340話 何が消えたのか
「本来なら個人情報となる伝票は秘匿するんだがなねぇ」
解散した後、俺だけ商工会の事務所に残った。謎の女司祭は既に退出した後だった。
……良かった。さっきの騒ぎに混ざりに来ないで。
通されたのは簡易応接間、と言っても事務所と衝立で仕切った簡素なものだ。
門前払いの塩対応じゃ無いのは、手土産が効いたのだろう。
「実の所、こちらも持て余していてね」
ローテーブルに一枚の伝票が出された。
出荷主の筆跡は汚い字で、綴りも怪しい。国外からか?
「確かにこれは酷いな、品目が。海外からの持ち込みなら検閲があるだろうし、内陸までは陸路だったんだよね?」
「何故か通過しちまったな。そっちはウチでも調査に出たいんだがね。それ以前に、イチョウの町に入る前に業者ごと姿を消したのが。そちらに人員を取られて身動きもできねぇ」
「司祭には? 教会が何故興味を持ったかはさておきこの件で来ていたんでしょ?」
職員はわずかに眉根を寄せた。そっちは守秘かなと思ったが、テーブルの湯呑みを手に取り小さく頷いた。
「教会のネットワークをあてにさせて頂いた。おっと見返りまでは聞かないでくれ」
そりゃ流通でお貴族様を出し抜けりゃあな。先方からしたら甘露の日和だろうさ。
「冒険者ギルドに調査クエストを出すって手もあるはずだ」
「騎士団への報告は済んでるがそちらが動く気配が無い。となりゃあ、冒険者ギルドだってどうだか。あんたの前で悪いけど」
教会は体制とは一線を画す組織活動を保証されていた。そこまで運輸業が密接にするのも魚心水心だけどさ。あの女司祭が俺を引き合わせるのは何故だ?
「入荷はポーチュカラになってるけど実際の記録とは合致しきゃ組合も強気には出てないか」
「あんたじゃなきゃこんな話はできねぇよ。イチョウで討伐した群れっていうの、コイツだと思うか?」
縋るような視線だった。
生憎期待には応えられない。
「姿絵でもあれば確定できるけど。ただタイミングが先だからこの運搬計画とは別口だろうね。関税も素通りとなると内部に協力者か、役員にすり変わりが居るか、或いはその両方か。お役所仕事と思ったら敵性国家からの工作員だって事も」
ガーベラさんがそうならない事を祈るが。
「だとしたら希望的観測はできないからな。あんな確認をしておいて矛盾だが、こっちの組合としちゃ最悪、ドクダミ領に入ったと見ている」
「それは……縁起でもない」
「縁起?」
「最悪を想定した場合、その最悪の事態ってのは必ず起きるもんだよ」
改めて伝票に目を落とす。
荷物の品目には、「サイクロプス一般」と書かれていた。確かにこれは酷いな。
「くんくん」
クレマチスのプラットホームに戻ると、バーベナさんが嗅いできた。犬か?
「知らない猫の匂いがするわ」
犬か……?
「……。」
「え、何? お姉ちゃんのことじっと見つめて? もうしたくなっちゃった?」
「いや、本物だなと思って」
「どこ見て納得したコラ?」
大丈夫。自由奔放に動かないってだけで、本物のバーベナさんも負けてないから。
「先方からの回答、どうなったか分かるかな?」
「来てるわよ。提出したスケジュールで受け入れてくれたから、明日の搬入で間違いないわ」
「手堅いね。名有りて実無かったら困るけどさ、スムーズ過ぎるのは」
「出入りの業者の話しだけれど、今朝からの人員の交代が激しいのよ」
「……例の北方共和の裏工作かな?」
「下働きならうちとヴァイオレット公爵家で補充を受け持ったわ。それで、搬入の隊の規模と隊列を説明するわね」
搬入計画の解説を受けながら、クレマチスが間借りしている事務所へ向かった。
俺が上位精霊やモヒカンや角刈り相手にアホな事をやっている間に、みんなしっかり仕事をこなしていた。
……え、俺、ダメ人間じゃね?
「手配、助かったよ番頭さん」
声を掛けると事務デスクの坊主頭が書面から視線を上げた。
「ようござんした。収穫はおありで?」
「嫌なニュースが一つ。いいニュースが無いのは恐縮だが」
「一つで済むなら何よりです」
「クレマチスに、というよりパイナス傘下に伝わっているかな? 国外便からの搬入物が陸路で消えた話し」
「いえ、存じません。事実なら大事件で御座いますね。言いぶりからして業者はパイナス関連ではないのでしょうな」
「地場の個人業者だった。運輸業務の都合上、協会に登録しているが代表取締役の出自も戸籍も追えないから黒だと思っている。搬送隊が荷役ごと姿を消すとなると使い捨ての線もあるけど」
「長距離運輸となりますと、途中の尻尾切りも容易でしょうし。あたしらのような店舗、卸、委託倉庫を総括しているならいいのですが、そうでない所はぞっとしないでしょう」
凄いな、番頭さん。何が消えたのかは聞いて来ない。こちらの情報をただ促すんだもん。
内心肩をすくめた。
「イチョウ方面で今後も魔物障害による交通遮断の可能性がある。俺たちの討伐後だから、そこから内陸に進んだ可能性もあるけど」
「注意は必要ですね」
「そうよ、必要よ」
とバーベナさんが口を挟むものだから、思わず苦笑したけど、番頭さんは終始生真面目に頷いていた。
宿屋『白い追憶庵』に戻ると、カウンターへ向かう前に呼び止められた。
「やっと来たわね。伝言は聞いたみたいだけれど何よあの騒ぎは? 思わず他人のフリをし――。」
フロントのソファから見上げる冒険者の僧侶職が息を止める。
俺にではない。後に続くバーベナさんにだ。
「どうして女の子を連れ込んじゃったのよ!? あたしが居るのに!! 昨日のお隣さんでそんな気分になったからって、あたしが居るって分かってるなら!!」
「うるさい。昨日から二人で泊まってたんだよ。ずっと旅してたんだ。大体お前が居るって、今朝初めて知った」
「え……ずっと? ベナ姉と二人きりでずっと旅してたの? え、あたしと決別してベナ姉と? え?」
どうして急にポンコツになるの?
「だ、大丈夫よサザちゃん。二人きりと言っても旅の間は弟みたいなものだったもの。変な関係になったりはしないわ」
「ベナ姉……。」
「深い関係になったのだって昨夜が初めてだったから」
「ベナ姉!?」
そしてどうしてこの人は一言多いのだろう。
「そっか……とっくにすませちゃったんだ……ははは……クランに遠慮してたばかりに、あたし何やってんだろ」
何が消えたのかって。
サザンカの瞳のハイライトだった。




