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344話 ダブル・ピース

 宿の離れに戻ると、バーベナさんが呆れた顔で迎えてくれた。


「朝まで帰って来なくても良かったのに。侠骨(きょうこつ)の見せ所よ?」


 そこかよ。


「都合よく体を清める場所が他に無かったんだよ」


 教会は、何故か控えの聖職者がおらず灯火が降りていた。誰か居たら最後まで出来なかったけれど。サザンカと三回戦まで出来なかったけど。

 ストレージの水とタオルで汚れは拭いても、その足で新規の宿には入れない。ましてや予定外のお客さんまで居る。


「それ用の宿だってあるでしょう」

「既に色々済ましちまってる状態で入れるか」

「己の浅はかさを痛感するわ?」


人の醜態で痛感しないでくれ。


「確かに分かるけれど……どうしてカシスお嬢様まで連れているのかしってまさかカシスお嬢様まで召し上がったの!?」

「んなわけあるか!!」

「わたくしはまだ純潔ですわよ!!」

「あー、この子ね。あたし達がやってるのを見てて失禁してたから、放って置けなかったのよ」

「言わないでくださいまし!!」

「まだまだ序の口だというのに、だらしのない奴だ」

「あんな場所で本気エッチする方が性にだらしないんじゃなくて!?」

「ああ、はいはい事情は分かりましたから、皆さんまとめて露天に入っちゃいなさい。みんな凄い匂いよ? 洗い物は私の方で済ませるから、カシスお嬢様も脱いで脱いで」

「何でバーベナは平然としてられるの!?」

「ベナ姉は昨夜サツキと済ませてるから」

「あの後!? やっぱりギルドで始末して置けば……。」

「確かに見破るのは至難だけどな。お前、圧倒的に戦闘センスが足りて無い。諜報に絞った方が向いてるんじゃ無いのか?」

「ショートソードより重いものを持ったことがないんだから仕方がないじゃない!!」

「ほーら、サツくんのしょーとそーどですよー」(ボロン)

「勝手に脱がすな!!」

「……うわ、ほんと凄い匂い……むわっと来る……。」

「何を出してるの!? ちょっと、バーベナ!! そんなに顔を近づけて爆発しちゃったらどうするのよ!?」

「しゅご……こんないけない匂いをさせて街を歩っただなんて……サツくん、いけない子……。」(くんかくんか、すーはーすーはー)

「わたくしの知ってる第四大隊長ではありませんわ!?」

「ベナ姉ずるい!!」

「貴女も何で混ざろうとするの!? 先程まであれほど乱れていたのに、もうお代わりですの!?」

「しゅご……これがさっきまであたしのお腹を掻き混ぜていたなんて……。」(くんかくんか、すーはーすーはー)

「って俺のちんちんは御禁制の何かかよ!! 体を洗いたいっていうから連れてきたのに!!」

「あんたの先端から進取的にさせる何かを出してるんじゃなくて!?」

「その可能性は否定できないが……。」

「もういいわ。わたくしも着替えを用意して頂けると伺ったのですが、先にお湯を頂いてもよろしいかしら? あと泣きそう」

「お、おう、そこの露天使っていいから先に清めちまいな!!」

「カシスお嬢様。どうぞごゆっくりお浸かり下さい。二時間くらい」

「そんなに入ってられないわよ!!」

「どうか、ご自分の可能性を信じて」(れろれろれろ)

「バーベナ隊長をここまでポンコツにするなんて、やはりクランには近づけさせられないわね……。」

「うぐうぐ、うぐ、ちゅぱ」

「ベナ姉だけずるい!! あたしも!!」

「(最早何も感じた無くなったわ……こうやって慣れていくのね)」




「お先に頂いたわ」


 テラスの露天からカシスと名乗る令嬢が戻ってきた。ベリー辺境伯の親族で稀に見る瑠璃紺色の髪を手慣れた風にアップしている。お付き無しでの旅に慣れてるのだろう。自領や公式な外出先なら侍女にやらせるはずだ。

 替えの服と下着は、脱衣籠に置いていた。バーベナさんが。


「既製品ですまんな」

「質はいいわ。下働き用じゃないのね。サイズもいい感じだけれど?」

「色々と押し付けられてるからなぁ」


 シルク素材のパジャマだが、貴族向けに光沢が表面を舐めるように反射していた。


「ん、じゃあ次はあたしが入るわね」


 サザンカが卓袱台(ローテーブル)の前から立ち上がる。

 カシスが彼女に場所を譲ると、僧侶姿が鼻歌混じりにテラスへ出て行った。


「てっきり最中かと思ったわ?」


 ローテーブルに目を落とす。きょとんとした表情が、クランにそっくりだ。

 テーブルには大版の地図の上に、中サイズの図面を二枚広げていた。記入された記号や文字は俺の字だ。


「折角足りなかったピースが二つも埋まったんだ。計画をこちらの都合に寄せさせて頂くさ」

「はあ!?」


 細面の顔が柳眉を逆立てる。


「ちゃっかりわたくしまで混ぜてんじゃねーですわよ!?」

「呪いが解けたからって未だに記憶が混濁してんだ。やっと思い出してきた。カシスお姉ちゃん」

「馴れ馴れしく呼ばないでくださる?」

「ニキと比べて当たりが強かったな」

「……。」

「悪い話じゃない。乗れ」


 ソファでふんぞり返る俺の目を、無表情でじっと見る。過去幾度、衝突し拮抗した。(しか)あれど、提案するシナリオの仔細を評価すれば賛同も得るはずだ。何を戸惑っている?


「サツくんは分かってないのよ。ご自身が命を狙った相手なのよ? 身構えるでしょ」


 ああ、そういう事か。


「本職のアサシンなら脅威だったけどな。ほら、カシスお姉ちゃんって残念な所があるから」

「わたくし程度の刀剣では所詮は届かないと? あんたのスキル、反射と回避ね? 他にもあるのかしら? 素人の白刃じゃ確かに皮膚すら裂けないでしょうけど――旨味って?」


 やはり乗ってきたな。信じていたぜ。


「辺境伯嫡子の、首」

「「誰の命を狙ってんのよ!!」」


 お姉ちゃん二人のツッコミは、流石におっかない。まぁ確かに、竹帛(ちくはく)には著せないわな。


「間違えた。もう一回。もう一回やらせて」

「もう、しっかりしてよねサツくん。お姉ちゃんの膝に乗る?」

「バーベナ隊長が甘やかすからでしょ!!」

「むしろお姉ちゃんがサツくんの膝に乗りたい」

「大隊を離れるとほんと自由よね貴女は!!」


 バーベナさん、死馬の骨ってわけじゃないけど、最近やたらがっかりされてるのな。

 それより、俺のリテイクの話はどうなった……?

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