310話 押し付けられしモノ
前話のサツキの「爆撃演習の魔砲要員で連れてかれたんじゃ」は、過去自分が愛しい人にどれほど最悪な仕打ちをしたか、まるで自覚していない台詞として発言させております。
彼の認識の甘さを知ればこそ、辺境伯も二人を一度は引き裂く決意を固めたもので御座います。
ここから318話にかけて、もう一人の幼馴染のお姉さんを通し、サツキは足元を失うように心の均衡を揺らつかせるのです。ウケる。
辺境伯の言葉は将来の俺への命題となるのか。その前に明確にしたいのは彼女の境涯だ。
「度々気になる事を言いますね。その縁談が公爵家に囲いの騎士隊まで動員させたと聞こえますが?」
娘を攫われた父の態度じゃ無い。合意ってのも分かる。問題は今になって何で婚姻を進めた?
「お前のだらしなさが招いたと学ぶんだな」
え? 夜に満足させられていなかった? こちらの思い上がりとは思いたく無いが。
クラン……あれほど幸せそうな顔の裏で、
『え、これっぽっちなの? 無いわー。サツキ、マジ男として無いわー』
やばい。立ち直れそうに無い。無いわー。
「何を打ちひしがれてやがる。はぁ……どうせ近いうちに領地経営の真似事が来るってんでガバナンスの強化指導を苺から進言されてたんだが、もういい、お前はもういい」
見限られてる?
「さっきも言ったがカサブランカで傷心したって帰って来た時だ」
「二回級傷心」
「兼ねてから申し込まれてたんだよ。ドクダミ伯爵家の縁談がな。まぁ、花嫁修行中って事で有耶無耶にしてたんだが、あちらもそうは言ってられなくてよぉ。いや実際、冒険者として修行中だったんだけどさ。向こうは嫡男に家督を譲ってるんだが立場が微妙でな。伯爵夫婦には世話になってもいたしってんでクランの傷心を機に話を進めた」
めっちゃ説明下手か。
話が飛び飛びだが、一時的にクランと別れた頃か。縁談に反発していたとは聞いたけど、婚約が成立したのは初耳だ。ベリーショートに髪を短くしていたあたりだよな。
「待って、でもクランは今――。」
「貴族同士の婚姻を舐めんじゃねぇ。不履行にしてみろ。両家だけじゃねぇよ。ヴァイオレット公爵んところも立つ瀬がねぇなぁ?」
トーンの低い凄みのある声に、背筋が頭頂から股間まで一瞬で凍った。
飛び上がりステップの余裕すら与えてくれない。ただ座るだけの園児服から蛇のように絡みつくおどろおどろしい気配よ。
「オメーとどうあれ、クランはドクダミ家へ嫁に行く。決定だ」
絶望するには十分な、静かな宣言だった。
今更気づいた。
クランが夜毎貪るように交わりを求めて来たのか。俺を平らげようとするあの妖女の勢い。
髪を坊主のように短くもした。冒険者最高ランクにも到達した。死戦を抜け古傷も作った。それでも。
厚顔無恥でも彼女の覚悟は感じたはずだ。
「どうすれば……解消できるんだ?」
自分でも意外なほど強張った声だった。
足元がふらつく。
体のバランス感覚が異常だ。
「馬鹿かテメェ?」
返答は侮蔑の表情だった。蔑み。哀れみ。俺、そんなに駄目か。
「この婚姻にテメェが邪魔だってのはよく分かった」
鞘から抜かれた薄浅葱色の輝きに瞼をしかめる。妖剣は今度こそ俺の為に抜かれた。
黄色い園児帽の下で、無表情に務める辺境伯の美貌だけを讃えて。
あぁ、美しき天使よ、と。
四方から光が伸び、剣を抜いた辺境伯の体が左右に激しく揺れた。
「何を!?」
叫んだのは俺だけだ。
四人の魔法使いが放つ光の鎖を、その場を囲む誰もが咎めない。ただ見守る。一将功成りて万骨枯ると、幾代にも渡りベリー家を支えた戦士達が。魔法大隊のエリートたちの反抗を微動だにせず見守っていた。
「罰は後ほどお受けいたしますじゃ」
「ブルー様!! お御心に反してでもサツキの坊ちゃんをお止めはさせませぬぞ!!」
「せめてクランお嬢様と決着を付けさせとう御座います!!」
皆んな……。え? 決着って?
「おのれーッ!! 血迷ったか!!」
鎖に繋がれた園児服がジタバタする。
絵面がアウトだ。
「我を裏切ってただで済むと思うんじゃねーぞ!! クソが!!」
言葉の悪い園児だな。
「ベリー家に捧げる曇りなき忠誠に変わりはありませぬ」
「ならばこそ、お嬢様には後悔の無きようお過ごし頂きたく思うのです!!」
「この期に及んで詭弁か!! ――ひゃん!?」
バランスを崩し尻餅を着いた。
ガーターに包まれた可憐な曲線を露わにしつつ両足を広げる形で、尻餅を着いた。
瑠璃紺の天使とあろうお方が? M字に開脚しただと!?
いかん、目のやり場に困る。
「今よ!!」
戸惑う俺の手を若手の女魔法使いが、プリンセス何ニティに必殺技を出させる掛け声と共に引く。ホウセンカは既に自由の身だ。飴色の長い髪を弾ませそのまま飛竜のもとへ――辺境伯に向かってんじゃんかよ!!
「バーベナ、坊ちゃんを頼むぞ!! 今こそ呪縛を解き放つのじゃ!!」
「承知しているわ!! ――さぁサツキ坊っちゃま、皆が押さえている間にお早く」
どうしろと!?
「お早くって何をお早くだよ!?」
「もたもたしないで!! 男の子でしょ!!」
女魔法使いが俺の後頭部を鷲掴みにすると、一思いに辺境伯の無防備になった中央部分に押し付けやがった!?
「男の子の顔に何を押し付けてくれやがんだ!!」
エレガントなパンツは、その実レースが硬くて顔を押し付けると割と痛い。
「くぅっ、息子のように思っていたサツキにこんな辱めを受けるだなんて!!」
チラリと見た辺境伯の顔。羞恥心からか耳まで真っ赤にし、左手の拳で口元を隠していた。見た目、美少女が。
「何で乙女のようになってんだよ!!」
「苺意外に……そこを責められた事がない……。」
ぽそぽそと消え入りそうな声。あー、クランの喋りは父親譲りか。
「つまりサツキ坊っちゃまがブルー様の初めての男になるんですね!? 捗るわよ!!」
おい、バーベナ姉さん。グイグイ押し込むな。めっちゃ当たる。パンツ越しにめっちゃ当たる!!
「んん!!」
唇で左手の薬指の甲を噛み堪える様は、妖艶なだけに園児服が事案でしかない。
何て地獄絵図だ!!
「ハァハァ……さ、サツキ坊ちゃん、さぁぐいっと!! ぐいっと行ってください!!」
うるせーよ!!
「あれ?」
頭の隅で、カチカチと明滅が始まる。
光は次第に広がり、すぐに視界を埋めた。
ぐるりと景色が変わった。いや、これはダンジョンコアで夢や影になった時と似ている。
つまりは、世界を違えたか。




