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328話 ドクダミ領の良い部屋

女将のヒメシラギクをシロタエギクに間違えて書くことがありますが、全く違う花で御座います。


 嫣然(えんぜん)と歩む着物姿を認め、肩の力が緩んだ。この女性()常識を弁える(無茶をしない)


「お久しぶりですわね、お客様。お連れの女性が変わっておられるようですが」


 一言余計なのは客商売としてじゃないからか。一歩親密な距離を意識させてる。こちらの無理を聞いてくれるって事だ。


「そういうんじゃないよ? 今は二人パーティで臨時に組んでいるだけだ。二部屋取りたい」

「良い部屋があります――えぇ、大丈夫そうね」


 カウンターを一瞥(いちべつ)する。いやそれ大丈夫じゃない(ナニするための)部屋だよね?


「全国展開のチェーン店じゃなかったと思ったけれど。ヒメシラギクさん?」

「お義母さんと呼ばれる覚悟はとっくにできていてよ?」

「誰目線でだよ!!」


 この人もどうかしている。せっかちなのか?


「一応、俺はフラれた身なんでね」

「またまたぁ」

「いや、前のグリーンガーデンを追放された時に」

「……娘に会ってきます。ここは任せました」


 従業員にくるりと向くと、婦人が絶望的な顔になった。


「オーナーぁ、これから怒涛のご予約様ラッシュなのにぃ!! 応援で来てくださったのではないのですか!?」

「馬鹿娘をしばき倒すのが先決です。聖女様を連れていた時はそんな事一言もなかったのに。今度彼氏を紹介するとか言っておきながら世迷言を」

「ひぃぃ、くわばらくわばら」


 ヒメシラギクさんの殺気に当てられ、従業員のご婦人が拝み出した。

 何だよこの宿屋?

 そもそも業務支援で来た応援が、本店勤務のオーナーって言うのがもうね。


「予約で埋まってるんだよね? 空室、大丈夫なのか?」

「その為のとっておきの部屋です。えぇと、サツキさんのお姉様?」


 訝しんでるだろうにおくびにも出さず、和かに話しかけるのは流石だ。あと、この設定いつまで続けようか?


「バーベナと申します。私のことは――あの、ツルコケで何度か」

「第四の高官になられたとは聞いていましたけれど」


 面識あるのかよ。旦那さんが辺境で余生を過ごした関係かな? なのに輒然(ちょうぜん)に姉弟を名乗るのを受け入れる。機知に富んでるのは女将(ジョブ)の経験か。


「思うところがあって絶賛休職中です……。」

「生え抜き揃いですからね。人かたならぬプレッシャーもおありでしょう。当館の源泉掛け流しはストレスにも効能が認められています。ごゆっくり、おくつろぎください」


 急に普通の旅館になったな。


「それではご案内いたします。地獄の一丁目へ」


 あ、見るの俺ね。地獄とか。




 左右吹き抜けの渡り廊下を案内される中、女将さんがさり気なく隣に着いた。

 正面を見たまま一言話すと、すぐ前に立ち先導を続ける。

 その背に、小さく了解したと返した。

 絶好のタイミングで接触してきたなぁ。




「飛び込みでこれか。予約が詰まった満員御礼の現状で優遇とは、先の茶番から何らかの民族的な集団倫理に基づく態度と了解したが……。」


 通されたのは本館より通路を渡った離れの前だった。平屋で間取りも大きい。()()()以上向けにしつらえた部屋だ。例えば、貴族が隠れて会瀬に励むとか。


「ご予約の多い時だからこそよ」


 瞼を伏せしれっと言ってくる。

 贔屓の引き倒しを警戒したが、そっか……隔離されたのか。前の宿でも戦闘行為で迷惑掛けたんだ。宿屋経営からしたら憂虞(ゆうぐ)もするな。


「やっぱ混むのはアレかな? 領主の所の」


 ()えて振ってみると「そうね」とヒメシラギクさんはバーベナさんを瞥見(べっけん)する。

 相変わらず和やかな表情だが、目が違う。持ちうる情報の公開制限を精査してるって顔だ。


「その辺は愛しの『お姉さん』に伺った方が早いかと存じますけれど――お貴族様は迎賓館や領主の館に身を寄せるから一般宿屋に影響は無いのよ」


 ブルー叔父さんやヴァイオレット家の面々かな。王族は無いとしても婚儀なら教会司祭が一個中隊で領入りするはずだ。


「なら恒常化した繁忙期か。こっちの離れは三棟あるようだけど、俺たちも含めて全て入っているの?」

「今はサツキさん達だけね。防音、対魔法も施しているので弟が旅先で愛しの『お姉さん』に昼間から声を上げさせても外には響かないから安心してお使いください」

「ふぇ!?」


 愛しの『お姉さん』とやらが妙な鳴き声と共に顔を一重梅(ひとえうめ)に染め俯いた。


「……べ、別に……サツくんになら……されちゃってもいいけど……。」


 か細い声で何か言ってるけど、うん、よく聞こえないな!!

 実際、彼女の声はロビーからの足音にかき消されていた。


「大変ですオーナー!! 音の漏れない良い部屋が!! 音の漏れない良い部屋がー!!」


 従業員のご婦人が血相を変えて来た。通路には他のお客も居ただろうに。

 絶対変なホテルだと思われただろうな。


「立て続けにご予約が入りまして、全て満室御礼になりました!!」

「サツキさんたちの分は?」

「死守!!」

「重畳」


 二人頷きあう。


「という事では御座いますが、中に入って仕舞えばお二人だけの世界です。お気になさらずご存分に」

「どうせ隣り近所も同じ事してますから、負目を感じる事はありません。大丈夫です」


 それはつまり……婚儀の介入作戦を企てる連中が俺たち以外にも居るって事だな!! みんなここの宿を使うって事だな!! よし問題ないな!!


「期間はひとまず四日借りたいが」

「前金になります。ですが、既にそれ以上のものをお支払い頂いたも同然」


 従業員のご婦人が身をくねらせる。

 女将さんが怖い顔で見てるよ? 謝るなら今のうちだよ?


「これ以上よく分からんサービスを受ける訳にはいかないんでね。ロビーカウンターへ戻ろう。繁忙期価格で支払うよ」

「気を遣わせちゃったわね」

「女将さんには以前の街で面倒を掛けたしね。それとそのまま外出する。鍵は預けて行くから」


「「えぇ!? やらないんですか!?」」


 婦人とバーベナさんが心外とばかりに声を上げた。何で仲良いの?

 女将さんが微妙な顔になる。

 離れに案内される間、言付けは彼女から受け取っていたのだから。

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