316話 好奇心が猫で殺しにくる
お姉さんとのいちゃいちゃが続きます。
事件は、食後のコーヒータイムで起きた。
「ふぅ」
とソファに深く沈む姿は、自宅で過ごすだらなしないお姉ちゃんのようだ。普段は凛と背筋を伸ばしているだけに、昼間のギャップがトラウマの張遼を許したんだ。
……俺もいいように記憶改竄されてたなぁ。
「野営なのに食後にゆったりできるなんて。サツくん、なんて悪魔なのぉ」
人外にされてしまった。
「周囲は柵で囲んでるし、越えられても隣にホウセンカが居るからね。安心して休んでいいよ」
「捗るわぁ……。」
「替えの下着と寝巻きも用意したから」
「え? 私が使ったらサツくんはどうするの?」
「俺のじゃねーよ!! 開拓団の女性構成員の予備だよ!!」
開拓事業で最重視するのは衛生管理だ。品質は落ちる量産品だが、男女共に肌着とパジャマの予備はストレージに格納していた。そして仮拠点の倉庫に置いてくるのをすっかり忘れていた。駄目じゃん。
「そうなのね……捗るわぁ」
瞼が辛そうだ。あとソレ口癖なのか。
「お湯、張ってるから先にお風呂行きなよ」
「んー……一緒に「一人で入れるよね?」
思わず被せてしまった。
いくらなんでも無防備過ぎる。ていうか、子供扱いかよ。少しは警戒して欲しいが。
「えー、いっしょにはいろーよー、おねーちゃんさびしー」
足をバタバタさせやがった。お前が子供か!!
いや、昼間の失恋騒動のショックによる幼児後退が遅延で始まったのか?
「駄々をこねるな25歳児。一緒に入ると、ほら、お姉ちゃんの色々が見えちゃうから」
難しいな。やんわり断るにしても彼女の自尊心が傷つかないように。白いカラーはひるがえらないように。難しいな。
苦笑いで諭すと、ぴたりと動きを止めた。
「見ちゃう?」
「クラン以外は見ないようにしたい。だが、いざとなれば幼少に憧れた人だ。視線はどうしても誘導されるだろう」
「見たいんだ」
……そうなのか俺? 本当はどうなんだ?
「簡単に見せられても攻略のしがいがないでしょ?」
俺何言ってんだろ?
「ふふ、ならその時を待ってるわね。じゃあ、はい」
腰を沈めたまま左足を差し出してきた。程よい肉付きが白い無地のガーターに包まれていた。おそらく一日履きっぱなしだったのだろう。
「いや、はい、って?」
え? ご褒美? 何で?
「ぬーがーせーてー」
「どんだけ甘えん坊なんだよ!!」
いかん、幼児後退の進行が著しい。一瞬ドキっとしたわ。ていうか戻ってんのか進んでんのか分かんねーなこれ。
「……だって、ずっとチラチラ見てくるし、好きなのかなって」
「バレてるし!!」
「視線は分かるものなのよ。まさかこんな物に耽溺する男の子になっちゃうだなんて」
「すみません、ガン見してました、すみません。だけど」
改めて差し出された物を見る。
「唯美主義なら崇めてしかるべきだと思うよ。ただ俺がそうであると傲慢は言えないけど」
蠱惑的な斜頸と曲線は、確かにクランには無いものだ。加えて憧れていたバーベナ姉さんの、というのがいけない。
あの頃はそんな風には見てなかったのにな。今は自分の視線が気持ち悪くて。
「じゃ、じゃあ、失礼して」
そっと彼女の左足に触れる。「んんっ」と鼻を鳴らす吐息が返った。
「くすぐったい」
「あ、ごめん。その、慣れなくて」
顔が熱くなるのが分かる。呼吸。息しずらい。ヤバい、何だこれ。
子供の頃に大好きだったお姉さんの脚。ガーターストッキングの光沢。汗ばんだ足の裏からきゅっと引き締まった足首。緩やかな膨らみの流線が太ももまで続く。
「サツくん、視線がギラギラしてる」
「……ごめん。ならば不退転の覚悟を以て臨もう」
謝罪に反して目が離せない。
「視線が熱いわ……あの可愛らしかったサツくんが、年上の女性の足が好きな変態になっちゃったなんて」
「違う。違うよ? 別にそんなんじゃ」
「ふぅん? そんな風に血走った目で見られてもねぇ」
弄うように笑う。何て顔で笑いやがるんだ。
ちょっとだけ、仕返しがしたくなった。
「バーベナさんこそ、エッチな顔してる。いやらしい」
「え」と一瞬怯むも、すぐに笑顔に表情が蕩けた。
「サツくんが、あまりに可愛いからかしら? それに、変なお店で遊興されるよりはずっと。ねぇ?」
揶揄われてるなぁ。
ちょっと気に食わない。さっさと終わらそう。
「外すよ」
「あら、怒ったかしら?」
俺の荒くなったイントネーションに、バーベナさんが首を傾げる。
子供扱いする女性に配慮なんてできるか。ガキな態度だって仕方ないだろ。
無造作に太もものガーターの止金に手を伸ばす。
僅かに、膝を曲げられた。
「!?」
思わず見入った。凝視してしまったと気づいて慌てて顔を逸らす。
「どうしたの? あ」
バーベナさんも気づいて咄嗟に捲れた裾を抑える。
「ごめんなさい、変なものを見せちゃって。見ちゃった……わよね?」
顔を真っ赤にしながら視線を彷徨わせる仕草の、なんと愛らしいことか。
辺境伯魔法大隊エースの一角バーベナお姉さんは今、ノーパンだったのだ。
「って何でまだ履いてないんだよ!!」
「さっき洗濯しちゃったのよ!!」
俺が夕飯の準備をしていた時か。洗濯場に行ってたな。
「見ちゃった、わよね?」
再度確認してきた。
「どうだったかな」
とぼけた。今のは事故だ。深掘りしないに限る。
「じっと見てたわよね?」
拘ってくる。
「……見ちゃいました」
「見たのね、お姉ちゃんの大事な所」
「大抵は光が差して視界が途切れるはずなのに、そのシステムが機能しなかった」
「?」
いや俺も何言ってるのか分からないんだけどさ。
「でも大丈夫、もっさりしてて奥までは見えなかったかr、痛」
蹴りが飛んできた。
え? 褒め言葉じゃなかったの?
「ふぅ、ちょっと揶揄いが過ぎたようね」
佇まいを正して立ち上がる。
「お風呂、お先に頂くわ?」
「ゆるりと温まりたまえ」
上手く目線を合わすことができず、掠れた声を返すことしかできなかった。
リビングから出ていくと、浴室への廊下に繋がる扉が静かに閉まった。
気配はそこにある。
バーベナさんが、閉じた扉に背中をもたれさせる気配だ。




