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337話 路地裏に誘われて

 東の新鮮な日差しが照り出す舗装路を軋ませ、搬入の商隊と空荷の馬車がひっきりなしに行き交う。朝靄は既に晴れていた。

 業務に勤しむ人々の波の中で、まさに嚢中(のうちゅう)の物を探るが如く目的の人物は見つかった。というか向こうから捕捉してくれた。


「イチョウではお世話になりました」

「お互い様だ。途中随行できなくすまないな」


 番頭さんと握手を交わす。


「3キロも路面改善していただいたんですよ。利便性が上がったのはウチだけじゃございませんで。トレーダー組合じゃ伝説のでぇだらぼっちの仕業じゃないかってんで懸賞金を掛ける話もございました」

「魔物を封じた迷宮の構築者と謳われる、かのダイダロス復活は何処かで聞いた気がするけど……。」


 彼女のことかよ。

 チラリと後ろで縮こまっているバーベナさんを見る。


「まぁ名乗り出ないのはそれなりに奥ゆかしいからだろ」

「さいでございますね」


 番頭さんもしれっと同意した。

 そういう所だよ。大口受注を任されるだけはある。

 番頭さん、欲しい人材だよなぁ。


「痛」

「どうかなさいましたか?」

「板挟みというやつだ。気にせんでくれ」

「さいでございますか」


 バーベナさんが踵を蹴てきたのだ。


 ……まさか、焼き餅?


「では、現状の説明をさせていただきやす。おぉい、副長さん来ておくれぇ」


 遠くで指示を出す従業員を呼ぶ。イントネーションがセンリョウさんに似てきたな。

 大きな台帳を持ってやって来たのは恰幅のいい男だ。


「集荷の方ですが、午後の二便が入れば予定のブツは揃いやす」

「違法物売買みたいに言わないでよ。辺境伯ご令嬢の嫁入り道具よ?」


 台帳を渡してくるのを横からバーベナさんが掻っ攫う。テンポよくページを捲る姿は仕事の出来る女だ。


「今朝の搬入で九割は上回っているから、残りは余剰差分として扱うわ。よろしい?」

「へい、検修さえつつがなければ。副長もそのつもりで入荷分を最優先で回してくれますか」

「こっちは構いやせんけどねぇ……本当に花嫁道具ですかい、これ」


 大男が(いか)つい顔をしかめ、(せわ)しなくスタッフが働く現場を見る。


「魔杖に刀剣、野郎向けの防具までありますぜ。花嫁は婚礼中にどこかへ戦争でも仕掛けようってんですかい」


 そんな物まで手配してたのか。

 軽口なんだろうけど、番頭さんの目がヤンキーがガンを飛ばす感じに変わった。


「おいおい、おい、あっしらがお客様の商品に干渉すんのは如何なものかと思いやすがねぇ?」


 ドスの効いた声だった。やべぇな番頭さん。

 大男も迂闊だったと頭を掻いて詫びたが、こちらとしては願ったりだ。ブルー叔父さん、仕掛ける気満々じゃねーか。


「現場にも無理を敷いてるのは理解してるわ。ストレスだってあるって事も。このまま検修に入るけれど、よろしくて?」

「事務へ案内しやす。副長さんは引き続きこちらを」


 やんわりと言ってるが、眼光は鋭いままだ。

 大男は肩を竦めて仕事に戻って行った。


「それじゃあサツくん、お姉ちゃんお仕事に行ってくるから」

「休暇はいいのかよ」

「辺境伯にとっても大きなイベントだから現場で頭を張りたいのはそこそこ居るのよ。こちらで指揮して見せれば人事に臨時雇用を捻じ込むのも自然だわ」

「お姉ちゃん好き」

「うん、今晩ね」


 そういや、昨夜は新しい杖を馴染ませる余裕も無かったな。


「俺は、こちらの組合にちょっと顔を出してくる」

「トレーダー商工会にでしたら仲介いたしましょうか?」

「それには及ばない。菓子折りはこちらで準備してるよ。昨夜泊まった宿屋の銘菓らしい」

「ああ、あの声の漏れない所の」


 そんな覚え方される宿屋って。




 商業区の雑踏を進むと、背後に迫る気配を感じた。

「サツくん!!」と呼ばれて振り向くと、バーベナさんが駆けてきた。


 ……あれ? おかしいな、感が鈍ったかな?


 一瞬、誰に声を掛けられたのか分からなかった。

 上下に揺れる胸から視線を逸らし、彼女が来るのを待った。


「どうしたの? 何か不備でも?」

「どこに行くのかな、て」

「行商人の商工会にね。今朝の司祭の件でちょっと。今、言わなかったっけ?」


 正しくは、司祭が去り際に言った行き先だ。

 あの呟きは俺へのメッセージと受け取った。


「そう。じゃあ組合のテナントに行くのね」


 そういや雑居の大型店舗だった。バーベナさん詳しいな。


「一緒に行く?」

「仕事に戻るわ」


 興味を無くしたように背を向ける。

 去っていく彼女を見送ると、行き交う人の陰になった瞬間、ふっと姿が見えなくなった。




 暫く路地を進み、角の先に目的地が見えた頃だ。

 右手の細い通路で助けを求める声がした。


「あぁ、誰か。誰か助けてかしら?」


 助けを求めていた?

 商業区の午前の業務は搬出搬入で慌ただしい。人の出入りが激しいのに、気づくと一人で佇んでいた。

 人払いの結界かな。


「誰か――例えばそこの綺麗なお兄さんかしら?」


 めっちゃ具体的に俺を名指ししてきた。


「……。」

「て無言で通り過ぎないでよ!!」


 背の高い建物が隣合う裏路地は、不思議と午前の陽射しも忌避するらしく先が見えなかった。

 どうしたものかな。


「あ、私、女の子なので人違いです」


 我ながらキモい裏声だ。ハナモモ復活? うるさいよ。


「え、嘘、こんなに綺麗なのに!? 凄い美人さんなのに!?」

「何を助ければいい?」

「やだイケメン」


 ……俺、ちょろくない?


「ちょっとこちらに来てくれるかしら。罠を解除して欲しいのよ。こんなネズミ取りなんかに……おのれヒューマンめ!!」


 関わっちゃ駄目な奴か?


「わ、ヒューマンいい人かしら!! 良き隣人!! 後ずさらないで!!」


 面倒になってきた。


「この人避けは君かね?」

「そうね。行ってもいいけれど、またここに戻ってくるわよ」

「結界に引っ掛かったのは俺のほうか。スキルというより呪いの類かな?」

「ちょっと失礼よ? 祝福のようなものだから」

「君は何者かね?」

「名前は無いかしら。姉さんは素敵な名前を頂いたようだけれど」


 いまいち噛み合わない。敵意は感じない。本来なら結界の破りかたを検証すべきだが……。


「オウケイ、そちらへ行く。変な素振りは無しで頼むぜ」

「したくたってできないわよ」


 誘われるままに路地裏へ足を踏み入れた。

 すぐに奇妙なモノが視界を覆った。

 人間サイズのふわふわした毛玉が通路を塞いでいたのだ。

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