324話 真・サイクロプス討伐
結局サブタイトルに偽りあり。
月夜の天使と誰が唄ったか。
湿った大木の軋みが宵闇に鳴り、足元を振動させた。足底の揺れに合わせ飛び退いた。横殴りに粘体に塗れた黒い物体が襲いかかる。投擲された野盗の成れの果てだ。
「フッ」と小さく息を吐き両断する。血飛沫で視界が染まるのも僅か、2メートル飛びすさり、更に木立へ入った。
「騎士様!!」
娘の声に振り向く。隠れていろと命じたが、言葉がわからんのか?
「大事ないか?」
「ひぃぃ、こ、殺されるぅ」
身を案じたはずが、何故か俺の顔を見て竦みやがる。サツキがよく人をぶっ殺しそうな目線と揶揄したが、こんな娘にも効くのか。
「!!」(ギロ)
「ひぃぃ、お助けを!!」
なるほど。殺気を込めてもいないのに。
「!!」(ギロ)
「ひぃぃ、ナンマンダブナンマンダブ!!」
道理で市井から避けられたわけだ。俺が辺境伯家だからじゃなかったのか。
「!!」(ギロ)
「もうっ、無理……!!」(ジョワワ)
調子に乗りすぎた。
内股でその場にしゃがみ込みやがった。スカートと地面に染みが勢力を広げる。
「すまない、人相が悪いのは生まれつきなのでな」
「ひくっ……うぅ……いえ、騎士様みたいな壮絶な美貌に睨まれたものだから……軽く気をやってしまい……。」
「俺は騎士じゃねーよ」
ていうか大丈夫かこの女? どう配慮したものか迷うぞ。
「はた……その青い甲冑に絶世のお美しさと苦もなく四体の魔物を切り伏せるお力は……まさか瑠璃紺の天使様」
「人違いだ。彼の方は掛け値なしに可憐だ」
そして死を振りまく。美麗の悪魔よ。その域に到達するには未熟過ぎる。
「それよりも替えが必要だな。いやその前に水で洗い流さなくては。立てるかね?」
なるべく目線を外す。これ以上漏らされては手に負えない。
「(わたくしの事、あまり見ないようにして下さる。紳士ですのね)」
逆に熱い視線を向けられた。何故だ? 痴態を見られたいのか? アンスリウムに着いてきたサツキの舎弟に似たような趣味の娘が居たが、アレの同類だろうか?
「すみません、腰が抜けて、その直ぐには動けそうにも」
「……そうか、俺のせいか」(ギロ)
「ひいぃぃ!!」(ビクンビクン)
ぬかったわ。
「て、天使様!! 後ろっ!!」
彼女の視線が俺の背後を指すのは知って居た。木々を薙ぎ倒す響きが耳障りだ。巨影が月明かりを遮った。喧しい咆哮が重量を纏った。
「戯れるな戯れるな、今大事な所だ」
振り向きざまに抜剣した。緋桜剣・花見。要は切り伏せた。五体居たサイクロプスの最後の一体だ。
クエストの発注元をいいように全滅にしてくれた単眼巨人の生息域は、北方国境沿いの山岳地帯だったはずだ。
「さて」
「ひぃぃ!!」
「……お前は俺が何をしても怯えるのか? 恐ろしいのなら戦場にまで来なければいいものを」
ここの領主の2番目の娘だったはずだ。
ライトブレストメイルの軽装備で騎士団を率いた勇猛が今ではコレである。囲いの騎士も街も全滅になって尚、剣を構える気丈ぶりが俺の眼光一つで腰砕けに崩れるとは。
「全滅ではあっても、皆殺しではない。広義で3割の死者から損害評価を下すが……あとで詳しく聞かせてもらうぞ。伯爵令嬢よ」
「ひぃぃ」
いや尋問してるわけでは無いが。
命を取り留めた者が居る。死んだ者も居る。両者の状態で乖離が激しいのだ。この損壊現場付近に居た者が無傷だと? 騎士なら納得もいく。何の防具も防衛スキルも無い住民も同様なのだ。サイクロプスがそんな風に器用に立ち回れるものか。
尚、近隣に潜んでいた野盗の一団は例外なく皆殺しにあっていた。この差はおかしい。
「いずれにしろ移動をしよう。こちらで引きつけた分、街の生存者は生きながらえたはずだ」
「は、はい」
……。
……。
抱えていくの、嫌だな。
「自力歩行は難しいか?」
「……すみません」
「ではせめて、着替えておこう」
「着替えだなんて……。」
アイテムボックスから女性用の衣装と下着を出す。
「え、どこから?」
「特殊収納だ。おかげでパーティの女どもの荷物を押し付けられた。目算でのサイズだが妹のが合うな」
「妹さんのパンツを持ち歩くだなんて」
……そこだけ聞くととんでもない変態だな。
「脱いだら水を出す。それで清めたまえ」
「……動けません」
「……。」
「……動けません」
「分かった。ちょっと待て」
小ぶりのナイフを取り出す。娘が悲鳴を上げるより早く、瞼を裂いた。無論、俺のだ。
「な、な、何をなさってるので!? ご自分の美貌を何と心得てるのです!?」
そんな怒られ方をするとは。
「これで見なくて済む。お前も俺の眼光に怯えなくていいだろう」
「そういう事ではなく!! ……ああ、わたくしの為に、何という事を」
「これで俺が履き替えさせても何ら問題ねぇだろ」
「問題しかありません!!」
おかしいぞ? 二人羽織のタンデムでサツキにおでんを食べさせた事だってある。目が見えないくらいで小娘の下着を変え局部を洗浄する程度、赤子の手を捻るより雑作もないわ。
「話が進まん、さっさと済ませてしまおう」
「ひぃぃ」
目くらでロングスカートに両手を差し入れると、結局娘は悲鳴を上げた。
怯える要素は排除したはずだ。何がいけなかったのだ?
「ジタバタするな」
「ひゃ、て、天使様、いけません、そのような!!」
「ええい無駄な抵抗を。よし、膝まで降ろした。それと、見せ物じゃねーよ」
周囲の闇に声を掛ける。
気配も音もない。あれだけの破壊行動が幻ではと疑う静けさだ。
「ひゃう」
と伯爵の娘が悲鳴を上げた時、彼女の両足を持ち上げ汚れた下着を抜き取った。
同時に、影が二つ、左右から迫った。巨人ではない。おそらく人間サイズ。自ら視界を奪った今を好機と見たか。
「ぬわっ」
右手の男の叫びと同時にべちゃりと鳴った。
左手の男は声も上げず湯水を吹き上げるような音を高らかに立てた。迂闊に間合いに入るからだ。縦に切り捨てた。まずは一人。
「くそ、なんだコレは!? 何を顔に掛けやがった!? く、臭いぞ!?」
たった今、娘の両足から抜き取ったパンツだ。
「ご、ごめんなさい、それわたくしのパンツです、返してください」
「何!?」
驚愕しているうちに切り伏せた。
「テメェ!? 見えないんじゃねーのかよ!?」
周囲をさらに気配が囲んだ。
三人か。どれか一人でいいな。尋問するのは。
「一つ目を誘導したのはお前らか? 野盗もそそのかして配置していたな?」
剣を抜く気配がした。
距離を詰めてくるが、間合いには入らない。学習はするようだ。
「知らねぇな。そこの娘を渡してもらおうか」
「盛大に漏らしている女だが、いいのか?」
俺の問いに男たちが止まった。
「待て、ちょっと待ってくれ」
一人が制止する。その間、会話は無かった。アイコンタクトかハンドサインか。連中の中で何かしらの意思疎通はあったのだろう。
「分かった。一周回ってアリだ」
切り伏せた。
「さて、邪魔が入ったな」
「普通に続けようとしないで下さいまし!! ……本当に見えていないんですよね?」
「手の感触だけが頼りだ」
「ひぃぃ」
「続けるぞ」
「ひぃぃ……あんっ」
何故か艶やかな声が返った。
解せぬな。
拭いても拭いても、一向に湿り気が治らない。どういう訳だ?
次回もワイルド視点が続きます。




