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338話 毛玉塊

 白地に薄い生成(きなり)色の入った毛玉だった。それも人間サイズだ。

 こいつはヤバいな。

 駆られる。体を埋めたいと欲する。この衝動。


「くそっ、やはり罠か!! それも癒し系罠!!」

「まだ何もしてないかしら?」


 毛玉が応える。おのれ癒し系!!


 ……待って、俺は一体、何と話しているのだろう?


「抜けなくなってしまったの。こちらに来て外して頂けるかしら?」


 警戒しつつ、そろりそろりと声の方へ向かう。毛玉の奥側だ。

 毛玉は球体では無かった。滑らかな流線で下の方へと歪曲している。その先には大ネズミ用の籠式捕獲機に納まっていた。


「……。」

「……どうして無言になるのかしら?」


 捕獲用罠に頭から突っ込んで抜けないのか……。

 大ネズミは魔獣系魔物の下位種だが戦闘力と引き換えに繁殖力と生活順応に長けていた。自然界種と異なり民家の密集地に生息する。疫病のキャリアにもなる為、初心者冒険者(ビギナー)の定番クエストとして討伐は欠かせなかった。


「……。」

「……どうして後ずさっているのかしら?」


 迂闊に接触できないからな。


「この規模の大ネズミは俺も初めてだ」


 観測記録の最大体長は、鼻先から尻尾の根本までで60センチメートルだ。人間大なんてサイズオーバーにも程がある。ましてや癒し系だなんて。


「失礼にも程があるかしら。この毛並みこの艶のどこにネズミ要素があるのかしら」

「大ネズミじゃなくたって別の例えが見当たらないよ……。」


 人語を解する巨大な毛玉。白いモフモフ――待て?


「居た」

「ネズミかしら? ネズミが居たのかしら? 誤解よ。ソイツは私の仲間じゃないかしら」

「違うかしらお前のご同輩かしら」

「真似しないかしら」


 この手の種族に心当たりがあった。


「失礼、名乗らせてもらおう。サツキにゃはサツキにゃ!!」

「それは私たち上位精霊の挨拶にゃ。かしら」


 無理して語尾を変えてたのか。

 ってやっぱ上位精霊かよ!!


「何でこんなもんに引っ掛かってやがる」


 罠の籠を抑えて乳白色の毛並みを摘む。


「ヒューマンの姑息さを垣間見たかしら」

「そのヒューマンに救助を縋ってんじゃねーよ」


 一気に引き抜いた。最初の引っ掛かりを過ぎれば後は一瞬だ。


「ふぅ、生きた心地がしなかったわ」


 ぬぅ、と身を起こすと、巨大な白猫は毛繕いを始めた。


「やっぱ猫なのな」

「かしら?」


 上位精霊。或いは精霊の上位種。精霊信仰とは一線を画する霊的存在だが、ファントムやスピリットとは性質が異なる。毛並みに触れる、ハイタッチできる、そして乗れるのだ。にゃーに至っては子供の遊び相手も務め上げる剛腕だ。

 信仰と言えば冒険者の守り神って話もあったな。


「それじゃあな。もう拾い食いなんかするなよ」


 これで結界から解放されるかな。

 路地の入り口に振り向き背後に手を振る。反応を確かめずそのまま進んだ。


「かしら?」


 路地を出ると、さっきの場所で巨大白猫が首を傾げた。


 ……。

 ……。


「おい」

「にゃ?」

「まだ俺に用か?」

「大事な話があるの」

「救助要請には応えた。上位精霊への敬意は払っている。これ以上は無しだ」


 何でもかんでも受けてられるか。


「契約するかしら」

「だから何でもかんでも受けるって思うなよ!!」

「契約するにゃ」

「言い換えても駄目!!」


 上位精霊ってのは何でこう身勝手なんだ?


「浅慮は損をするわ?」

「熟考の結果だ」

「考え過ぎは体に毒かしら」


 にゃ、と一声鳴くと、周囲がほんのり暗くなった。

 正面に、薄い光の幕が現れる。女神と関わった時に現れるヤツだ。


「こちらのにゃわーポイントをご覧ください」


 何かプレゼンが始まった。

 光の幕には、何やら小難しいデータとグラフが表示される。商社が業績解析に使う形式だな。


「猫科における癒しと相乗した付加価値をブランドにする事で市場価値を合わせて底上げできるかしら。見込み値はこのグラフの通り。このようにマスコットとしての有用性は多大なものかしら」


 何を言ってるのか分からなかった。


「……じゃあ保留ということで」

「にゃ」


 最大の譲歩だ。

 巨大猫が右手、いや右前足を挙げて答える。軽いなおい。


「サツキにゃから良い返事がもらえる事を期待しているかしら。ずっとその事を考えて日々を送るかしら」


 やっぱ重いなおい。


 にゃ、ともう一声鳴くと、周囲に明かりが戻った。

 俺が辺りを見回している隙に、とん、と軽く地面を蹴ると、巨大な毛玉は二階建ての屋根に居た。重量を感じさせない動きは、やはり精霊なのだろう。


「もう解けるかしら。またゆっくり話すかしら」


 面倒が増えなきゃいいけどな。

 俺が答える前に、白地にクリーム色の毛並みは建物向こうへ消えていった。

 遠くに「にゃぁ」という鳴き声がこだまする。

 同時に、背後から人々の喧騒が、白波のように押し寄せ濃さを増した。

 今度こそ現実が戻ってきたようだ。




 見覚えのない路地を出ると、商業区より少し離れた通りが広がっていた。

 数歩の距離が、随分と離されたか。


 ……また歩かなきゃならんのか。


 近くて遠いトレーダーギルドだな。

 諦めて先程の通りへ戻る。

 目立つことに、二人の大男がキョロキョロしていた。

 浅黒い腕はどちらも筋肉が盛り上がり、硬そうな顎と分厚い唇が屈強な顔立ちに箔を付けている。髪は片や短めのモヒカン。片や短く切り揃えていた。いずれも暴力を生業と知れる。

 道ゆく人が彼らを避けて通るのは、地元でも有名なのか、或いは地元民じゃないからか。

 内、角刈りの方と目が合った。

 相方のモヒカンに顎で合図を送ると、肩で風を切り俺の行手を遮った。


「何処から来てんだよ」「妙な術で逃げ回りやがって」


 二人が同時に凄む。

 どうやら、知らぬ間に追われて居たらしい。

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