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311話 少女クランとあの日の事件

約300話に渡って引っ張ったオチがこれ。

 視界だけでは無い。光が全てを被覆した。光源は不明だ。目を(しばた)く間に、ベールは劇場の幕のように霧となり分かれ、次なる舞台を(あらわ)にした。

 豪奢な装飾の椅子とテーブルクロスが()()()合った。

 膝と肘に違和感を覚え、濃緑な絨毯の上で四つん這いになっていた事に気づく。

 そして短い。いや小さい。俺の手足が子供サイズにまで縮んでいる。いよいよ辺境領幼稚園かとゾッとしたが、もっと上の年齢だ。8歳から10歳ってところかな。

 身を低くしたまま周囲を探る。

 正面には、厚手の白いテーブルクロスだ。蔦植物の紋様が浮かんいる。背後は大き目のガラス窓が側面を覆っていた。澄んだガラス製品は貴重だ。庶民の家屋には使用されない。戸棚、クローゼット、天井の五股のランプ台。どれも匠の技であったろう。

 あの頃の俺には日常の風景だ。

 滞在していた村の領事館の一室。と言っても本来の意味での出入りはなく、俺専用の屋敷になっていた。

 居るのは、世話役のメイドと壮年の執事だ。

 たまに魔法大隊のお爺ちゃんや、見習い魔法使いのバーベナお姉ちゃんが来る。

 ワイルド兄貴も、ほぼ入り浸っていた。

 そして――。


「サツキ、こっち」


 テーブルクロスが向こう側から捲られた。

 現れたお子様ドレスの娘が、背を低くしたまま無垢な笑顔で俺の手を引く。どこぞの腐女子なお姉さんとは大違いだ。

 抵抗するまもなく、導かれるままに彼女の元へ寄った。俺の体が完全に大テーブルの下に収まると、音もなく背後でテーブルクロスが降りた。

 薄明かりと空気の流れすら無い僅かな空間だけが、大好きなクランお姉ちゃんとの世界だった。


 ……大好き?


 この娘の事か?

 10歳ほどの子供だ。よく笑う。照れたような仕草も愛らしければ、拗ねた表情ですらチャーミングだ。

 自分でも不思議だった。

 なんの掛け値もない好意を寄せていることより、疑念すら抱かない直向(ひたむ)きな、片言の思いに。

 ここなら見つからないと、いつも二人で潜んだこの場所に。


「ほら、いつもの。ね?」


 薄い光の中、娘がこちらに向かって座り込む。両足が前に出され、無造作に開かれる。

 スカートの裾を親指と人差し指だけで摘み、徐々にたくしあげる表情よ。

 あぁ、少女の幼さと残忍性が混じったいいしれぬ色気よ。

 何て、倒錯的なのだろう。今なら分かる。幼子でありながら、彼女は男を壊すタイプの女なんだ。


 クラン・ベリーよ。貴女は魔性だ。


「いつもの……。」


 子供ながらに興奮を覚えている。したったらずな声で復唱し、目眩に襲われた。可笑しな話し、手足が震えてならない。


「そうよ。いつもの。ね、おいで」


 さらにスカートが上へと上がる。


 どちらからともなく始めた、二人だけの遊び。大人たちには内緒で。クランお姉ちゃんとの秘め事。


 あ、なんかテーブルの外で「捗るわー」て聞き覚えのある声がした。気のせいだと思う。


 少しだけ躊躇う。

 このまま溺れてしまってもいいのかと、子供心に不安に思う。

 その機微を察したのか、少女クランの目元がイヤラシく歪む。ハツラツとしたいつもの笑顔じゃない。子供が何て顔をしやがる。


「どうしたのサツキ? サツキの大好きなお姉ちゃんだよ?」

「……大好きな?」

「そう、大好きな。サツキはお姉ちゃんが大好き。お姉ちゃんの匂いも好き、声も好き、サツキはお姉ちゃんの温もりが好き。そしてココも。ほら、いつも通り好きに埋めていいんだよ? たくさん顔を埋めていいんだよ。ほら、サツキ。早く。ねぇ、早く来て。早く早く早く――私にちょうだい」


 怖いわ!!

 やべぇよこの女!!


「うん、お姉ちゃん大好き」


 洗脳されてるー!? 幼少の俺、すっかり洗脳されてるー!?


 フラフラと、熱にうなされたように彼女の股間を目指し這っていく。

 そりゃこんな遊び、誰にも言えんわ。いや、いつもこんな事してたんか。

 そして、到達してしまった。

 幼子のドレスを着た辺境伯の股間に。待ちきれなかったのは俺の方だ。思いのまま顔を埋める。頬を擦り付ける。


 ……。

 ……。


「あれ? いつものお姉ちゃんと違う……?」


 そりゃ違うよ自分!! 布の中に装着してるものが違うんだから自分!!


 ゆっくりと、確認するように視線を上げると、目をぐるぐるさせた瑠璃紺の天使様の顔があった。


「叔父さん? ああ、叔父さんだぁ」


 再び安心したようにブルー辺境伯の股間に顔を埋めた。

「ひゃうっ」と小さな悲鳴があった。


 いつもの、クランお姉ちゃんとの秘め事。

 この日。この時だけは違った。

 まさかブルー辺境伯が、奥さんと喧嘩してテーブル下に引き篭もっていたなんて。

 正確には、和解後に行われる仲直りエッチから逃げてきていたなんて。子供の俺たちにそんな事分かるか。


「待て、ちょっと待てよ、サツ坊。そんなに激しく顔をグリグリさせるないやちょっと激しい駄目これはいやだから駄目だってば!!」


 この頃、叔父さんには懐いていたんだよな。カッコいいお姉さんに見えていた。ワイルド兄ちゃんとクランお姉ちゃんのお父さんとは理解出来ていたけど。

 だがこの顔の感触。

 クランお姉ちゃんと違ってまた良し。


「どうして……どうしてサツキ……お姉ちゃんじゃ駄目なの?」


 お姉ちゃんが悲しそうな目で見てくる。


「やっぱり……お姉ちゃん以外じゃ満足できない……体にしておくべきだった……か」


 怖いよ!! 目からハイライトが消えてるよお姉ちゃん!!


「まさか……お父様にサツキを寝取られるだなんて……。」


 クランは歳の割に難しい言葉を知ってるんだな。


「……嫌い……。」

「待ってくれクラン、これには訳があってだな」


 辺境伯が浮気がバレた旦那みたいになっていた。


「……お父様なんて大嫌い!!」

「クランーッ!!」


 辺境伯の叫びがテーブル下に木魂する。


「捗りますーぅ!!」


 女魔法使いの叫びもテーブルクロスの向こう側で木魂した。

 何なんだよこの屋敷。

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