別口だ。お嬢様付きの筆頭使用人はおられるか? 面談の約束があったはずだ」
搬入をクレマチスのスタッフに任せ、後から来た執事服に身分証を見せる。
初老の男も例外なく顔色こそ悪いが、背筋がピンと伸びていた。主任格かそれ以上、或いはここの執事長って所か。
「ハナモモ様……オレっ娘で御座いますね」
あ、しまった。こういうのは久しぶりだから。
しかし表情を変えないの、すげーな。
「承っております。面接の間へご案内いたしましょう。こちらへ――。」
「そいつは俺っちに任せてくれねぇか?」
聞き覚えのある、軽薄そうな声が執事服の行手を遮った。
軽装の甲冑姿に、声の主に相応しい薄笑いを浮かべたネジバナだ。
身構えた。
ここで公爵家騎士の、それも幹部のお出ましとは予想外だ。計画が漏れていたとみるべきか。どこから? そういや朝になったらカシスお姉ちゃんの姿が無かったな。
「案内するよ、着いてきてくれ。それにしても――。」
上から下まで舐めるよう見る。よせやい。
「随分と似合ってるじゃねぇか。ストックが見たら可憐だと称賛するだろうよ」
執事に手を振りつつ館へ先立つ騎士の背に、ベーっと舌を出してやった。
「貴公が居るということはスミレ殿もこちらに」
「さて、どうだったかな。おい、何だよその気持ち悪い喋りは?」
館に一歩入ると、吐き気を感じた。
気分が滅入る? 最初の追放に遭った日、アイツに脱ぎたてを顔に押し付けられた時に感じた不快感だ。
「やっぱキツイわ……。」
げんなりするネジバナに従いつつ、事前情報と間取りを照合する。
結論は、クレマチスは間諜にも優秀だった。
「まあ、すぐにお会いになるだろうよ。それよりもケジメだ」
奴の足が止まる。
背後で気配を感じた。
肩越しに確認する。もう一人の公爵家騎士幹部、ストックだ。表情は見えない。
「また挟み撃ちかよ」
「そして三人だ」
ネジバナの言葉に押されるように、通路の先の角から、甲冑姿の老人が姿を見せた。
確か、クランを攫った時に部隊を指揮していたな。あの時はホウセンカの背から遠目に見ただけだった。
「ヴァイオレット騎士団の指令までお出ましとは」
豪華キャストな事で。
「言葉は要らぬ。以前のようになりたくなければ、死力を尽くすがいい――行くぞ!!」
おじいちゃん指令の号令と同時に、背後からストックの槍が蓮撃で迫った。微妙に間合いをずらして放つの、いやらしいな!!
ステップを踏んで躱す。回避盾だ。
捻った体の右手から刃が見えた。反射盾で弾くと、反撃するより先に同じ要領でネジバナが距離を取る。相変わらずの縮地だ。
「体がガラ空きだぞ小僧!!」
指令の声と同時に、三位一体の同時攻撃。あの時の焼き直しだ。胸が貫かれ、首は陰気な廊下に舞っただろう。あの時のままなら。
ステップを踏んだ。いつぶりの披露だろうか。あれ? 巨大蟹以来じゃね?
全ての刃先を俺の体で受け止めた。
「馬鹿な!? 分かっていて何故防がない!!」
老人が奇妙な狼狽を見せる。
彼がトドメに放った剣先をゆっくりとつまんで俺の首筋から抜き取る。
「刃先が潰されてんな……訓練用か? だが殺気は本物だ。俺が反撃に転じたら、ヤバいぞ? ネジバナ。ケジメと言ったな?」
コンビネーションの中で、彼の斬撃も受けていた。
「無傷かよ。とんでもねぇな兄ちゃん」
俺の間合いの外で肩を竦める。
「あの時、何故その技を使わなかった?」
背後のストックがやっと口を開いた。もっともな疑問だ。今回、そう仕向けてやった。
「小娘たちから履いていたパンツを一方的に押し付けられてたんだ。そんなふざけた流れでやる術でもないよ。他にも回避策はあったし」
その回避策であるダンジョンコアは、常用するにはリスクが高すぎた。見合わない。
「それでどうする? 茶番の説明くらいはするんだろうな?」
余裕を見せてるが、絶対防御の仮装盾はインターバル上もう使えない。
「分かっていながら付き合ってくれたのか? ならばこれ以上の恥は晒せまい」
老騎士の疲れたようなの声に、ネジバナとストックがゆっくりとその背に従った。
三人は俺の前に並ぶと、甲冑の金属音を響かせ跪いた。
「これまでの無礼、どうか我らの首だけでご容赦頂きたい」
要らないよ?




