320話 父、母のように
サブタイがネタバレになってますが、詳細は12話あたりのマリー編の方で語っています。
ただ一つ。クレマチス商会が足止めされる理由だ。パイナス常任を相手に業務妨害なんて怖くて誰にできるか。
……いやキバナジギタリス氏はやってたな。
「ルート近辺に強力な魔物が巣を作っておりまして、あたしら以外の商人もほとほとまいっているのですよ」
答えは簡単だった。
ほらギルドが先でしょ、というような目でバーベナさんが見てくる。うん、お姉ちゃんの言うことちゃんと聞く。
「冒険者ギルドに発注は掛けてるんでしょう? 討伐に困難なランクなのか?」
「一つ目一角の巨人でして。SSランク相当でも無ければなかなか危険なもので」
サイクロプス? 生息域を変えたか?
「念のため聞くが、頭部が魚類ないしは海の幸じゃ無いよな?」
「沿岸でも無いのに、そりゃあどこの世界の魔物ですかい?」
まぁそうなるよな。
普通の野生の魔物か。ダンジョン産じゃなきゃ凶暴度は下がるけど、相手が悪いな。ある程度知性もあり、腕力・防御力も高い。
「操られている可能性はどうだろう? 過去、聞いた話じゃトロルの群れを使役した邪悪な魔法使いが居たらしいが」
ソードマスターだかレジェンドアサシンだかが全滅に追い込んで、邪悪な魔法使いも行方不明ってオチだったが。
「近づきさえしなければ襲われる事はありませんで。ですので街道を外れるコースを確認中です。リスク評価が終わり次第出立しますんで、婚儀には十分間に合います」
後半はバーベナさん向けか。
「時間をかけて出立して、回避した先に危険があった場合はリカバリが困難ね。サツキ殿、一角の魔物はこちらで対応するのはどうかしら?」
「ふむ、その後も護衛の強化も兼ねられるな。先の要望が叶えられるなら、こちらは報酬も望まないさ」
何が「ふむ」だよ。お姉ちゃんアドリブで振ってくるなよ。
「間に合うといっても搬入計画は押すでしょうしね。えぇ、そこまでお付き合いを頂けるならあたしらも願ったりでせぇ」
にこやかに理解を示してくれた。よく汲み取ってるよ。番頭さんの商人としてのインテリジェンスは尊敬に値する。
「現地で辺境伯令嬢付きの使用人の公募があるかもしれない。採用の暁には――。」
「えぇ。ご武運をお祈り申し上げますよ」
「採用される前提だっつてんだろ!!」
とにかく向こうに潜入すればこちらのものだ。
「私が人事権を持てばいいのね。現地の指揮官次第だけれど」
俺と番頭さんの視線がバーベナさんに集まった。
この人。この期に及んで正攻法でいく気か。
「相手は他領の貴族だ。波風たたないのはありがたいが」
「辺境伯の人員を登用して問題なんて……あ、新婦の付き添いが男性なのは問題よね」
嫌な予感しかしない。
商業組合のプラットホームで魔物討伐の宣言し、喝采を受けた。
あまりの盛り上がりに、隣に立つお姉ちゃんが調子に乗り出した。
この後は冒険者ギルドかな。クエストの発注主がクレマチスなのは出来レースだ。どうせ誰も受注せんだろう。今回の依頼更新はキャラバンの護衛も兼ねている。これで俺たちがドクダミ領を闊歩しても不自然じゃ無い。
「少数移動の問題は解決してるから明日夜には戻るよ。そちらは――。」
天幕へ戻り、支給名目で積まれた物資をストレージへ仕舞う。このスキルを知る番頭さんが人払いをしたのは配慮からだろう。割と色んな人に見せてたけど……。
「へい、出立の準備に入りやす。それと、よくお似合いですよ」
更衣室から新たに身仕舞いしたバーベナさんが現れた。
「そう?」と言って冒険者姿がくるりと回る。
厚手のタイツを履いたミニスカートがひらりと舞った。パンツじゃ無いが見えたら普通に恥ずかしい。
トップスはブラウスタイプの装備でレザーのコルセットが巻かれている。両肩に掛かるのは、縁を金糸の刺繍で飾った青白磁色のハーフマントだ。
近年、ベリー領の女性の間で流行した色だ。一説には、辺境伯ご令嬢の髪色にあやかったと言われている。
何気にお化粧も変えてる。リップは新色かな。それに飴色の髪を編み込んでいるの可愛いな。
「頂いてしまっていいのかしら?」
「些少ではありますが、必要経費と思って頂ければ。はい」
何だかセンリョウサンみたいな手口を使ってくるな。
「新しい杖、会敵までに馴染めばいいけれど」
「今回はさておき、バーベナさんならいずれ扱えるよ。クランの杖みたいなパッシブじゃないけど、魔法の指向性を安定させるには相性がいいはずだから。今は馴染ませる時間が無いけど、そのうちには」
「どうしてサツくんが詳しいのよ?」
「……詳しくないよ?」
そっぽを向く。
女性魔法使いが杖の効力を最大限に引き出すのに、杖でナニをすることがある。周知の事実を知らぬ存ぜぬで通すのはマナーのようなものだ。
「それじゃあ、いいかな」
「人目のあるところだけでも、エスコートできる男は違うわ」
「そうかい」
腕をくの字に差し出すと、バーベナさんは迷うことなく手を絡めてきた。
天幕を出ると、クレマチス以外の商人達が見送ってくれた。
それぞれに声援をくれる。
おい待て、誰だ「百合百合しい」って言ったやつは?
「――まるで、あの時のようじゃなぁ」
懐かしむ声がした。堀の深い初老の男だ。日に焼けた顔の中で、遠い過去を写すように瞳が潤んでいた。
「トロルの襲撃をたった二人で防いだ男女が居た。俺ぁちょうどその商工会に所属しててなぁ。あれほどの絶望を味わった事は無かったよ」
生き証人ってところか。
だがそいつは光栄だ。正体は分からずとも未だ語られる世界一の剣術士と世界一の暗殺術者。彼らの偉業をここに我が手で再現できるとは。
「そしてあの時も、実に百合百合しかったのぉ」
お前かよさっきから変こと言ってたの!!




