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317話 ゆっくりしてと言われたので

出だしと終わりのギャップが酷いなこれ。

 外に出ると、ロッジに寄りそい体を丸めるホウセンカが首を上げた。

 俺だと認め、暗がりに浮かぶ二つの光が細まった。笑ったのか? 喉のゴロゴロという音が後を追った。頭部の柔らかい所を撫でてやると、満足げにあくびをした。

 頭上を仰ぐ。

 空が高い。星の宿りが全天を覆うようにひしめいていた。

 寄せる冷気がわずかに肺に染みる。思考をクリアにするには充分だ。

 あの甘酸っぱい空気はよく無い。姉さんとの関係が(いびつ)に拗れるのは嫌だ。

 白い紙片を取り出す。マリーの(ふだ)とは別だ。

 鶴の形に丁寧に折り、左手のひらに乗せる。呪文が仕組まれているのは助かるな。連絡用に限られるけど。

 折り紙の鶴は白い小鳥に化け、儚い羽ばたきを見せるとふわりと登り、綺羅星の中に溶けていった。あの瞬きの一つになったのかとセンチメンタルな事を考えちまったよ。


「これで届いてくれればいいけど」


 役目を終えた星空に背を向けロッジへ向かう。

 玄関のノブに手を掛けた時だ。

 ガンっと小鳥の嘴が俺の後頭部に刺さった。


 ……戻ってきた!? え? 返された? 呪詛返し? え?


 戸惑ったが、羽毛は微妙に薄桃色に見えた。違う鳥? いや返信用の式? めっちゃ早いんだけど!!


 俺の手のひらで、小鳥は正四角形の紙片になった。折り紙じゃないのか。この辺が術者とアイテム使いとの差かな。

 裏返すと文字が書かれていた。女性らしい綺麗な筆跡だ。この時間で書いて返信までしやがったのか。


「あのお姫様、なんだって商業組合大手の緊急配送業務まで把握してるんだ?」


 ハリエンジュ。今や鼻メガネの情報屋が本職になりつつあるのか。




 リビングに戻りローテブルに地図を広げる。

 式神の紙片に書かれた地名と記憶にある領地を照らすと、現在地から中央都市寄りに目的の街があった。

 幸いにも空路なら二時間程度の換算だ。


「近いのは助かるけど、クレマチスにしては商隊の動きが野暮ったい。いくら急な手配だからって」


 貴族の婚姻式なら準備に最短で半年は有する。本件発注日と必要物資の確保までは不明だが急ピッチな輸送と展開が前提になるはずだ。

 だとすると、婚姻の儀はドクダミ領じゃ無い? 費用はベリー辺境伯かたの持参金頼りとして、あそこは現場じゃ無かった。だからってスミレさんの所って訳はないし。


「ヴァイオレット家の後ろ盾なら貸付金だって当てになるから資金にものを言わせて協力会社や下請けをフル回転させ……てのは検討違いかな。なら次点で金と物が動くのは……。」

「婚儀はドクダミ伯爵領で間違い無いわ」


 戸口の声に顔を上げると、しっとりした湯上がりバーベナさんが居た。

 普通の女性向けパジャマだ。下ろしたてだからまだノリが効いている。


「クランもそちらに向かってるのかな?」

「ご当主夫妻が出席するのよ。二週間前からパイナス傘下が忙しなく調整に入ってたから、披露宴のバックアップはクレマチスで合ってるわね」

「いつから居たの?」


 ひょっとして俺が戻る前からドアの向こうに居た?

 何で入ってこないんだよ?


「お先に頂いたわ。いいお湯だから早く入っちゃいなさい」

「お、おう」


 何だ? 距離を感じる?


「ゆっくりして大丈夫だから」

「うん?」


 何でそっぽを向く?


「結納は辺境伯軍で搬送、で合ってるんだよね?」

「品目のリストは私もチェックしてるけど……あ、サツくんの名前も有ったわね」

「俺ごと結納を納める気だったのかよ!!」


 どのみち辺境伯ご一行の到着なんて待ってられない。その前が最後のチャンスだ。今度こそ決着をつけさせて頂く。




 廊下を渡り脱衣所に入ると、乾燥場に黒いブラとパンツが干してあった。視界に入らないように背を向ける。

 グリーンガーデン時代や、その後の男女混合パーティでは気にならなかったが、バーベナさんだと意識してしまう。

 待って。

「ゆっくりして大丈夫」ってのは、こういう事じゃねーよな?

 いや、だってほら、いくら何でも洗濯済んでるんだから。洗う前ならまだしも。


 ……。

 ……。


 駄目だ!! 思考が変態寄りになっていく!! 相手は姉のように慕っていた人だぞ!?

 よし、気にするな気にするな、さっさと風呂入って出てしまえって何でこんな所にこんな物があるんじゃーっ!?


 叫びそうになるのをグッと堪える。

 脱衣籠の上に、これ見よがしに置かれたもの。さっきまでバーベナお姉さんが履いていたガーターストッキングだった。

 まさかの二段構え、いやこちらが本命か? 思わず背後を確認しちまったじゃねーか。




「ずいぶんゆっくりだったのね」


 ゆっくりさせた本人が、微妙に眉を寄せ顔を上げる。俺がさっきまで地図を睨んでいた四人がけソファだ。


「いや、その……。」


 視線を逸らす。流石に本人の顔を直視できない。頬が熱を持つのが湯上がりのせいじゃないって自分でも分かる。

 俺の仕草に彼女は何かを察したのか「あ」と小さく漏らした。


「え? ええ? え!?」


 何で戸惑ってるの?


「そそそ、そうよね、サツくんだって男の子だものね。お姉ちゃんな私がしっかりしなくちゃ駄目なのよね」


 え? いや? いやいやいや!? 


「ちょっとだらしなくなっていたというか、油断していたわ。ごめんなさい、目に留まる所に晒しちゃって」

「わざとじゃないのかよ!?」

「弟のように可愛がってる男の子に、変な物を見せたりしないわよ!!」


 昼間の奇行はゼラニウムの兄ちゃんが相手だったからか。


「これからは気をつけるけど……サツくんもあまり女性のそういうのは見ちゃ駄目よ?」

「さっきは俺に脱がさせようとしてたくせに」


 ……。

 ……。


「ええ!? そっち!?」


 いかん自滅した。


「え? ええ? そっちなの? え? お姉ちゃんのせい? ちょっとしたスキンシップのつもりだったのだけれど、お姉ちゃんのせいでサツくん……って、えぇ!? そっちなのぉ!? だってただ足に履いてただけの……えぇ!? そっちなのぉぉ!?」


 そこまで絶望に打ちひしがれた顔をされると、流石に傷つく。

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