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314話 3番目

「あは……もう25で婚期も危ういのに……。」


 ローブ姿が、とうとう朱色の野点の絨毯に崩れ落ちた。


 人類系人間の寿命は一般級(ノーマル)化け物級(ジャンキー)で大きく異なる。

 化け物級とは、生きる伝説(サクラさん)や、オジサンなのに美少女(辺境伯)永遠の紅梅(ウメカオルの女王)とか。後は苺さんたちみたいな全盛期から老化が止まった連中だ。さして珍しくないから忘れがちだが、アザレアの王妃様、旅籠町の女将ヒメシラギクさんもあっち側なんだよな。結構居るぞ。

 対して一般の寿命は平均50歳、最大長寿で80歳とアザレア王室が統計を出した。俺達冒険者が平均値を引き下げてるんだろうけど。

 この一般寿命と肉体の負担を鑑み、婚期において女性の場合は15歳から25歳が適齢期とされていた。勿論、上限についてはナツメさんの例もあるし、下限は貴族なら10歳同士の婚姻もある。いずれも、それはそれで微笑ましいカップルだ。


「……この人はと思った男性が、既に他の人のものだなんて。全ての恋人達に究極魔法を打ち込みたい」


 もはやこれまでか。

 光の消えた瞳でぶつぶつ呟く姿に、慰めの言葉も口にできず、俺はただ子供の頃に憧れた女性を見つめた。

 こんなに細くて背も小さかったんだな。


「あの頃は、俺の方が見上げていたと思ったが」


 つい数年前だ。


「……あの、頃?」


 艶かしい唇が、怨嗟のような声を絞り出す。錯覚かと思った。いくらなんでも、バーベナお姉さんがこの世の恨みつらみを込めた声を出すなんて。


「あの頃……そう、あの頃……あの頃……あの頃」(ブツブツ)


 怖いよ!!


 ふらりと立ち上がる姿は幽鬼のようだ。ハナショウブさんの所に居ても違和感がない。

 ゆっくりと振り向いた。


「あの頃」


 焦点に合わない目で言われても。何かの怪異か?

 ギュン、と一歩で接近された。

 顔が近い。至近距離だ。


「まばたきくらいしろよ!! 本当怖いから!!」


 ジィっと見つめてくる。


「あの頃……三番目のお嫁さんにしてくれると言いましたよね?」


 一ミリの空間越しに、感情の欠落した瞳がスキャンするように俺を写す。確認というより、なんだこれ尋問か?


「子供の頃の戯言だったかとおm「子供の頃に交わした約束ですね」


 被せてくるな。


「待って、その理論だと一番目のお嫁さんがクランなのは臨むところだが、二番目のお嫁さんはワイルドだぞ!? 俺、ワイルドとも結婚しちゃうの!?」


「そういやお前ら体の相性は抜群だったよな」


「辺境伯、何を妄言を!!」

「く、詳しく!! 何卒詳しく!!」

「バーベナ姉さん嫁に行けないのそういう所だから!!」


 ていうかパンツを握った手をブンブンするなよ。いい加減履けよ。


「そもそも一番目のお嫁さんが嫁に行った件で来たら嫁の父が園児になってたし」


 何の魔境だよ。


「せめて……どちらが左辺かだけでも!!」

「だから算式に収めるなよ!!」


 あと右辺、左辺だと等価になるぞ?


「ワイルドの方が組み敷かれておったわ」

「ほ、本当で御座いますかブルー様、サツキ様!?」


 うん、どうだったかな?

 覚えてないや。

 ただ、お互い凄いことになってたとしか……いや何の話だよ!!


「あの、クランの話はもう終わりなの? 俺、憧れのお姉さんの痴態を思い出しただけなんだけど」

「ご自分の手で乱れさせたいとは思わないのですか?」

「うん、憧れは憧れのままでいた方が幸せだ」


 もはや言う事成す事すべてが残酷だわ。


「そこは善根の施しだと思って、どうか一つ」

「だから慈善活動のノリで女性の将来を束縛できるかよ。俺だってバーベナ姉さんには幸せになって欲しいよ?」

「そこまで私の事を想って頂いてただなんて……。」


 口元に手を当て目を潤ませる。潤んでいるのは、果たして瞳だけであったろうか。


「うっ」


 唐突に、体をくの字に折った。

 俺たちは、彼女の苦しみ悶える姿をただ冷めた目で見守るしかなかった。


「まさか……こんなに酷いだなんて……。」


 口元に当てた側の手には、黒い布地が握られていた。


「僕はそんなものを嗅がされる所だったのか」


 ゼラニウムさんの憤りも分かる。本人ですら苦悶するって。


 ……。

 ……。


 そんなにヤバイのか?

 逆にちょっと嗅いでみたいかも。




「ブルー様。しばらく休職を取らせて頂きたく存じます」


 呼吸を整え背筋を伸ばす。凛としてる様は仕事の出来る女のようだ。


「なんだよ突然に?」

「傷心を癒すためと今後の事を考える時間が必要なのです。もうこの世のあまねくカップルを破局に導く旅に出たい。手始めにクランお嬢様の婚儀あたりから」

「サツキ!! 三番目でいいからコイツ娶れ!!」


 言ったなブルー叔父さん。


「やぶさかではないけれど、その場合は順不同って事でいいんだよね?」

「待て今のは無しで」

「舌の根も乾かぬうちにこの人は……。」


 どちらにしても、今後の方針は決まった。

 西の空を見る。斜陽が目に痛かった。


「じゃあ行こうか」


 ホウセンカを背に、バーベナ姉さんに手を伸ばす。


「……よろしいのですか?」

「目的を同じにする同志だ。構わんさ。我が第三夫人よ」


 おどけて言って見せる。こんな軽口が叩けるのも付き合いの長さだ。


「つまり、今夜は初夜ですね」

「軽口……?」


「では」と手を伸ばしてきた。レースを持つ方の手だ。


「ホウセンカ、もう一っ飛びだよ」

「見なかったことにするのだけはやめて下さい!!」

「いいから履けよ!!」

「こんな凄い匂いがするの、怖くて履けないじゃないですか!!」


 ……判断を誤ったか?




 遠ざかるワイバーンの影を、辺境伯は無言で見送った。老魔法使いは、その主人の横顔が酷く疲れているように見えた。


「アイツ、最後まで父上と呼んではくれねぇのな」

「園児服を着ている義父は流石にお嫌でしょうな」


 彼には、今夜もう一戦控えているのだ。

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