330話 見分け方
一つ、確認しておかなくちゃ。
「それで、理由を聞かせてもらおうか? 何でバーベナさんに俺のおちんちんを勧めたの?」
「サツキくんのおちんちんは……共有財産だから?」
そっか。良かったよ。
ドクダミ伯爵との婚儀が本格化して心変わりでもされたかと懸念したが、ああ、これはそれ以前の話だ。見た目だけでも分かるのが、むしろ何故気づかない?
「そんな!! クラン様がそんな風に雑にその、男の子のそこを、その、言うだなんて!!」
ガーベラさんが一番衝撃を受けている。この中で付き合いが短い故の幻想か。
「お嬢様なら言いかねませんね」
「実際言ってたぞ。三日間何度も繋がった時なんて、最後はそれを連呼しながら絶叫してた」
「「「お嬢様(クラン様、あの子)に何やらせたのよ!!」」」
全員から非難された。
そうは言っても、クラン自身がその事で気分を高める節があった。詳しい描写はできないけれど。
「あの子って事は、やはり違ったか。覚悟は聞くまでもないな? 我が最愛のクラン・ベリーの姿を騙る何者かよ」
俺の言葉に二人がはっとなりクランを見る。
シックなドレス姿の少女は、優しげな笑顔で首を傾げた。
「何を言っているの、サツキくん? あー、早くサツキくんのおちんちん食べたいなぁ」
「公共の場でそんな事言わねぇよ!! 馬鹿にしてんのか!!」
バーベナさんとガーベラさんが、ドレス姿から反射的に距離を取る。流石だな。
「サツくん、魔法じゃないわ。ここ、私の術も出せないから」
「知ってるよ」
心当たりはある。
「クラン様に化た上に誰にも気取られず侵入するとは、何て恐ろしい技でしょう」
「それは自画自賛か?」
似たような術なら見たことあるが。
「酷い……サツキくん……私だよ? クランだよ……サツキくんが、その、三日三晩、あ、アレした、えぇと、ほら、ね?」
「ねじゃねーよ」
照れるなら言うならよ。成り切れよ。
「はぁ……いいわ、もういいわ!! 本当、何なの!? 何なのアンタ!?」
「急にキレるな」
「あの清楚で慎ましくも美しいクラン・ベリーに、そんな外道な振る舞いを行うだなんて!! 許されると思ってるの!?」
クランの顔の女がクランをベタ褒めしていた。
「許すも何も、後半はクランから責められっぱなしだった……。」
「そんな訳ないでしょ!! あんな小さくも可憐なつるこけももの花のような子が、三日三晩イキリ立った男の物を、そのアレとかそういう感じの、その、もう!! 何なの!? 本当なんなの!?」
「俺が聞きたいよ!!」
最初の違和感がコイツだ。誰も知らないクランの独占欲だ。大体、深更を過ぎた頃から豹変する。恥ずかしそうに声を押し殺した娘が、転じて獲物の肉の一片すら味わう肉食獣と化すのだ。
絶叫ともつかぬ野太い呻きにまみれた言葉は、いつだって俺のモノを独占する宣言だ。――私だけのものよ、と。
「サツキが敵だってことはよく分かった」
睨め付ける眼光に殺気が灯った。
ゾクリとした。
顔は未だにクランのままなのだ。小夜嵐のように荒れ狂いだした彼女にも無かった変貌である。
「その顔で語るな」
「ほぅ」
と、目を細めた。
「偽物と分かっていても好いた女の顔で挑まれれば気後れするか」
「クランじゃ絶対ないって分かっててもクランの顔で来られると、その……えっちな気分になります」
言わせんな恥ずかしい。
「な、なんだこのハレンチな輩は!! 女の子のような顔をしておいて、中身はとんだモンスターよね!!」
「うわー、流石にそれは無いわよ、サツくん……。」
「ちょっと引きますね、サツキ様」
どうやら孤立無援のようだ。
「お二人さん、どいていて。この外道は今ここで始末する」
細い腰が重心を落とした。
彼女の腹筋は指と舌で知り尽くしたはずだ。但し、それは本物の、だ。
予想以上のバネで華奢な体が迫った。ひとっ飛びに背後に回した右手が俺の喉を目掛けて銀線の弧を描いた。
「ヒュウ」と呼吸音が鳴った。
ステップを踏む。
回転で迫る刃を踊り子スキルの回避盾でかわす。
ストレージから出した短剣がクランのドレスに先端を沈めると同時に、彼女は大きく飛び退いていた。その背には大きなガラス窓があった。
「今日は貴様のスキルを見ただけでよしとしよう。次こそは」
ガラスの割れる音色が重なり、彼女の姿がモザイク柄に煙った。
心当たりはあったけどあの人でも無かったか。
窓辺に寄り、クランの姿が無い事を確認した。既に通行人の誰かに化けたのだろう。
「お嬢様の姿と声を騙るのにも限度があります。今のは――。」
バーベナさんの声に振り向くと、彼女しか居なかった。ガーベラさん、動きが早いな。
「アテはあったけど外れたな。既知の人じゃない。俺の敵だがクランに対してはそうとも感じなかった。さて」
姿を偽ったタネは、上位のカメレオンスーツだろう。
アネモネの村長を演じたポリアンサさん以外に、ブラック・ベリーの傑作を受け継いだ者が居ても不思議じゃない。
……。
……。
やだなぁ。こんな感じでぽんぽんブラック婆ちゃんの作品の使い手が出てくるのかなぁ。
階段から押し寄せる職員の足音を聞きながら、眩暈がするのを堪えた。
「それにしても」
バーベナさんが遠い眼差しで割れた窓の向こうを見上げていた。
「おちんちんの話で偽物が見分けられる辺境伯令嬢って一体……。」
本当にね。




