31話 宿屋で朝食を
ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。
ここからはサツキ視点になります。
※運営殿からの警告措置を受け、2021/3/20に26話~41話を削除いたしました。
このたび、修正版を再掲いたします。
目覚めの日。派手に揺り起こされた気分の俺とサザンカを残し、ひとまず解散となった。
その後は割愛するが、諸事情の末にアイツも生命力を当座凌ぎに回復させた。
ただ、損得の勘定で言ったら、俺には反噬でしか無い。
彼女が口にする嗄声よりも、唾液の混じり合った隠微な響きが、何よりも辛かった。
翌日は、皆安静にしていたが、マリーだけは通常勤務だ。この子に何も消耗させなかったのがせめてもの救いだ。その点は、サザンカもクロユリさんもよく配慮してくれた。
真珠の光彩に満ちた世界で、俺を送り出した女神たちよ。
聞け、鶏の声よ。晦冥は開けたのだ。
二日後。動き回る程度には快復した。
朝の早い時間。食堂でクロユリさんとにゃーとマリーで食卓を囲んだ。
マリーは仕事着の給仕服だが、クロユリさんは白いワンピースだ。清白な面持ちに、朝番のスタッフの視線を感じていた。
慣れてないんだろうな。少し居心地が悪そうに、頬に血を昇らせていた。
食事はマリーのまかないと同じメニューだ。早朝は仕込みの都合から固定化する。
香ばしく焼けたパンとスクランブルエッグとベーコンにコンソメスープ。そして大きなボールに入れた野菜サラダ。
「何か、不思議な気分です」
ボールから皆んなの小皿にサラダを追加したクロユリさんが、ぼんやりと呟いた。
マリーがわずかに眉をしかめる。嫌いな野菜があったらしい。
「もうずっと以前から皆さんと、こうして食卓を囲んでいる気がします」
折り合いが良いと言いたいのだろう。
この二人が膝を交えるのに何ら障害はない。姉気質と末っ子気質だ。
むしろ芥蔕があるのは俺とマリーだ。
「って、いやいや、にゃーがいる時点で違和感凄いよ? ていうか、にゃーがホークとナイフ持ってる絵面が何か色々アレだよ?」
「うちの師匠はそんじょそこらに転がってる上位精霊とは格が違うのです!!」
上位精霊がそこらに転がってたまるか。
「どうしてマリーさんが自慢してるのでしょう? それとピーマンもちゃんと食べないと大きくなれませんよ」
「具体的にはどの辺りがですか!!」
「え? いえ、そんな局所的な成長ではなく……。」
「どの辺りですか!? どの辺りが大きくなるんですか!? さぁ言ってみて下さい!! その艶やかで蠱惑的な唇で、さぁ!!」
「お……お、おっぱい?」
「ピーマンお代わりです!!」
「……どうしよう。この子の事がまるで理解できないわ」
あー、それは光陰では解決できないわな。
「にゃ? マリーはにゃーの弟子だにゃ」
「にゃぁはにゃぁで、どうして師匠面ができるのでしょう?」
「師匠は人生のお師匠様なんです。私が道に迷った時、導いてくれたのが師匠なんです」
「月明かりも無い暗い夜だったにゃ。にゃーは夜行性だから問題無かったにゃ」
「つまり、普通に道に迷ってたのですね……。」
「4度目のパーティ追放に、もう何もかも破壊してしまおうかと塞ぎ込んでいましたね。あの時は」
「どういう道の迷い方してるんだ、おのれは」
「サツキさんなら分かってくれるかと!! 私と同じ、パーティを追放されし者のサツキさんなら、分かってくれるかと!!」
何かアピールし始めた。
え? 芥蔕とか言ってるの俺だけ?
「にゃぁも苦労してきたのですね。シアちゃんはあまりそういう所は話さないから」
「シアさんと言ったか。確か赤騎士だったな」
口にしてから不覚と知った。うっかり滑らせた。病み上がりのせいか。
「赤騎士様!? お二人は赤騎士様をご存知なのですか!?」
さらさらのショートカットを弾ませ、凄い食いついてきやがった。
「え、えぇ。マリーさんも?」
クロユリさんが、探るように慎重に言葉を選ぶ。穿鑿を警戒するのは分かる。この子相手には無意味と気づかないようだ。
「ここに来る前にドラゴンに八つ裂きにされた事があったんです。腕はもがれるわ、上半身だけになるわ、えらい目に合いました]
可愛らしくも迦陵頻伽な少女の声で、えげつない目に合ってるな。
「その時に一緒に戦って下さったのが、燃えるような紅蓮に身を包んだ騎士様だったのです。忘れもしません、あの高踏的なお姿」
胸の前で小さく手を組み、蕩けた顔で空中を見上げる。
「あぁ、月灯に仄かに輝く重鎧の向こうには、どの様な麗しいお姿を秘めておいでなのでしょう……。」
夜目遠目笠の内と茶化すところだが、クロユリさんの身内だ。その想像は否定できない。
「多分、全裸なんじゃないんですかねー」
クロユリさん。適当になってない? ていうか全裸仲間増やそうとしてない?
「それよりなんか、すまん……胸に剣刺した程度で……ドヤ顔で蘇って何かすまん……。」
「あはは、やだなぁサツキさん。私だって下半身から分解して臓物飛び散ったら生きていけませんよ? たまたま上級回復術が使える女僧侶の男の子が居たから膜ごと再生されたってだけで」
「「ほんとこの子が何言ってるかわからない!!」」
俺とクロユリさんが二人で顔を覆い項垂れた。
食後のハーブティを頂きながら、クロユリさんが切り出した。
「分からないと言えば、退職前に妙な依頼が入ったんです」
「こっちの受付時代?」
受付業務だけじゃなくクエストを掌理していたな。素性を知ったら、彼女がそんな風に切り出すだけで特殊な依頼と伺い知れる。
「人物の捜索並びに保護というのは、ありきたりな依頼なのですが、発注元はジキタリスの手工芸の工場でした」
「……特筆するような点は見受けられないが」
「ですね」
マリーも頷いた。
誘拐にしろ逃走にしろ、現場のギルドに発注するのは人員の効率を考慮したら珍しくない。
罷業の上に行方が分からない者や、縲絏を恐れて街を出るなんてのもザラだ。
「捜索場所はジキタリスなんです」
「偽装だな」
「裏がありますね」
条件一つで話は変わる。
余程ギルドが信用に置けないか、そもそも知られたく無いか。
前者は各支部で情報共有が図られる都合から不誠実な対応はあり得ない。精々融通が効かない程度だ。有道に叛意が無ければだ。つまり後者はそういう事になる。
「報酬の受け渡しは?」
「お給金はおいくらでしょうか?」
要点を認める俺たちに、白い繊指が滑らかに動き――ポットにお代わりのお湯を注いだ。いつの間にか茶葉が入れ替えられていた。
「カサブランカで。大銀貨30枚かそれに相当するとありましたね」
「最初から出す気がないな」
「用が済んだら消す気ですね」
「ふふ……お二人とも、息がぴったりですね」
それぞれのカップにハーブティを傾けつつ、透明な美貌が柔らかく笑った。
その笑顔に見惚れる俺。
その揺れる胸をガン見するマリー。
お前はいい加減にした方がいいぞ?
「矛盾だらけだな。もし仮定通りだったとして、ギルド所属の冒険者は受け無いぞ?」
「そういう訳でもないのです。成りたての方からすれば、討伐でも無いのに高額な報酬ですから掛ける天秤を見誤ってしまう恐れも。流石に組合側でも対策は講じてるかと思うのですが」
「怪しすぎると思うんだがなぁ。思わんか? だったら冒険者として致命的だ。少なくとも金銭で釣られるようじゃ」
「そこは皆様それぞれの事情がおありかと存じます。一概に否定できないからこそギルドも課題を認めていたはずです」
「ジキタリスのギルドには?」
「依頼を受領したその日のうちに。合わせてこちらの商工会議所を通じて探りも入れております」
「ああ、手工芸の大手だったっけ。資産規模や投資者の線からも洗えるな。懇意にする取引先や卸業、運搬形態なんかも」
「むしろ運輸までは想定していましたが、卸や委託倉庫までは、なかなか気が回りませんでしたわ。それとなく進言しておきましょう。ですが優先すべきは――。」
「金の動きだろうな」
「仰せの通りに御座います」
「あの……。」
これまで黙っていたマリーが、控え目に声を掛けてきた。
見ると、お代わりのハーブティが飲み干されていた。
クロユリさんが手際よく茶葉を交換し、ポットにお湯を注ぐ。
「どう考えても裏がありそう、ていうかありますよね? その前提というより、そう思わせることが目的だったりして」
クロユリさんの手が止まった。
俺もマリーの顔に見入っていた。
「つまりですね。この依頼そのものがなんらかのメッセ―ジかそれに近い役割を持ってるんじゃないのかな、なんて」
思わずクロユリさんと顔を見合わせる。
長い睫毛の瞼がそっと落とされた。そこまで思案していない。俺もだ。
「ギルドへ行ってみる」
短く言い、残りのハーブティを口に含んだ。
乾燥させたフルーツの甘味と酸味が心地いい。マリーゴールド。とてもいい子だ。
「すみません、私は同行を控えようかと存じます。あの後色々御座いましたしクロッカスになるのも限度でしょう」
「了解した。いや、俺も生死不明のままの方が都合がいいか。行方知れずで通ってくれればいいんだが」
「サツキさん、何やらかしたんですか?」
マリーがジトってした視線を送ってきた。
クロユリさんが、ぷっ、と可愛らしく吹き出す。
「常に何かやってらっしゃいますものね。これは弁明が大変ですわ」
俺を何だと思ってる?
「SSランクの肩書は悪目立ち過ぎるってわかるんだ。この前、それでひと騒動を起こした」
「あ、騒動に巻き込まれた、じゃないんですね」
「あの件はあの方たちの問題です。人を利用し奸計を巡らせた報いは受けねばなりません。もっとも誰かさんは、それすらお止になるのですが」
「お陰でクロユリさんとコネクションが持てたが」
「そこは……仰ってくだされば幾らでも」
クロユリさんの優しい笑みに、マリーが頬を小さく膨らませた。
「むぅ。二人の世界」
「ふふ、ごめんなさいマリーさん。できれば今日のサツキさんをお願いしたい所ではあるのですが」
「やや。無念、これからシフトです」
残念そうに顔をしかめる。いや、そんな顔で俺に視線をくれても……。
「随分と楽しそうな話をしてるじゃないかい。食べたならさっさと皿を寄越しておくれ」
「あっ!! 私やります!!」
若女将さんが揶揄うように声を掛けると、いそいそとマリーが食器を集めた。
「このまま洗い方もやっちゃいますね。あと、拭き掃除も」
ぱたぱたと、危なげの無い足取りで奥へ消えて行った。
その背を、彼女は慈しむように見送る。
「どうだい、働き者のいい子じゃないかい?」
「丹赤な娘だが、それだけではないな。あれは日華の子だろうな」
声のキーが高くならないよう意識した。
この人が苦手だった。
「そりゃぁ、うちの看板娘だからねぇ。でもね。あたし的にはあの子を推したいんだけどねぇ。何だってこんな風に見えちまうのか、ほんと、やるせないねぇ」
気怠気な口調とは裏腹に、切ない眼差しだった。
もとはSSランクの冒険者だと聞いたが、歳がわからない。
日の光りの下だと、かなり若く見える。
仕草もそうだが。
一回り年上の女性の、婀娜なる姿態を不覚にも意識する。
だから苦手だ。
「今朝のあんたら見てたらさ、あの子があの子の兄貴とその嫁さんと一緒に居るように見えちまってね。あたしの目が狂うなんて事、そうそう無いんだけどねぇ。ほんと、どうしちまったのか。あの子の幸せは、きっとあんたの傍じゃダメなのかも知れないねぇ」
……いや? いやいや。
「そんな不悉に言われても」
「あの、女将さん、私が許嫁というのは方便でして」
「ああ、最初から知ってるよ。ウチのはどうだか分からないけど、初めて見た時からそうじゃないって事ぐらいはわかるもんさ」
そうか、と俺は短く頷いた。
……。
……。
この空気、どうすんの?
「じゃ、俺もそろそろ――。」
立ち上がった俺に、さっきとは一転して悪戯っ子のような表情が華のよに咲く。
「あんた、死んでおきたいんだって?」
「それと同等の効果を求めてるってだけだ」
「なら、いい方法があるけどさぁ。どうだい? 一つあたしに乗るかい?」
思わずカウンターで仕入れの伝票を捌くオーナーに目をやる。
グッと親指を立てられた。
どうやら寛大の御仁恕をもって許されらしい。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
女将さん、7話以来の登場です。
漸く喋らせる事が叶いました。ここに至るまで長かったです。
次回は弥弥、真ヒロインが満を持して登場。




