332話 板バン
ちょっとだけ下品です。ちょっとだけです。
宿屋に戻った頃にはバッドステータスも回復した。それでもはしゃぐ気になれず、本館食堂で夕食を食べた後は部屋に引き篭もった。
「行かないのかしら?」
「こっちの部屋風呂だって小さいながらも露天だからね」
「一緒に入りたいのね」
「チェックアウトは四日後だが明後日には別邸入りだ。今のうちに大浴場を楽しみたまえ」
どのみち大浴場は混浴じゃ無い。連れ添う意味は無かった。
バーベナさんを送り出し、無造作に装備を脱ぎ捨てていく。アンダーウェアと下着類も。そっちはフロントのクリーニングサービスでもいいかな。
ちゃんと男ものだし。
テラスから外が内風呂を兼ねた露天になっていた。
情報の秘匿性能からこの部屋を選んだが、露天は別だ。温泉の誘水と排水の構造上、左右隣と戸板で隣り合っていた。
バーベナさんと入っても、そりゃはしゃげないよな。
「ッ!! ッ!! ッーー!!」
ビックリした!?
な、何!? 何したの!? 突然隣の露天から女性の艶声とか湯をバシャバシャする音とか響くんだもん。そりゃビビるって!!
……。
……。
あー、これ致してるんだわ。
完全防音って触れ込みに油断してたのかな。
「ッ!! ッ!! ッーー!!」
それにしても激しいなぁ。
「ッ!! ッ!! ッーー!!」
いやもう少し手加減してやれよ。
「うるさいわよ!! 何盛ってんのよ!!」
バンっ、と反対側の戸板が叩かれた。ビビった。っていうかウチじゃないし。
「こっちじゃ無いよ!! 反対側の客だよ!!」
と返してやると、
「あ……す、すみません、あたしったら無関係なお客さんに……。」
「俺も言いすぎた」
板バンしたのは女性客一人かな? しかしいい音がしたな。
ピシってなって数瞬遅れでヒビが入ると、派手に戸板が割れた。
「いや向こうのアンアン声が五月蝿いからって器物損壊までする事ないだろ!!」
咄嗟に背を向ける。
「ご、御免なさい!! あたしはもう上がるから、ゆっくり温まってください!! ――ああん、どうしよう!! また母さんにぬる殺し(意訳:半殺し)にされるぅ!!」
ザブザブと、戸板を破壊した女性が自分の部屋に引き返した。
やべぇ。見晴らしが良くなっちゃったよ……どうすんだこれ? 隣と繋がってちゃ秘匿性もクソも無いだろ。
お湯に沈んだ戸板の破片を掬い上げてみる。
分厚い檜を削り出した職人の一品だ。壁バンで割れるような物じゃ無い。
気づくと、真っ最中だった反対側が静かになっていた。
こちらの騒動に、部屋に戻ったんだろうな。
「……それは危うかったというか、残念だったというか」
大浴場でほかほかになったバーベナさんに、露天の惨状について説明した。
お隣さんが開けた壁は、宿屋のスタッフが応急処置を施した。
あと女将さんが謝罪に来た。隣の客を半殺し(意訳:半殺し)にすると腕まくりして出て行ったな。
「それ以降はどちらも騒音は感じなかった。防音効果は相当優秀のようだ」
「……あ、はい、そうですね」
「バーベナさん?」
何だか上の空だ。
……。
……。
「まさか、意識してる?」
ビクンと小さな肩が跳ねた。
……。
……。
「バーベナさん?」
「だって仕方ないじゃない!! 今までの同棲生活は仲の良い姉と弟ですませて来れたけど、こんな!! ……こんな……いい雰囲気の部屋に二人きりなんて」
なんて切なそうな顔で見上げてきやがる。
湯上がりの肌に潤んだ瞳が扇状的だった。思わず震える肩に指先が伸びかけた時だ。灯が照らす艶やかな唇がとんでもない事を吐き出した。
「サツくん……今夜だけは私の事……。」
「バーベナさん……。」
「本当のお姉ちゃんだと思って?」
「兄弟的な幼馴染の方向!?」
咄嗟に手を引く。
やべぇ、フライングする所だったよやべぇ。
「その上で、本当の姉だと思って手を出して」
「特殊過ぎだよお姉ちゃん!?」
「一応、嫌がって見せるけどそこは力づくで」
「お姉ちゃんしっかり!!」
駄目だこの女!! 目がぐるぐるして自分で何言ってんのか理解してねぇぞ!?
「それともサツくん!! まさかサツくん!!」
「お、おう」
「妹になりたいのね!!」
「オメー酔ってんだろ!!」
「妹になってお姉様にタイを直して欲しいのね!!」
第一学園じゃお姉様と呼ばれた事があったが、アレは任務中だ。
「俺にそんな趣味はねーよ!!」
「我が辺境伯魔法大隊の諜報網によると、ワイルド坊っちゃまとお互いメイドの格好で貪りあったと言うではありませんか!!」
「誰だよ!! そんな事吹聴してる奴は!!」
「さっき買った装備をこんなに早く装着してくれるだなんて!!」
「パンツか!? 俺向けとか言って買った女性用のパンツか!?」
「ちゃんと上下とも揃ってるわよ!! お揃いよ!!」(ババッ)
「待てっつってんだよ!! この女、勢いでクロスアウトしやがった!!」
「同じ下着になるのよ!!」
「ならねーよ!!」
「ブラが曲がっていてよ!!」
「サイズ合ってねーだろそれ!!」
「さぁ選びなさい。弟としてお姉ちゃんに貪られるか、妹としてお姉様に導かれるか――選択して、サツくん!!」
「果たして、そうかな?」
「え……?」
「いつから選択肢が二つだけと思い込んでいた?」
「そ、そんな、まさか……!?」
「お前が妹になるんだよッ!!」
今思えば、はしゃぐ気になれないままの方がどれほど楽だっただろうか。




