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334話 それは土魔法じゃなくて

最初に言い訳。

浮気や不貞はクズだと思うし、嫌悪します。

 真相と事態は見えた。なのに、根本が判然としない。バーベナさんが端端で濁すのも気になる。


「いずれにしても潜り込むまでは何もできないわよ?」

「ヘリアンサス陛下の親書は? アザレア王は受領してるんだよね?」

「そっちに戻すかぁ……だからそこはサツくんが心配する所じゃないでしょ」


 火中に入るのに状況が把握できないのが一番怖いんだよ。


「どのタイミングで婚儀を潰すかの判断基準は必要だよ」

「王家の関与は否定してるのに?」

「そっちは予測だよ。え、まさか他国の申し入れに公式な見解すら返してないの?」

「そこも自分で言ってるわよ」

「ああ、だからその王侯の素性に確証が無いって話になるのか。窓口か、公国行政が既に北方共和に汚染されてたら……。」


 公国はヘリアンサス陛下に正しい情報が登らない。ハイビスカスの『箱』でも無い限り。


「でも、ドクダミだって拒否権はあるでしょ? こんな搦め手みたいな真似をしなくたって」

「さぁ? それが出来れば苦労しないんでしょうけど、私の口から何とも」


 それは(けだ)し事情通を白状したようなものだ。俺に言えない、というより彼女の性格からして公言を控えてるって所か。


「これ以上は、聞かない方がいい?」

「うっ、そんな顔をしたって……。」

「お姉ちゃん?」

「……まぁ、聞かれてサツくんに不利益があることでも無いかぁ」


 諦めたようにため息を吐くが、逆に俺は後悔した。彼女の優先順位は俺だ。これ以上は変節の強要になる。

 夕日に染まる街並みを、影を追うように無言で付き従う彼女を思い出した。

 ゼラニウムさんへの態度の時点で分かってたはずだ。


「どうしよう。今、凄く報いたい気持ちだ」


 素直に言葉に出た。

 皮肉も何も無い。

 バーベナさんが一瞬だけ俯いたが、すぐに顔を上げてソワソワした。飴色の髪の毛をもじもじとイジる姿が可愛らしく見えた。


「明日の朝にはクレマチスの本隊が到着する。早目に休もう――って、ええ!?」


 焦った。

 ちょっと誤魔化したらバーベナさんの頬を、ランプの灯りに照らされた大粒の涙がボロボロと伝っていた。


「ちょ、どうしたの!? いや、ごめん、俺が悪かった。待って落ち着いて、ね? ちょっと臆病になっただけだから!!」

「ぐず……う、うん、私のほうこそ、ごめんなさい……へぐ」


 ああ、良くない。ガチで泣かせちゃった。

 彼女と再会してから泣かせてばかりだな。半分はゼラニウムの兄ちゃんのせいだけど。


「せっかく……素敵なムードの部屋だから……期待してたのにって思ったら……。」


 その期待に応えちゃ駄目だろ。


「俺にはクランが居る。彼女を裏切るような真似は出来ない」


 毅然とした態度を示せないのに、何を言ってるんだか。

 彼女との距離は驟雨(しゅうう)のようだった。急に地面を叩いたかと思うとすぐに日差しに変わる――そうか。俺は甘えていたのか。都合が良すぎたんだ。


「分かってる……分かってるのサツくん……ぐす」


 涙を堪えようとする姿がいじらしい。

 ゼラニウムさんは弁えてる。彼に比べ誠実さで人後に落ちないなんて思い上がりだ。


「隣に行ってもいい?」


 そうやって彼女にケジメを付ける機会を奪う。

 僅かに肩を膠着させると、飴色の長い髪が縦に波を作った。

 左側に座る。

 密着じゃ無い。それでもバーベナさんの体の熱を感じた。

 そして、今更ながら香りの違和感を知った。

 今までだって危うい瞬間はあった。

 ログハウスで二人きりの夜だって過ごした。

 いずれも、互いに踏み込む事は無かった。ましてや、バーベナさんは良い姉であろうと振る舞った。

 何が彼女の背中を押したもうか。

 大浴場の開放感か、部屋を染める暖かなオレンジか。或いは仄かに通気口から香るオリエンタル調な匂いって匂いこれ原因だー!!


「ちょっと待ってて!!」


 ベッドの壁側に備え付けの通信管を開く。高級宿屋には大抵ある連絡手段だ。

 すぐにフロントが出た。って早いな。


『いかがなされましたか?』


 昼間のご婦人だ。まだ勤務中だったのか。


「この香りは何だ? 客に一服盛る気か?」

『サービスで御座います。距離を詰められないお二人が盛り上がりますように』

「余計な事してんじゃねーよ!!」

『さぁ舞台は整いました。夜は長いですよ』

「テメェ……聞き耳立ててたな」

『……。』

「答えろや!! 自慢の秘匿性能はどうした!?」

『お聞きください』


 少し間があって、通信管から水っぽい音が響いた。


「何だ? 何をした!?」

『私の準備も整いました。さぁ、姉弟水入らずです。存分に盛り上がっていきましょう」

「オメーが聞いてんじゃねぇーか!! 人の情事をオカズにすんなよ!! 水入りだよ本当にもう!!」


 ゴッ、という鈍い音が通信管の向こうで響いた。


『……。』

「おい? どうした? 今度は何をやりやがった!?」

『……。』

「今度は何をした!? おい!!」

『当宿の従業員が大変失礼をいたしました、お客様』


 女将さんだった。

 さっきまで隣の部屋に乗り込んでたらしいが。本当、経営者って大変だよな。


『本来でしたら女将の私が直説お詫びに伺う所ですが、今後、このような事はいたしませんので今日のところは何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます』

「配管の香りの停止と部屋へのモニターを止めてくれたらそれでいいよ」


 これ、口頭で注文しなきゃ駄目なやつか?


『かしこまりました。それではごゆっくりなさってください』


 会話の終わり確認し、通信管の蓋を閉めた。

 その間に妙な香りは収まっている。やっと一息つけるか。


「どうしよう、サツくん……お姉ちゃんすっかり準備が整っちゃった」

「耳もと!!」


 熱い吐息と共にねっとりとした女の声にゾクリと来た。

 反射的に振り向くと、トロトロに蕩けたようなバーベナさんの顔があった。さっきまでの泣き顔とは違う意味で瞳が濡れている。

 通気口からの香りは止まっていた。なのに、甘い匂いが濃厚になった。


「ごめんなさいサツくん……耐えなきゃって思ったのに……こんなお姉ちゃんでごめんなさい……。」


 上擦った言葉は、己に課した呪詛では無いのか。躙り寄る彼女の火照った肌が、汗で妖しく照り光る。そしてこの匂い。甘く、心臓が跳ねるような。


「サツくん」


 俺の手を震えながら取る。

 少し躊躇った後、その手を自ら股間に導いた。浴衣を割ったその先に、途方もなく熱にこもった湿地帯があった。

 くちゅりくちゅりと鳴るたびに「ああ」とバーベナさんが呻く。


「あえて意識しないよう努めていたのに、不可抗力とはいえ、俺にも止められないぞ?」

「望むところよ」


 何で男前になった?

 だが、指をくいっくいっとするとぬぽんぬぽんと反応してジュワッと溢れてくる。その都度、バーベナさんは自分の人差し指を咥えて声を押し殺した。


「いいよ、声出しても。はしたないなんて思わないから。いっぱい聞かせて?」


 囁きながら、冷めた自分がこれは裏切りだと警告する。

 愛するクラン・ベリーへの裏切りだ。

 これからの行為に期待するのもまた。


「意地悪……。」


 蕩けた顔で拗ねて見せるのは反則だ。




 秘密の部屋で何が行われたかは誰も知らない。

 ただ思った事は一つ。


 バーベナさん凄かった。これじゃ土魔法じゃなくてちつ魔法だよ……。

オチ、最悪だ!!

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