318話 失う恋
注意。
幼馴染のお姉さんとのイチャイチャがずっと続く。
何かの罰ゲームを下されているようだ。
いや「ゆっくりして」を変に解釈したのは俺だけど。バーベナさん悪くないけど。
「サツくん?」
「お、おう」
「これは事故よ?」
「さっきも事故ってたな」
「!? もう!! 忘れてよ!!」
パジャマ姿でジタバタする。何だこの可愛い生き物。
あと揺れが凄い。あ、寝る時は付けないのか。
「お互い距離感を改めよう。俺だって子供じゃないんだ」
「私だって子供じゃないわ?」
「知ってるよ?」
「サツくんまで適齢期ギリギリだって言いたいのね!!」
えー……。
「バーベナさんは今でも憧れのお姉さんだよ。だから意識もしてしまう。それにまだまだこれからだから」
「でも……ゼラニウム殿には思いは届かなかったのよ」
違和感はかんじていた。あの後、この人はずっと空元気だったのか。
「そっちへ行ってもいい?」
「うん」
と体をずらしてソファの隣を空けてくれる。
バーベナさんに衝撃が伝わらないよう静かに座った。隣でモジモジする彼女は、記憶の中より小さかった。
「ゼラニウムさんの事、いつから意識していたの?」
「そりゃあ……ずっとよ」
照れたように飴色の髪の先をくるくるする。目線は反対方向だ。弟分と思っていた男子に恋話をひけらかすのに抵抗があるんだろうな。
「ずっと?」
「……見習いの頃から、かな。彼が指導役について、魔導に関してはずっと一緒だったから」
「出身は辺境伯の依子だって聞いたけれど」
「お互いにね。同じ師匠の元に着くまでは面識は無かったわ。というか、私、男の子の友達が居なかったから」
「それで面倒を見てくれる年長のイケメンに転んだと」
「転んだわねぇ。気づけばずっと目で追っていた。私生活でも一緒に過ごす事も増えて。舞い上がってたのよね。向こうも自分と同じ気持ちだって曲解してたんだと思う」
それは直向きな願望だったのだろうか。ゼラニウムさんも罪な人だ。
「一つ前提条件を確認したいのだが」
「私の傷口を広げようっての?」
「いや、単純な疑問。俺に三番目とか言ってたくらいなんだから、まだゼラニウムさんは狙えるのでは?」
あ、大きなため息吐いてジト目で見られた。
「サツくんはそういう所だと思うな」
どういう所だ。昼間暴走してた本人だよね? アレ、ちょっと怖かったんだからね?
「子供の頃の約束とは違うのよ」
「だから俺の三番目うんぬんがまさに子供の頃の約束だったろ!?」
ゼラニウムさんの今の恋人に配慮するなら分かるけど。何だろこの矛盾?
「ほら、サツくんはサツくんだから」
「やっぱ扱いの差か。兄いちゃん誠実だもんな」
「誠実っていうなら君も負けてないから安心して。本当に、カッコいい男の子になっちゃって」
「カッコいいとか初めて言われた」
どこ行っても女扱いだった。グリーンガーデン時代はワイルドのハーレム要員にすら見られてたもん。
「格好いいわよ。私の事よりも頭の上の蠅を追いたいでしょうに、この子は」
「何か?」
「こうしてお姉さんの事気遣ってくれるんだもの」
「そんなつもりは――いや、まぁ、俺で憂さ晴らしができるならそれで」
結局。最初に言った傷口を広げる行為かもしれない。バーベナさんの申し出にゼラニウムさんは真摯に答えた。どう消化するかなんて彼女の問題だ。
「よく、頑張ったな。流石は俺たちのお姉ちゃんだよ」
「……うん」
いつの間にかバーベナさんは俯いていた。
洗い立てのサラサラな髪が波のように室内灯を反射した。
「私……頑張ったんだよ。あの時から、ずっと。ずっと」
俺と出会った少女時代の彼女も、弱々しかったのだろうか。
歳の近い異性の後輩に、彼がそれ以上の感情を持ち合わせなかったと誰に断言できようか。
震える小さな肩を無造作に抱き寄せた。それしか出来なかった。
「ずっと頑張ったけれどお姉ちゃんね……フラれちゃった」
嗚咽が触れた体越しに伝わってくる。
何も返せない。
ただ泣きじゃくるバーベナさんを抱き寄せるだけだった。
何年も恋し恋し続けた人からの拒絶を、彼女を通して思い知ったのだと思う。
一時間ほど俺の腕の中で泣いていると、やがて嗚咽は小さな呼吸音に代った。
飴色の前髪を優しくよけて見ると、泣きはらした顔が寝息を立てていた。
普段のふっくらした唇と甘い瞳の美貌は、一言で言えば明眸に富んだ物言う花だ。彼女から言い寄られて悪い気はしないだろう。
ゼラニウムさんは節度のある態度を示した。
バーベナさんを想うからこそだとしたら、それは傲慢だ。歯がゆい。苛立たしい。なまなかなな俺にはできない。
「遠くて近きもの、極楽、船の道」
――男女の仲、と。
ウメカオル国の女王が語った言葉だ。
でもな。親しく成り過ぎて逆になることだってあるんだよ。あんな風にクランを傷つた。嫌悪にそれ以外の感情が突き上げられていた。
あぁ、なのに今は恋侘びて恋侘びて……あの人の面影を見てしまう。
一階のリビングに近い部屋のベッドへ彼女を寝かせた。
目が覚めた時、直ぐに誰かに会えないのは寂しいと思ったから。
テーブル前のソファに戻り体を横たえる。
自分への怒りなのか分からんが、この感情は持て余すな。




