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336話 彼女の敵

 教会組の背を見送る。これ以上の関わりは駄目だ。優しさだ。

 手持ち無沙汰に佇んでいると、反対側の離れの扉が開いた。タイミングを逃したか。

 現れたのは外套のフードを目深に被った二人組だ。


 ……何なんだ? この帽子とかフードの隠蔽に対する信頼感は?


 昨夜の露天でハッスルしちゃったカップルだろう。女の方が男の影に隠れるように寄り添っていた。

 気まずい。

 視線を外し、一旦部屋に戻ろうと離れの玄関に踵を返したら、こちらの扉も中から開いた。なんてタイミングだよ。


「待ってサツくん、お姉ちゃんと一緒に行こ?」


 バーベナさんがすかさず身を寄せてくる。距離間が精神的にも物理的にも短縮したな。

 フードの二人組の視線に気付き「あ」と言って一歩離れた。

 よし。ここは仲のいい姉と弟を演じて誤魔化(巻き返)すぜ。


「大丈夫だよ、お姉ちゃん。さっきまで司祭さんに祝福を受けていたから」

「祝福!?」


 ん? 声を上げるほどか?


「朝までお姉ちゃんを無茶苦茶にしたからって、もう子宝祈願なの!?」


 やべぇなこの女。

 心なしか、フードの二人組から羨まし気に見られている気がした。


「あなた方もご姉弟で……いえ、失礼」


 男の声は感動すらしていた。

 俺、また何かやっちゃいました?


 ……あ、やってたな。姉のように慕っていた人と朝までやってたな。


「すまない、声をかけてしまって。それと昨夜はお騒がせしてしまったな」

「隣の司祭の方が迷惑だったから気にしないでくれ。お互い様だ」

「教会の司祭殿が? ああ、例の件で滞在しているのか」


 男が、背にぴたりと寄り添う女へ視線を落とす。


「私たちも内々に祝福を授かりたいものだが」

「過分な望みでしょう」


 穏やかな女性の声が応えた。

 なるほどね。こんな宿に泊まる客だ。結ばれてはならない関係だって不思議じゃない。


「では、失礼する」


 この話はここまでとばかりに男が挨拶すると、二人揃って通路へと消えていった。


「サツくん? あの二人って」

「……玄関が並び合ってるのは設計ミスだよなぁ」


 朝から変な気を遣い過ぎた。

 しかし、ただの領民じゃ無かったか。婚儀の事を知っている風だったが。




「昨夜はお愉しみでしたね」


 ニュアンスがもうね。

 食堂の受付で、例によって従業員の婦人が絡んできた。


「君は懲りないな。女将さんに絞られたんじゃ無かったのか?」

「はい……久しぶりに、凄いのを頂いてしまいました」


 うっとりとする。

 この人も相当だな。


「思わぬボーナスでした」

「そ、そうか

「棒な茄子でした」

「ショウワのギャグかよ」


 尚、ショウワは三代目勇者が持ち込んだ言葉で、特定の年代を呼称した物だと言う。奇怪なのは、稀に元からその単語を知る人間が存在するのだ。召喚勇者でも無いのに。


「サツくん……。」


 バーベナさんがぴたりと寄ってくる。ああ、分かってる。さっきの二人組は不思議と許容できたけど、他は違うもんな。

 グッと爪先立ちになり俺の耳元へ顔を近づけた。


「……今夜もお愉しみ、かしら?」


 何言ってるの? 朝から欲しがり屋さんなの?

 背筋に走る気恥ずかしい電流を表情に出さず、端的に席へと促した。

 囁きが聞こえたのか、婦人は終始ニマニマしていた。




 食堂は、盛況だが教会の連中も、フードの二人組も居なかった。

 良かった。気まずい空気にならなくて。

 客層は冒険者や商人、観光の団体客、アベックと様々だ。

 情報収集を兼ねて聞き耳を立てるが、むしろ教会組とフード組以上の引き出しは無かった。というか、あのメンツがあのタイミングで隣り合ってたのが奇跡だ。


「窓際を避けなかったのね」


 向かい合うバーベナさんが怪訝そうにする。実際、冒険者のほとんどが奥側に陣取っていた。職業柄、どこで恨みを買ってるか分からない。


「外からの狙撃等襲撃を警戒するのはセオリーではあるけれど、南正面ゲートの通りに面してるからね――そろそろかな」


 とは言ったものの、お目当ての一団はまだ通らない。


「さっきの教会の話し。ドクダミ領都は巡礼地でもないのよ。ならやっぱりセレモニー用かしら」


 バーベナさんがパンの最後の一切れをどうに飲み込んで一息ついた。目の前のサラダとスープはまだ残っている。今朝は食が細い。


「一応は宿も埋まりつつあるからね。商業組合の方が急な観光の増加に頭を捻るのはどうかと思うけれど」

「今だって話題に出ないくらいだから? それでお声を掛けたの? この状況で不審に思われないのかしら」


 遠回しに非難されてる。こういう所はちゃんとお姉ちゃんだなぁ。


「タイミングが悪かったよ。出会い頭だったから」


 むしろバーベナさんと一緒じゃ無かった事こそ重畳としか。

 まさに出会い頭に告白されたんだもんな。これで誤解をされたら話が拗れる。


 ……いや、誤解じゃ無いんだけどさ。


「ふぅん」と腑に落ちなだそうだったが、彼女は残りのスープに口を付けた。

 左手で長い髪を耳の後ろにかき上げる仕草が、妙に艶かしい。昨日の夕食までは、こんな風に彼女を見る事は無かった。


「どうしたの、さっきから?」


 少しだけ眉を寄せる。俺が答えに迷うと、苦笑いした。


「今朝は凄く見てくるわね。お姉ちゃんに見惚れちゃった?」

「不思議と見方が変わった」

「あら」

「こんな可愛らしい人を朝まで好き放題にしてたんだなって」

「ちょっ……何でそんな事を言うのかなぁ。もう!!」


 頬を染め拗ねた仕草が可愛らしい。今までに無い感情の芽生えを自己に感じる。


「体の調子はどう? 辛くない?」

「そればかりね。まだ痛みと違和感はあるわ。サツくんがお腹に居る感覚。不思議ね、まだここに入ってるみたい。あら?」


 俺の表情を見たバーベナさんの目が、にんまりと笑う

 ちきしょう。そんなに見るなよ。


「――来たぜ」


 バーベナさんの右手の窓から、二台続きで馬車が迫るのが見えた。

 俺の視線に気付き彼女が肩越しに向く。


「どこかのお貴族? 紋が無いわね」


 貴族と断定したのは二台とも馬が四頭立てなのと、車体が重厚だからだ。それに従属するように、幌馬車が三台後ろに続いた。


「おかしいな。使節にしては数が少ない。それらしいのは先頭の奴だけで、後続がなっちゃいない。轍と車両の沈み方から腹に人間か物資を満載していると分かるが、普通ならもっと仰々しいだろ」

「ああ、そう言うこと。夕べ私が言った御一行が来たのね。どこで運行計画を知ったの? あのまま始めちゃったから情報を集める時間は無かったはずよ? あ」


 予告なしに赤面した。「あのまま始めた」が刺さったのだろう。


「宿屋だって組合は持ってるだろう。中規模店の分店だってオーナーなら顔も聞くさ。そもそも空室の分配や共有が必要だから、海外使節なんてのはすぐ行き渡る」

「魔大陸のおっぱいげふん、例のおっぱい情報屋じゃないのね」

「そっち心配してたの!? いやそれだとおっぱいの情報を扱ってる裏家業みたいになってるけど」

「何それ? どこそこの奥様のおっぱいが感度がいいとか? おのれ!!」

「お姉ちゃん本当そのおっぱいを敵に見るのやめようよ?」

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