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315話 憧れたお姉さんの笑み

まったり回です。

その分、他の回に皺寄せが行きますが。

 日差しの香りが風に攫われ砕かれる。既に左手の空は蒼みを増していた。

 所詮はブルー叔父さんの望蜀だ。あんな別れだけれど、底が割れちゃ俺への期待だと解釈もできよう。逆に言えば面目を施しさえすれば付け入る機会だって。


「少し、冷えてきましたね」

「ノーパンでワイバーンに乗っていればそりゃあなぁ」


 ノーパンでワイバーンという猥談(わいだーん)に頭をひねる。

 背に捕まるよう指示した時、柔らかい膨らみを押し付けられた。最初のうちは。

 今は少しだけ遠慮してもらってる。他の連中と違って、頼めば控えてくれるのだ、バーベナ姉さんは。


「どのみちこの子も限界か。初の長距離飛行の上に戦闘行動だもんな」

「ワイバーン、刷り込みなんて効くのかしら」


 魔道大隊の隊長格だ。優秀なだけに疑念を持つ。背に掛かるいい匂いだって、彼女に沁みついた魔香だろう。甘くて、お菓子みたいな香りだ。

 ワイバーンの支配は、刷り込みより魅了スキルの影響が大きい。そこは黙っておこう。


「もう一体居たけどね、そちらは産まれて早々にクランや侯爵令嬢らとお茶会をしていたかな」

「何ですかそれ?」

「俺にもよく分からん。正座させられていたから」

「本当にどういう状況なの!?」

「紅茶とケーキを嗜んでいたなぁ、ワイバーン」

「人間の食べ物を食べさせてもいいのかしら……?」

「食べ合わせとかあるのかな? スイカと天麩羅みたいに」

「ワーウルフは玉ねぎが駄目だって聞きますけど」

「吸血鬼が流れる水を苦手にするような? 流し素麺とかヤバいだろうね」

「動体視力は良さそうなのにね」

「……え、麺すくえないとかそういう話しになった?」


 ワイバーンに纏わる近況を共有したが、お互い混迷を深めただけだった。




「サツキ坊ちゃん!? この家どこから出したんですか!?」

「え? ストレージだけど?」

「ストレージ!?」


 俺は――あとどれくらいこのムーブをすれば許されるのだろうか?


 怨霊の館はアルストロメリア前の仮拠点に置いてきた。他にも家屋のストックはあるが、使い慣れたロッジが一番落ち着く。


「2階の玄関側の部屋以外なら好きに使ってくれて構わないから」


 マリーの部屋だけは彼女の物のままにしたい。例え永久に部屋の主人が使わなくても。


「アイテムボックスのようなアイテム系じゃないわね? 魔法というよりもスキルに近いのかしら?」


 ロッジよりもこっちに興味持つのは、やっぱ魔法使いのサガなんだろうな。


「女神から直接付与されたものだよ。マイヒレンだったかな」

「スキルを? 召喚勇者の伝承のようだわ」


 あ、もう敬語はやめたんだ。バーベナお姉ちゃんにそれされる(敬語で話される)のは確かに違和感だったけど。


「確かにシンニョレンはそう言ってたかな」

「君、どれだけ顔が広いのよ。一柱だけでも大変な事件なのに」


 玄関を開け三和土で靴を脱ぐと、バーベナさんもそれにならった。

 女神十六神ねぇ……あの薄い鏡面越しなら半分以上とは面識があるかな。実際会ってみると崇められるほどの存在かわからん。


「スリッパ、どうぞ」

「ふかふかするわね」

「そっちは床の素材かな。中にクッションが仕込まれてるって」


 木材を加工した化粧床は、確かに歩くとふわふわする。スリッパは、汎用品だ。その中にバーベナさんのつま先が消えるのを、思わず見つめてしまった。昼間、パンツを脱ぐ時に見えてしまったが、彼女もガーターストッキングなんだよな。


「一通り案内してくれると嬉しいのだけれど?」


 俺の視線に気づいてるはずなのに、首を傾げて見せる。気を利かせる所は昔のままだな。


「ひとまず必要な所から行こうか。まずは風呂かな」

「浴室だなんてお貴族の別荘並だわ」

「こちらです。お手をどうぞ」

「ふふ、サツくんはお姉ちゃんと手を繋ぐのが好きだったわね」

「あの頃はお互い若かった」

「こらっ!!」


 語気は強いが、笑いを含んでいた。ワイルドを先頭に子供たちで山を探検したが、大抵は彼女が引率を引き受けてくれた。気さくで飾らない振る舞いは、仲間たちからも大人気だった。


「で、こちらが浴室だ。使い勝手は後で教養するね。そっち洗濯場。干すのはこちらで。風で乾燥する仕組みだから今晩干せば朝には取り込める」

「朝に干したら夜には畳めるってわけね」

「残念。ストレージは時間軸が凍結されるから幾ら経っても乾かないよ」


 説明しながら、ここにお姉ちゃんの洗濯物が干されるのを想像した。なんだか本当に一緒に住んでるみたいだ。


「そっちの扉はトイレだ。ここにしか設置していないから大事に使って?」

「私をなんだと思ってる?」


 それからダイニング、キッチン。一階客間と倉庫部屋を回った。


「2階は客室の間取りだ。俺は一階の奥かリビングに居るから」

「なら私もこちらでいいわ?」


 何気なく言うのは他意が無いからなんだろうけどさ。


「バーベナ姉さん、一人寝は寂しい方?」

「意地悪な言い方ね」

「コンセプトを間違えたとは思えないけど」

「別に気を遣って頂かなくたっていいのに。いいです。一人で寝ます」


 ありゃ。拗ねちゃった?


「夕飯はガッツリ食べよう。食材は豊富だ。リクエストなら常時承ってますよ」

「わぁおっ!!」


 手を叩いて笑ってくれた。

 みんなが恋した、お姉ちゃんの屈託の無い笑顔だ。




 料理を挟んでの近況報告。彼女が興味を示したのがハイビスカスで目にした魔道の数々と、女神と会うあの白い空間の話だ。

 ていうか、クランとの仲はあえて避けた。あと村人活殺陣とかセルフインタビューとかも避けた。


「サツくん、どうりでちょっと会わない間に大人びてきたと思ったよ」


 辺境伯がいない時は「キ」と「坊ちゃん」が抜ける。この呼称は苺さん公認済みだ。サザンカの事はクランと同じくサザちゃん呼びだったな。


「まさか一度ならず二度も死んでたなんて」


 まぁ、五重塔の夢を含めれば三度だけど。


「これも巡り合わせかしら。お世話になった方々にはきちんとお礼をしないと」

「姉代わりとして?」

「そうよ。お姉ちゃんなんだから当然。他に意図がありそうな言い方ね?」

「いや」


 含みは無いよ。昼間は取り乱していたが、貴重な常識人枠だ。なんか俺の知らない所で凄い事になってたけど。


「ワイバーンの子の」

「ホウセンカ?」

「アレは何だったの?」


 槍の話かな。


「何も無い、それこそ無から膨大なエネルギーが外側に反応したように見えたわ。ロストアイテムというよりハイ・エンシェント寄りかと解釈したけれど」

「あれはマイヨウレンから貰った。名前が分からないからマイヨウレンの槍と呼んでいる。もしくはマイヨウレンの硬くてゴツゴツして先端からエネルーギーが吹き出す槍」

「後者はやめてあげなさい? 流石に可哀想よ――ってそっちも十六神の一柱じゃない!! 神装武器!?」

「いや土木工具だ。掘削に便利な」

「土木……いえ、そんな……。」


 大きな目をパチクリさせて、バーベナさんは深くため息を吐いた。


「よくワイバーンの口に含ませたわね」


「顕現はこちらの意識で制御する仕様だからね。最初はスイッチをいちいち押さないと槍にならなかったんだけど、(あらかじ)めセットアップすれば任意で展開できるらしい」


 でなかったら危なっかしくてホウセンカの口内に放り込めるか。


「またそんな反則級な物を」

「反則?」

「遠隔操作可能な時点で防ぎようがないじゃない」


 確かに。派手に爆発するから犯人俺って特定されるけど、最強の暗殺アイテムじゃん……。


「今頃気づいたって顔ね」

「開拓用の土木機材だって思い込んでたから」

「ふふ、サツくんらしいわね」


 穏やかな、憧れたお姉さんの笑みに、不覚にも見入ってしまった。

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