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342話 サザンカの想い

 通常、宵の口でも、都心の教会は参拝者が絶えない。祈りと感謝を捧げる者や、野外コンサートを開く演者。そして女神を讃える寸劇で教会は毎夜賑わいを見せる――それほどまでに女神信仰は人々の生活に密着していた。

 ドクダミ領領都の今夜は、例外だったろう。

 正面ゲートの灯は消え、敷地の家屋はいずれも扉を硬く閉ざしていた。


『その娘なら今、教会へ向かっているよ。行くなら早いほうがいい。今夜は月が陰っているからねぇ。けけけ』


 婆さん。最後なんで笑った?

 教会の戸口に施錠は無かった。抵抗なく古びた軋みと共に開いた。


 ……居るし。


 祭壇の前に、跪く僧侶姿の女の背があった。

 街の情報屋すげーな。居ながらにして女一人の動向を捕捉するんだもん。金貨一枚分の働きはある。


「自分でもストーカーじみてるとは思うけどね」


 どう声をかけるか迷ってこれだ。我ながら情けない。


「わざわざ追ってきたの?」


 祈りを捧げる女が、肩越しに視線を向ける。眉が歪むのは非難ゆえか。


「ちゃんと話をするべきだと思った」

「貴方の……意思で?」

「俺がそうしなきゃと思った。別にけしかけられたって訳じゃない」

「今は一人なのね?」

「ああ、一人だ」


 バーベナさんに言われて追ったと失望されたのか。サザンカが妙に周囲を警戒した。

 だから俺を一人で向かわせたのか。


「そちらへ行ってもいいかしら? ゆっくりと話したいのよね?」

「望む所だ」


 何でこんな挑発的に応えた?

 僧侶姿が立ち上がった。こちらへ向くサザンカが、祭壇を彩るの灯火に照らされる。

 無意識に眉を寄せた自分に、ハッとする。

 体のラインが浮き彫りになった艶かしさにではない。

 気づいたら、彼女の双眸が目の前にあった。

 濡れ光る瞳のなんと妖艶な事か。一歩、下がるのが遅れた。


「サツキ……。」


 切なそうに俺を呼ぶ。


「サツキ……。」


 身を託すように二人の影が重なった。

 女の唇が耳元で囁く。


「今度こそ死んで」


 ステンドグラスから差し込む陰ったはずの月光が、彼女の手元の凶器を今こそと反射した。

 ギルドの会議室で見たナイフだ。くそ!! 今感じた違和感はおっぱいだ!! 張りは同等でもローブ越しの形が違う!!


「うがががg」


 刃先が俺の胸に沈む前に、背後から頭部を白い五指で覆われた女が呻きを上げた。

 僧侶姿をアイアンクローで宙に持ち上げたのは、背後に湧き立った同じ僧侶姿だった。


「あんたねぇ、油断しすぎよ。また目の前で死なれるとか勘弁だわ」

「いだだだだだっ!! ほんと痛いっ!! 痛いから!!」


 最初に居たサザンカが悲鳴をあげ、手元のナイフを床に落とした。


「たかが不測の事態で得物を手放す三流だ。相手になると本気で言うなら諧謔(かいぎゃく)も大概にしろ」


 これは嘘。サザンカらしからぬ水蜜桃の揺れに対応が遅れた。旅館でお前があんな風に去るから。


「ふぅん? で? 本物とどちらが好みだったのかしら?」


 分かってて言ってやがる。

 肩をすくめるしか無かった。


「サザンカ以外には意味はないよ。どちらかじゃない。お前がいい」

「本当!? あたしの事、今でもそんな風に思ってるの!?」

「いだだだだだっ!! 何で力込めるのよ!? ていうかわたくしを挟んでイチャイチャしないでくれる!?」

「邪魔しないでよ。今、いい所なんだから」

「締まる!! 頭蓋が締まるぅ!! わたくし、壊れちゃう!!」


 もう一人の自分を容赦なく痛めつけるサザンカが、男前に見えた。


「ね、それよりもサツキ? さっきの話だけれど」

「お前がいいって話しか」

「ううん、それはひとまず置いておいて、バーベナさんと性器同士の結合を果たした件について」

「いだだだ――って、ええ!? あんたうちの第四魔法大隊長と関係持っちゃったの!? だから昨日も一緒にギルドに来てたのね!?」


 アイアンクローで苦悶した女が、ゴミを見るような目で見てきた。


「ええ、朝までアレとアソコを結合させたって話よ?」

「うわ、最悪!! 好きな女の子が居るのに、どうして他の女と関係持つのかしら!! それもあの子がよく知ってる人と!!」


 二人のサザンカから冷淡な視線を浴びる。


「バーベナさんとの事は俺たちの問題だ。とやかく言われる筋合いじゃない」

「筋合いあるわよ!! あんたがクランを解放しないから、あの子はいつまでも艱苦(かんく)に苛まれるのよ!?」

「あたしのケジメを無駄にしてくれたわ? 非難されないと思うなんて、それこそ傲慢よ?」


 分かってる。卑劣な所業だって事は。


「罰なら俺がクランから受ける。君らに言われるまでもない」


 俺の言葉にアイアンクローに力が籠った。偽物が「割れる割れる!!」と絶叫した。


「だからそれが安易な逃げだってのよ!! 罪を放棄して楽をしたがってる様にしか見えないわ!!」

「サツキ!! あんた言葉選びなさい!! あんたが余計な事言うたびにわたくしの頭蓋が危機になるシステムよこれ!!」

「そうか……バーベナさんに言っておきながら、俺も安易な道を選択してたのか」

「浸ってないでごめんなさいしなさい!! いだだだだだっ!!」


 だったら話は早い。


「いいだろう。この大罪は誰にも許させはしない。誰にも罰は下させない。最愛のクラン・ベリーの怨嗟でさえ俺だけのものだ」

「開き直りましたわ!? なんてクズな男なの!!」

「偽りの人よ。見届けるがいい。俺が悪逆非道を重ねる様を!!」

「いいから謝りなさい!! わたくしの後頭部が無事なうちに!!」

「サザンカ!!」


 背後の彼女へ向き直る。


「あの時の続きだ」

「いいわ。決着をつけましょう」


 サザンカが偽物を解放する。自然体に両手を下げていた。


「いたた、どうしていちいち乱暴に扱うのよ!!」


 偽物の非難も聞こえず、互いに隙を伺う。

 サザンカ・カルメリア。拳で語る女僧侶。その力はゴリラにも匹敵する。

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