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304話 砦の最終防衛ライン

 過ぎ去る新芽のそよぎが一変する。吸い込まれるように接近する前方で、薄い木立の群れが横に並んだ。


「緑の匂いです。故郷とは違う」


 俺の背にしがみ付くカンナさんが鼻を小さく鳴らす。森林を嗅ぎ分けるのか?


「街道が切れて4キロってところ。オウケイ、記録通りだ。降下する――少し揺れるよ」

「ひゃいっ」


 腕の中にすっぽり収まるゴギョウさんに囁くと、全身でビクンと跳ねた。

 普通の貴族令嬢がワイバーンに初乗りだ。緊張も只ならないだろう。


「大丈夫。しっかり掴まっていて」

「じぇんじぇん大丈夫じゃないれす」


 ろれつの回らない答えが返る。


「すまない、高度と速度は押さえたけど。冒険者でも完熟飛行も無しに長距離は厳しかったろう」

「そんなんじゃありません!! もう!! サツキ様は!!」


 キッと睨むように顔を向ける。

 視線の1センチ先に、ゴギョウさんの瞳があった。


「んんーっ!!」


 真っ赤になり解釈不能な言語で抗議されてしまった。


「ボク、お邪魔でしたでしょうか?」


 背後のカンナさんが申し訳なさそうにしている。


「一体、何の気を遣ているんだ?」

「いえ、いいんです。着陸したら、ひとまずゴギョウ嬢からお叱りを受けてください」


 叱責?

 俺の胸にピタリと背を付けた女性から篠突(しのつ)く雨のような感情が、行き場を見失い奔流となって叩きつけられるのは分かる。

 その正体に理解が及ばない。

 そっと、彼女の耳に唇を寄せた。


「俺、また何かやっちゃいましたか?」

「んんーっ!!」


 メイド姿は身悶えするだけだった。




「分かれた本隊と、高低差も含めて二日半でしょうか」

「いい距離感だ。カンナさんのそれは冒険者向けだな」


 単純な直線距離で測らないのが好ましい。


「だといいんですけどね。ただ」


 と改めて俺に視線を送る。


「正座させられている姿で誉められても微妙なことろではありますが」

「うん、ごめん」


 地上に降り、足元のふらつくゴギョウさんを支え、体調を伺うと顔を染めながら距離を取られたのだ。


「本当にもう!! サツキ様は、もっとご自身の魔性を理解すべきです!!」

「う、うっす」

「耳元で囁くだなんて……パンツがいくつあっても足りません!!」

「う、うっす」


 謎の抗議を受け、ただ項垂れるしかなかった。


「もう!! 本当にわかってらっしゃるのですか? あんな風に私のことをトロトロにさせておいて。また暫くは会っては頂けないのでしょう?」


 手を差し伸べて来た。正座を解いてもいいってことか。


「イチハツさんにハイビスカス支援隊へ向かってもらったけど、俺は別口に用ができたから。もう一度本隊に合流しここの方角と距離を共有したらイチハツさんを追う。その後で、まぁ戻りはいつになるやら」

「ひとまず仮拠点を、その、お化けの舘にするって……。」


 怨霊ってところが駄目らしい。

 確かに、幽霊(ゴースト)亡霊(ファントム)霊魂(スピリット)叫霊(バンシー)幻霊(スペクター)死霊(レイス)なんてのは、僧侶職のように神聖スキルでも無いと討伐が面倒だ。殴って倒す訳にはいかないもんな。


「カンナさんの言ったように三日以内にアマチャ達が。六日後にハイビスカスの支援隊だ。受け入れの方、宜しく頼む」

「お早いご到着を願うばかりですわね。ですが、私達で野営するには、いささか心許ないのですが」

「言っただろ? 三食メイド昼寝付きだって」

「私のメイド価値、全否定されてます?」

「言葉遊びも大概にしたまえ。君は侍女だろう?」

「そこを注意されますのね」

「流石に三女とはいえ王国の男爵令嬢を使用人にしたら角が立つ」

「そのお心遣いは、なんだか腹が立ちますわね」


 え? 気に入らないの?


「身の回りのお世話すらさせていただけないのでは」


 寄子の下級貴族が上位貴族に遣えるイメージだったけど、言われてみればこちらは名誉貴族のようなものだ。


「特殊な力関係は認めるけれど心構えが違ったか……ああ、承知した。本隊の受け入れ、よろしく頼む」

「かしこまりました、旦那様」

「それじゃ館と宿舎を出すから」

「え? ――ええっ!?」

「ワタクシ、ついに新たなステージに立ったかも?」


 ふわふわ浮かぶネクロシルキーことハナショウブさんの背後で、五階建で見た目も規模も大きく変わった館が佇んでいた。


「ど、どど、どこからこんなお屋敷を出したんですか!?」

「何で新装オープンみたいになっちゃってるんだよ!?」

「ワタクシ、完全に大手旅館を越えてしまったわ!?」


 カンナさん以外の全員が思い思いに叫ぶ。

 老舗旅館のような門構えと正面玄関。そこに続く石畳に庭園。母屋は先の通り五階層となり一階の奥には新館との連絡通路が伸びている。


「大浴場は男女別でのぞき対策も完璧よ? のぞかれたい時には女性側の操作で特殊ギミックが作動するわ。このリングには面白い仕掛けがしてあるぜってやつね!!」

「いらん機能付けるな!!」

「露天風呂はまだ整備中だから次のメンテナンスを待ってね?」


 どうやらメンテが明けたらメンテが始まるらしい。


「あの、サツキ様!? こちらのお方は……ヒィいっ!? まさか怨霊!?」

「? あら、貴女は初めて見るわね? そうよワタクシはこの温泉旅館の女将よ!!」

「ひぃぃっ!? 怨霊!!」


 存在進化の先がそれでいいのか?


「ふふふ、もっと言って頂戴!!」

「ひぃぃ!? いよ!! 怨霊屋!!」

「悪い気分じゃ無いわ?」


 何だかんだでゴギョウさんも付き合いがいいな。


「はいはい、他にも宿舎と倉庫を出してくよー。それが終わったら周囲を防壁で囲むから」

「仮拠点と言うより要塞みたいですね」


 カンナさんの感想は適切だ。簡易な砦だ。ただし――。


「柵を並べるまで、周囲を警戒させるわ?」

「どれだけいける?」

「距離なら1キロ。数は、新入りだけで15体かしらね」


 砦の最終防衛ラインは怨霊達だ。

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